理学療法士・作業療法士が知っておくべきプラシーボ効果とノーシーボ効果

 

この記事では、徒手療法を語るうえで避けては通れないプラシーボ効果(+ノーシーボ効果)に関して解説していく。

 

この記事は連続シリーズとして作成しているので、記事の最後に記載している関連記事とも併せて読んでいただくと、更に理解が深まると思う。

 

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プラシーボ・ノーシーボ効果とは

 

ラテン語で「I will please」にあたる言葉が由来な『プラシーボ効果』とは、「これを飲めば絶対に良くなる」と信じて薬を飲んだ場合、たとえその『薬』が砂糖を丸めたものに過ぎなくとも、実際に具合がよくなったり症状が改善したりする現象を指す。

 

この「プラシーボ効果」は一種の暗示効果とも考えられており、効果の表れ方は人や条件により、かなり異なってくる。

 

また、プラシーボ効果は薬に限らず、「何か自分に作用が現れる治療が行われた」という情報によって、本当に作用が現れてしまう現象も含まれる。

 

そして、プラシーボ効果とは真逆な意味の用語として、ラテン語の「I will harm」にあたる「ノーシーボ効果」なるものも存在する。

 

ノーシーボ効果とは、「何かが害をもたらす」という暗示や思い込みが原因で様々な症状が生じてしまう現象を指し、この効果は「自身の具合が悪くなると信じれば、本当に具合が悪くなってしまうこと」を示している。

 

 

ノーシーボ効果の実験

 

1980年代に初めてノーシーボ効果の研究を行った実験の一つに下記のようなものがある。

 

被験者の頭にいくつかの電極を貼り付け、「これから弱い電流を流し、脳の機能にどんな影響が生じるか調べます」と告げる。

 

また、電流に関しては「電流を流すことで、ひどい頭痛が起きる可能性があるが、その他には悪い影響はない」との説明も付け加えた。

 

この実験の結果、34人の被験者の2/3以上が「ひどい頭痛を感じた」と報告したとされている。

 

しかし、実際には電流はほんのわずかも流されていなかったことを、後で実験者は明らかにした。

 

つまり、『思い込みの力はそれでけで、頭痛を生じさせてしまった』ということになる。

 

 

プラシーボ効果の実験

 

前述した実験以外にも、思い込みが脳に直接的な影響を与えることを示す実験として下記のようなものもある。

 

実験者は20人の健康な被験者を説得し、20分間痛みを我慢する実験に参加することを了解させた。

 

一部の被験者は「強い鎮痛薬と称した薬」を与えられたが、実験の一週間後、その薬が実は砂糖を固めたもので、鎮痛効果はゼロだったことが明らかにされた。

 

つまり、彼らも残りの被験者と同様に鎮痛薬は与えられていなかったということになる。

 

にもかかわらず、この実験では「鎮痛薬を飲んだ」と思いこんだ人々の脳でははっきりした変化が起きていた。

 

強力なプラシーボ効果のおかげで「痛みが減少した」と語った被験者たちの脳内には「ハッピーケミカル」と呼ばれるドーパミンオピオイド(=脳内麻薬)が急増しているのが確認されたのだ。

 

一方で、上記の実験とは対照的に、強いノーシーボ効果で被験者が「痛みが増した」と報告した事例では、ドーパミンとオピオイドの減少が確認された。

 

この実験は、予測や思い込みによって脳の快楽の領域に神経科学的な変化が起きることを示した驚くべき証拠だといえる。

 

 

プラシーボ・ノーシーボ効果は良くも悪くも治療成績を修飾してしまう

 

これらの様々な実験は、私たちが何を信じるかによって、実際に肉体的健康を良い方向にも悪い方向にも変化させてしまうことを示している。

 

そして、理学療法を提供する際にも、ちょっとした行為、態度、発言、声の抑揚、表情などが、プラシーボ効果・ノーシーボ効果を生み出しており、それが本来の治療成績を良くも悪くも修飾している可能性がある。

 

この要素は、クライアントに接するうえで注意しなければいけない点ではあるが、非常に強力な武器にもなり得ることも示している。

 

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プラシーボ効果の功罪

 

プラシーボ効果の存在は、末梢組織のみに着目する理学療法士・作業療法士に対して、中枢神経系の重要性に気づかせるきっかけを与えてくれ、臨床でプラシーボ効果をもっと活用することの重要性を説いている。

 

他方で学術的側面においては、科学的根拠を持たないアプローチや概念に対して、その優位性に疑問を投げかけている。

 

科学的根拠を持たない概念によるアプローチに終始しているセラピストの主張は「だって、実際に痛みが改善したり、動きが軽くなったりしているじゃないか?この事実こそがアプローチの優位性を示す何よりの証明となっている」と言うものだ。

 

しかし、前述の実験、あるいはその他の多くの実験によって、人々がプラシーボ効果によって鎮痛メカニズムが働くことが明らかになっている。

 

例えばセラピストと称した詐欺師が、クライアントに対して「これから、貴方に気功を施して、体の痛みやダルさを解消させます」と嘘を言って手をかざし、実際に改善させてしまったとする。

 

つまり、詐欺師は気功を使っている訳では無いにも関わらず、症状が改善してしまったということだ。
しかし、この現象は「訴えていた症状は単なる気のせい(心因性な症状)であった」ということを必ずしも意味していない。
詐欺師の行為は(詐欺師が意図しているかどうかに関わらず)、確実にクライアントに対して神経科学的効果をもたらしているのだ。

 

そして、この効果は時としてオピオイド(麻薬)に匹敵するとまで言われることがある。

 

したがって、「だって、実際に痛みが改善したり、動きが軽くなったりしているじゃないか?この事実こそがアプローチの優位性を示す何よりの証明となっている」という主張は、何の証明にもなっていないことを意味する。

 

そして、プラシーボ効果は何も詐欺師のように心理を揺さぶるような刺激(自分がいかにすごい人物か、いかに多くのクライアントを治してきたか、いかに自己研鑽を積んできたか、いかに優れた資格を有しているかなどのアピールも含む)にだけ作用するのではない。

 

例えば、「熟達したセラピストのタッチは、それだけで心地よく、強力なプラシーボ効果を発揮する」と言われている。
そして、研修に何度も参加し、お互いに身体をふれあい、不快のない心地よいタッチをフィードバックしあって、臨床でも実践する。
これらの繰り返しにより、プラシーボ効果を発揮しやすいタッチ、あるいは操作の仕方も身についてくる。

 

※そしてこの点こそが、同じ行為であっても、実施するセラピストによって組織の硬さや痛みなどへの反応を大きく変えてしまう要因に繋がっている。

※この意味においても実技的な自己研鑽は重要となってくる。

 

ただし問題なのは「熟達したセラピストのタッチ」を、ある人は「自分が気功を送ったのだ」と言い、ある人は「膜へアプローチしたのだ」と言い、ある人は「自然治癒力を引き出しているのだ」と言うなど、

 

それぞれが「だって現にクライアントは良くなっているではないか」という事実だけを基に、あれこれと様々な解釈をしていることだ。

 

そして、それぞれの解釈・主張は交わることなく(あるいは抽象的な「哲学」という名の下でザックリと統一されて共存しながら)、それぞれの概念を主張し続けている。

 

確かに科学的根拠とは、あくまで「現時点で証明されていること」にすぎず、
であるからこそ、これらの概念を否定する気はない。

 

しかし、「それらの概念はあり得るかもしれないし、プラシーボ効果かも知れないし、それはクライアントが良くなったかどうかだけでは分からない」と言うことを示している。

 

そして、これに反論する手立てとしては、「なぜ良くなったか」という根拠を科学的に証明できるかどうかにかかっている。

 

もちろん、身体は機械ではない以上、科学的に今後も証明しにくい要素を多分に含んではいるが、

 

だからこそプラシーボ効果の可能性は否定できず、
それを信じるかどうかは、その概念を学ぼうと思っている人次第ということになる。

 

 

この記事の続きはこちら

 

この記事は「プラシーボ効果」として、シリーズで掲載しており、続きの記事は以下になる。

 

徒手療法のエビデンス(科学的根拠)

 

※プラシーボ効果シリーズは「別ブログで過去に連載していた記事」を移行したものであり、全7記事で構成されている。

 

※7記事は『プラセボ効果のまとめ一覧』にまとめているので、記事一覧はこちらを参照してほしい。