新人理学・作業療法士は呪いめいた勉強会の注意点を知っておくべき!

※今回の『新人理学・作業療法士は呪いめいた勉強会の注意点を知っておくべき!』はシリーズで掲載している。

 

※このシリーズは、後半になるにつれて、気功・エネルギー・それらのハイブリッドテクニック、更には神までも登場してくる(そして、この記事では遂には悪魔や妖精までもが登場してくる)。したがって、この記事から読みはじめた場合、私の人格を疑われかねない。

 

※なので、最初から観覧する人は、是非とも「理学療法士・作業療法士が知っておくべきプラシーボ効果・ノーシーボ効果」から読んで欲しい。

 

※最初の方が、多少はまともな事が書けていると思う(そして、最初から読んでいることが前提な記事となっている)。

 

※今回記事は「新人」というキーワードを用いているが、これは多くの人に読んでみて欲しい思いからであり、それ以上に深い意味はない。

 

新人理学・作業療法士は呪いめいた勉強会の注意点を知っておくべき!:はじめに

 

クライアントの症状が改善されているのであれば、それが仮にプラシーボ効果だとしても、暴露すべきではない。

 

例えばクライアントが「最近、軟骨成分を沢山含んでるって宣伝しているサプリメントを飲んでるの。そしたら、徐々に膝の痛みも緩和して、前より楽に動けてる。私の軟骨も良くなってきているのかもしれないわ」と話してくれたとする。

 

あなたは、それを一緒に喜んであげれば良いのである。

 

わざわざ
「そのサプリメントに軟骨を再生させるというエビデンスはありません。なので、病院で画像をとってもらうと、恐らく関節軟骨に変化は起きていないと思われます。ただし、プラシーボ効果と言うのがあって、その効果を信じれば、それが実際の症状にも変化をもたらす可能性は言われています。兎にも角にも、症状が緩和されて良かったですね」
などと、説明する必要など微塵もないのだ。

 

ただし、もし高額のサプリメントの効果を信じているにもかかわらず、一向に症状が改善されず悩んでいるのであるならば、そこで初めてエビデンスの話を持ち出し、宣伝や体験談のような効果が皆に必ずしも起こるわけではないことを、是非とも伝えてあげよう。

 

もしあなたの同僚が、意味不明な呪いめいた治療をしていたとしても、それでクライアントとの信頼関係を崩すことなく、結果も出せているのなら、温かく見守ってあげても良いのではと感じる。

 

プラシーボ効果を作動させるためには、熟達したタッチや操作も大切で、もし臨床にあなたも取り入れてみたいなら、同僚に教えてもらったり体験させてもらうのも良いだろう。

 

一方でもし仮に、同僚が意味不明で呪いめいた治療に没頭しており、にも関わらず効果が出せず悩んでいるとするならば、プラシーボ効果の存在を教えてあげて、その様な概念を無理に学ばなくても良いことを伝えてみてほしい。

 

その際に、この記事は、(おそらく多少は)活躍できるのではと思う。

 

あるいはもし仮に、全く結果が出せていなかったり、クライアントの不信感で病院の評判に影響を及ぼしかねないのであれば、どんなに同僚が熱心に取り組んでいたとしても、その行為を辞めるよう注意する必要が出てくるかもしれない。

 

その際にも、この記事は、(おそらく多少は)活躍できるのではと思う。

 

今回も脱線話から始まったが、ここからは前回の記事を引き継いだ内容を掲載していこうと思う。

 

『エビデンスが希薄な概念』はプラシーボ効果orそれ以外の要素のどちらが優位なのか、他者からはアヤフヤになっていると感じることがある。

 

にも関わらず、自身のメタ認知による批判的思考が十分に機能せず、ひたすらその概念を信じて、勉強会へ参加することもあると思われる。

 

しかし、いずれかの段階で疑念・不安・悩みを抱き初めて、以下の選択を迫られる時期が来ると思われる。

 

①このまま、団体が主張することを信じて突き進むのか

②団体と決別するのか(あるいはメタ認知を働かせ、多面的な思考を持って、割り切って関わっていくのか)

 

前回の「理学療法士・作業療療法士の不安や悩み」は、②を選択した際のアドバイスを含む記事であり、
今回の「理学療法の呪い(まじない)めいた勉強会の注意点とは!」は、①を選択した際のアドバイスを含む記事となる。

 

 

メタ認知を批判的に思考してみる

 

理学療法・作業療法における臨床推論を展開するにあたって、メタ認知の重要性をこれまでの記事で述べてきた。

 

しかし「メタ認知を働かせること」にすらもメタ認知(批判的思考)を向けた場合、もちろんメリットのみならずデメリットも見えてくる。

 

それらは、すでに観覧者も気づいていると思うので、あえてデメリットの列挙はしないが、その中の一つには「気づかなくても良いものに気づいてしまう」という点であると言えるだろう。

 

そして、このカテゴリーのメインテーマである「プラシーボ効果」に沿って考えるとするならば、それはすなわち「自身が拠り所にしていた崇高的・神秘的・万能的な概念」の核となる部分が、「プラシーボ効果に置き換えても説明出来てしまう可能性があるのではないか?」という気づき(疑念)に他ならない。

 

例えば、神を信じている人は、神を信じているからこそ、その恩恵も感じることができるのだ。

 

にもかかわらず、「はたして神は存在するか」など、証明できもしないものに疑念を抱いたり、その現象は「悪魔」や「天使」や「妖精」、あるいは自然現象などとして科学的にも説明出来てしまうのではないか?などと考えだしたら、その時点で神の恩恵を感じることはできなくなる。

 

したがって、メタ認知は臨床において重要だが、
臨床で結果が出せている概念に対して「わざわざ批判的にとらえてみた」が故に、それが治療結果に負の影響を及ぼしてしまうこともあるということになる。

 

したがってこの記事は、「エビデンスが希薄な治療概念を用いていて、なおかつその概念によって結果が出せている人へ向けた記事」ではない。

 

何度も言うが、前回の記事で登場した「ヤフー知恵袋の投稿者の様な悩みを抱えている理学療法士・作業療法士」を対象にしている。

 

先ほどの例で表現するなら、

 

今まで神を信じていたけど、「ある人物」から神などいないと言われてしまい、神の存在に疑念を抱くようになってしまった。

今まで、神の恩恵をヒシヒシと感じることができたのに、「ある人物」の指摘以降、恩恵が感じられなくなり、自分が今まで何を信じていたのか、そしてこれから何を糧に生きていけばよいのか分からなくなった。

 

と悩んでいる理学療法士・作業療法士へ向けて書いている。

 

そして、その人たちが、神を信じるにしても、信じないにしても、幸せに生きていってくれることを望んでいる。

 

そして前回の記事では、

「神などのアヤフヤな物に頼らなくても、生きていくことは可能だ」ということや、
「おみくじを引いて大吉が出たときだけ神の存在を信じるなど、都合のよいときだけ日常に組み入れるといった、割り切って関わることもできるのだ」という内容を書いてきた。

 

※私の思いがその人たちに響きやすいように「学術手側面においては、なぜ良くなったかを証明すべきだ」などと一見すると団体批判をしているような内容も記載したが、団体のことなど、どーでも良い事だ。

 

そして、今回の「新人理学・作業療法士は勉強会の注意点を知っておくべき!」は、「神に対して一度は疑念を抱いてしまったが、それでも神を信じたい!そして神と一緒に生きていきたい!」と思っている理学療法士・作業療法士に対するアドバイスを含んだ記事ということになる。

 

 

エビデンスが希薄な治療概念を学ぶ上で肝に銘じておくこと

 

『エビデンスが希薄な概念(神秘的・崇高的・万能的な概念を含む)』を信じて、学び続ける場合に重要なことは何だろう。

 

最初から結論を言ってしまうと、それは前回も記載したように「その治療概念を全面的に信じてあげる」という一点に尽きると思う。

 

治療概念そのものがアヤフヤであり「だって、実際にクライアントが良くなっているじゃないか」という点しか拠り所にできないため、多角的な視点でメタ認知を働かせると、ボロボロと疑問点や矛盾点が出てきたりする。

 

そうなると、もはや認知的不協和に陥ってしまい、耐え難いストレスによって、クライアントの自然治癒力だのホメオタシスだの言ってられなくなる。

 

したがって、その概念を全面的に信じてあげるとともに、確証バイアスを強め、その治療概念に対する信念をより強固にしていくことだ。

 

具体的には、その概念と辻褄が合いそうな解剖・生理学などの要素があれば飛びつき、テレビで神秘的・崇高的・万能的な要素で自身の概念と結びつきそうなものは、どんなに些細なものでも結び付けていく。

 

もちろん「実際にクライアントが良くなっている」「尊敬している指導者がすごい治療成績を残せている」という要素があるならば、それは格好の補強材料に繋がったりする。

 

この様にして、批判的思考を排除し、都合の良い情報を収集することで確証バイアスが強化され、それが治療概念に対する信頼感を生み出すこととなる。

関連記事⇒『HP:確証バイアスとは

 

そして、このようにして形成された要素こそが、プラシーボ効果を生むために重要となってくる。

 

ただし、気をつけておかなければならないのは、「自身の概念に対する自信・信頼感」のみで形成されているという点はメリット、デメリットが表裏一体であるということだ。

 

すなわち「自身の確証バイアス・信念が揺らいでしまった場合」は、ダイレクトに治療成績として跳ね返ってしまう可能性もあるということだ。

 

そして、このデメリットの側面をもろに受けてしまったのが前回の記事「不安や悩み(理学療法士/作業療法士)」で登場したヤフー知恵袋の投稿者であり、「ある人物の違和感という指摘」に治療成績が左右されてしまった所以だと思われる。

 

「信念の強さのみに比例して治療成績が向上したり低下したりする」などは、もはや科学性はどこにも存在せず、『砂上の楼閣』と似ている。

 

そして、それに寄りかかった治療に依存するのは非常にリスキーであることは肝に銘じておいたほうが良いだろう。

 

 

エビデンスが希薄な治療概念を提唱する団体を信じて突き進む際のアドバイス

 

ここから先は、エビデンスが希薄な治療概念を提唱する団体を信じて突き進む際のアドバイスを自分なりに考えてみる。

 

ただし、「その治療概念による効果は、単なるプラシーボ効果である」という極論を前提に話を進めていこうと思う(極論にしないと、ややこしくなるので)。

 

まずは、どの様な要素がクライアントへのプラシーボ効果を高める可能性を秘めているか理解することが大切となるのだが、

 

ぱっと思いつく限り以下の様なものが考えられる。

 

  • 自分が用いている治療概念(や自分自身)をいかに相手へブランディングできているか

 

  • とにかく自己研鑽をして、その治療概念に適した技術(熟達したタッチや操作を含む)・触診能力を磨く

 

  • とにかく確証バイアスを強め、その治療概念に対する信念を強く持つ

 

 

自分が用いている治療概念(や自分自身)をいかに相手へブランディング出来ているか

 

自分がいかにすごい人物か、いかに多くを治療してきたか、有名人や高学歴な人物(大臣や医者など)を治療したことがある、メディアに取り上げられたことがある、凄い資格を有している、多くの自己研鑽を積んできた・・・・などなどのアピール。

 

あるいは、他の概念(西洋医学なども含む)を徹底的に批判することで、自身の概念の優位性をアピールするなど。

 

※あるいは人懐っこく人を魅了する素質を元々持っていたり、逆に威厳に満ちたオーラを元々はなっていたりする人は、「理屈抜きにプラシーボ効果を纏っている体質」ということになる。つまり、自らブランディングすることなくプラシーボ効果を纏っている特異体質者と言えます。もちろん、周囲が神のごとく祭り上げている場合も、(本人はブランディングを意識しなくとも)プラシーボ効果を作動しやすくなると言える。

 

※またアイテムを身につけることでのブランディングも可能です。例えば医師の白衣を着ているだけでクライアントに影響を与えることがあり、「あれだけ痛くて病院へ駆け込んだのに、先生の前では痛くない」などが起こり得る(白衣は関係ないか?)。

 

 

とにかく自己研鑽をして、その治療概念に適した技術(熟達したタッチや操作を含む)・触診能力を磨く

 

これは今までの記事でも示してきた通りで、実技練習は重要となる。

 

補足としては、プラシーボ効果は心地よいタッチで生まれやすいと言われているが「では不快を感じる刺激で効果があれば、それはプラシーボ効果ではないという事か?」と言われれば、必ずしもそうではない。

 

例えば、内臓を押した際に不快な痛みが出現したとしても、セラピストが事前に(あるいは施術中に)「少し痛いかもしれないが、これは体内の毒素を取る時に出る痛みだから悪いものではない」と伝えておくと、
その痛みは「毒素がとれて自身を元気にしてくれる刺激なはずだ」という期待感に繋がり、その期待感がプラシーボ効果を作動させ、施術後に何らかの効果が表れる可能性はある。

 

つまは、セラピストの話術次第でプラシーボ効果が生まれる可能性があるという事だ。

 

そして、このプラシーボ効果は本人の主観のみならず、器質的な要素にも作用する可能性が言われている。

関連記事⇒『プラシーボ効果の実験

 

こんなことを言うと、「てめー!全部プラシーボ効果で片付ける気だろ!」と言われそうだが、だからこそエビデンスが大切という側面もあったりする。

 

「だって良くなっているではないか」では臨床的側面においては問題ないが、その治療概念の優位性を他者にも理解してもらうには、エビデンスが必要となってくるのだ。

 

「なぜ良くなったか?」を証明することが理想ではあるが、難しいならばせめて「プラシーボ効果ではない」あるいは、再現性・妥当性など、とにかく何でも良いから証明する必要があると言える。

 

そして、そのエビデンスが質の高いものであればある程、信頼してもらえる可能性も高くなるのではないだろうか?

 

 

とにかく確証バイアスを強め、その治療概念に対する信念を強く持つ

 

文献によると、「その治療に信念を持って取り組んでいる姿勢そのもの」が相手にプラシーボ効果を与える可能性が言われており、自己暗示にかかっている人の治療は、相手にも自己暗示を与えてしまう可能性を秘めている(この点に関しては最終ブログでもう少し掘り下げて考察していく)。

 

分かりやすく例えると、治療者が「この治療は晴らしい」という強い信念を持っている場合、その思いはクライアントにも伝染し、実際に効果が表れ易いというものだ。

 

こう考えてみると、気功や霊の類であっても、「だましてやろう」と思いながら行う人より、信念を持って行っている人のほうがプラシーボ効果は起こりやすく、だからこそたちが悪いとも言える点である。

 

 

そして、上記で示してきた要素がバランス良く備わっていることが理想であるものの、どれか一つが突出していても十分効果は現れる可能性がある。

 

例えばAの要素がマズマズでも、それを補って余りあるBの要素を持っていれば効果が出せているということになる。

 

逆にBの要素がマズマズでも、それを補って余りあるAの要素を持っていれば効果が出せるということもあるだろう。

 

 

いかにして確証バイアスを強め、信念を強く持つか

 

ここから先は前述した③の要素、すなわち「信念」にフォーカスして、如何にすれば自身の治療概念に対する信念を保ちやすいか(自身の信念が揺さぶられにくいか)について述べていく。

 

プラシーボ効果に重要な「信念」を保つ(あるいは強固にする)ために大切なのは、自身のコンセプトに共感する仲間を多く持つことだ。

 

他者が自身の治療概念に共感してくれればくれるほど、信念は強まることになる。

 

また、その様な仲間が集う集団に、メタ認知を働かせる人物が仮に混じっても、あなたの所属する集団に淘汰される可能性が高いので、その点でもメリットだ。

 

その治療概念を主軸とした勉強会に通い詰めるのは正に「自身に共感してくれる人達の宝庫」であり、勉強会に通い続けるという事は技術研鑽以外にも重要な「儀式」としての側面を持っていると思われる。

 

一方で、臨床推論をベースとする学派の勉強会には参加しない方が良いかもしれない。

 

臨床推論による徒手療法では「メタ認知を働かせる」ことが前提条件だからです。つまり、「なぜ改善したのか」「プラシーボな可能性が除外できるのか?」「本当に選択した手段が正しいのか」などの批判的思考も伴いながら成り立っている側面があるからだ。

 

そして、自身にメタ認知が働くことは、自身の信念を揺さぶり、それが治療成績に影響を及ぼしてしまうことが、万が一の可能性として起こる場合があるかもしれない。

 

もちろん、ヤフー投稿者のように、誰か(クライアント・同僚・上司など)に「違和感」を指摘されたとしても、それに関して深く考えたり、その言葉を真に受けるなどのメタ認知を働かせるのは良くない。

 

これも同様に、信念が揺さぶられることで治療成績に影響を及ぼしたり、その治療概念を学ぶモチベーションを下げることに繋がりかねない。

 

職場に共感者が存在するかどうかは、非常に重要なポイントである。

 

更に言うなら、その治療概念を職場全体で取り入れている所があれば、そこに転職するのがベストと言える。

 

周囲からは異質に見られるかもしれませんが、独自性を持つ「かなり強烈な集団」になる可能性を秘めている。

 

あるいは、整体院などを開業するのも良いだろう。

 

自身の施術を批判するのは一部のクライアントのみとなり、そのクレームによって生じる信念への揺さぶり程度であれば、再び勉強会に参加して、仲間と触れ合うことでリセットされる可能性があるからだ。

 

ただし、勉強会の参加にはデメリットも潜んでいる。

 

勉強会の参加で信念がリセットされるのは良いことだが、受講料が高額な場合は、ヤフー知恵袋の投稿者のようにセミナーに通えなくなる可能性がある点だ。

 

あるいは、せっかく開業しても、勉強会の受講料を払うために働いているのか、何のために働いているのか分からなくなってしまう。

 

しかし、モチベーションを保ち続けるためには勉強会に通い続ねばならず、信念のリセットと多額の受講料の狭間で、自分自身の自然治癒力やホメオタシスに影響を与えてしまう可能性すらあると言える。

 

そして、金欠により勉強会に通えず、信念のリセットがなされないまま施術をすると、それが治療成績にも反映され、更に信念が揺らぐという悪循環に陥ってしまう。

 

この様な悪循環を防ぐためには、自身がその団体の講師にまでのぼり詰めるか、アシスタントとして参加できるレベルになることだ。

 

前者は信念を補強しつつ勉強会の受講料も徴収できるし、高額受講料を考えればアシスタントでも十分恩恵は受けられる。

 

さらには、受講生(その概念に関しては素人)を施術して「気持ち良い気がします。これがエネルギーというやつですね!」などと言ってもらえるのは、何物にも変えがたいほどの信念の強化につながることになる。

 

受講生はクライアントよりもプラシーボ効果にかかりやすい側面があるため、格好の信念補強材料となるだろう。

関連記事⇒「医原的プラシーボ効果

 

もちろん継続して勉強会へ参加するよう促すのを忘れてはいけない。

彼らは団体の貴重な財源になり得るし、一定数の受講生がいるからこそ、あなたも講師が出来るのだ。

 

※ちなみに「エビデンスが希薄な学派」であったとしても、誰に何を言われても揺るぎのない信念を獲得していれば(あるいは元々図太い性格であれば)、団体から離れても影響が無くなるかもしれない。その様なケースでは、自身で新たな団体を立ち上げることもあるだろう。その際は、古巣と提携を結ぶかもしれないし、古巣を否定し、自身の概念の有用性を強調し、独自の集客(勉強会)を始めるかもしれない。

 

自身の信念を強固にするためには、上記の様な点を考慮すると良いと思われる。

 

重複するが、リスクとして、勉強会に通いまくって、自己研鑽をしまくっているのに、参加しなければ直ぐに治療成績が落ちてしまうといっ可能性は頭の片隅に入れておいたほうが良いと思われる。(ヤフー知恵袋の投稿者がモチベーションを保てなかったように)。

 

つまりは、一般の徒手理学療法のように「自己研鑽をつめば積むほどに、その学派から離れても自身で成長していくことが可能となる」とは真逆で、勉強会への依存体質になってしまう可能性を秘めていると言える。

 

彼らはそれを「自己研鑽は一生重要で、学びや成長に終わりはないのだ」とポジティブに表現することもあるのだが、その成長が「高額な受講料の勉強会ありき」な話である点は、寂しいところな気がしてしまう。。

 

 

神秘的・崇高的・万能的な治療概念を多く学ぶのは良いことか?

 

神秘的・崇高的・万能的な治療概念を信じる道を歩むのであれば、メタ認知は働かせず、他者に何を言われても、その治療概念を強く信じる強靭な心が必要となる。

 

例えば、あなたの周りに「周囲から何を言われても、気にせず、存ぜず、我関せずで、我が道をマイペースに突き進む人」はいないだろうか?

 

ああいう図太い神経が必要ということだ。

 

また、仮に強靭な心の持ち主であっても複数のものを学ぶよりかは、一つのものを強烈に信じる方が良い気がする。

 

例えば臨床において「まずは気功をして、それがダメならエネルギーで、それで多少の効果があれば、最後の仕上げで波動とカオスのハイブリッド」などと手当たり次第にやってみるのではなく、

まずはエネルギーだけを徹底的に信じて、それに適合した治療体系(独自な評価方法も含む)を試してみるといった感じである。

 

なぜなら、この類の概念に複数手を出すことで、「それらに共通した部分が否が応でも見えてきてしまう」という可能性があからだ。

 

筋骨格系理学療法のまっとうな概念の場合は、色んな考え方があるにしても、突き詰めれば筋骨格系疾患の機能障害に対するアプローチとして共通する部分が多くあり、だからこそ複数学べば学ぶほど、善し悪しを含めた物事の本質が見えてきたり、統合して臨床推論がし易かったりする。

 

一方で、エビデンスの希薄な概念に色々と手を出すことで見えてくる共通点で一番怖いのは、「プラシーボ効果に置き換えても説明できそうなものではないのか?」という本質への気づきである。

 

これ以上は、ここまで様々な記事を書いてきたので語るまでもないだろう。

 

そして、共通項を発見してしまったが故に生まれてしまった疑念は、自身の治療成績に影響を及ぼしてしまう可能性を秘めている。

 

これが、手当たり次第に不思議なものに手を出さない方が良いのでは?と思う私の根拠となる。

 

 

指導者が消えてしまうことをどう考えるか

 

伝説的な指導者は、いつまでも存在し続けてくれるわけではありません。なので、この点についても考察しておく。

 

受講者が神と崇めている指導者が引退したり、逝去してしまうことは、非常に由々しき問題となる。

 

神がいなくなるということは、STAP細胞の小保方晴子さん流に表現するならば「神が御隠れになられた」ということだ。

 

強烈な一人の個性のもとに形成された治療概念は、エビデンスが希薄であるが故に、受講生たちの拠り所は「うちの神(指導者)がゴッドハンドだから、この概念は間違っていない」という点にある場合も少なくない。

 

そして、他者が何を言っても、「どうせこいつ等は、うちの神(指導者)の足元にも及ばない」「こんな奴の話は無視して、自分も神(指導者)の様な高みを目指すのだ」というように拠り所にすることも多いだろう。

 

しかし、その神自身が現役を引退したり、逝去してしまうと、何をより所にして良いか分からなくなってしまう場合があります。そうなると、個人のみならず、団体の求心力にも影響を及ぼし、どんな巨大な団体であろうと単なる烏合の衆と化してしまい、消滅する危険性を持っている。

 

あるいは強烈なリーダーシップによる足枷が外れて、ナンバー2や3が各々に独立して、古巣を批判し自身の優位性を声高に叫んだりするようになる可能性もあるでだろう。

 

※例えば、ある概念を提唱する組織は、以前はもっとまとまっていましたが、強烈なリーダーシップをとっていた人が逝去して以降、実力があるだの、アメリカで正当なカリキュラムを学んで正当な免許を持っているだの、アメリカはすでに全身ではなくテクニック偏重になっておりもはや創始者が提唱していた哲学を受け継いでいるとは言えず我々こそが創始者の遺志を継ぐ正当な団体だ・・・・などなど、それぞれが言いたいことを言って、まとまりがないのは残念なところだ。

 

 

話を戻して、もしも団体が消滅するならば、その団体に多額のお金を払って取得した認定証などは、唯のゴミくずと化してしまい、何のプラシーボ効果も発揮してくれなくなってしまうのも由々しき問題となってくる。

 

これらの事を防ぐには、その神(指導者)のことを伝説化してしまうことも大切だ。

 

様々な病気を治したことなどを伝説化することで、指導者が居なくなってもなお治療概念の優位性を「だって、この概念を創始した神(指導者)は、全ての病気が治療できたのだから」と言い続けることが可能となる。

 

この様に伝説化・神格化させるに当たっては、むしろ逝去していた方が都合の良い場合もあったりする。

 

ある程度話を盛ったところで、(それが検証されない範囲のものであるならば)だれも厳密な反論は不可能となるからだ。

 

もちろん、プラシーボ効果の存在など知られていない時代に起こったとされる伝説であれば、それらの要素を差し引いて冷静に分析されていないだけに、再検証出来ないということは尚更神格化し易いということになる。

 

 

「新人理学・作業療法士は呪いめいた勉強会の注意点を知っておくべき!」で私が伝えたかったこと

 

少し、蛇足な文章も混じってしあったが、私が今回の記事で伝えたかったのは、どの様な概念を自身の治療の主軸に置くかで、情報に接する際の考え方は180°変わってくると言うことだ。

 

すなわち「メタ認知(批判的思考)を働かせる」のか、「確証バイアスを強めることで信念を強化するのか」ということになる。

 

このことを理解していなければ、いつまでも訳が分からず迷うことになることを理解してもらえれば幸いだ。

 

 

私が一目置いている神を紹介します

 

最後に、「科学的根拠が希薄な治療概念であるものの、実際に結果を出している」という意味で、私が一目置いている神を動画で紹介して終わりにする。

 

理学療法士・作業療法士の皆さんは、「この先生はすごい!」と思う人に一度は会ったことがあるのではないだろうか?

 

理屈抜きで、凄いと思えるゴッドハンドを持った治療者は存在している。

 

私が今回紹介する神も、理屈抜きで、肩こりなどを治したり、高血圧や糖尿病を改善できる方である。

 

それが、プラシーボ効果であれ、なんであれ、私は凄いと感じる。

 

そして、この方の治療がプラシーボ効果によるものであると仮定するならば、

「手かざし」をするだけで症状を改善させるという意味で、「熟達したタッチ・操作能力」すら活用せずに、これらの変化を体現できているという事になる。

 

つまりは、クライアントに触れることなく治せるという事だ。

 

要は、「ゴットハンド」すら超越した「ゴッド」ということになる。

 

最後にその方を紹介して終わりにしようと思う。

 

最初の12分間くらいでこの方の実力は分かると思う(それ以降も興味が出たなら、続きもご視聴してみてほしい。残念ながら最終的に神は殺人罪で逮捕されてしまう。。。)。

 

※動画は再現VTRであり、多少の誇張はあるかもしれないが、実際に起こった事件と本質的なものは大きく変わっていないと思う。

 

※ユーチューブ:世界昇天ニュース 洗脳SP 2013年8月7日

 

 

次回に続く

 

彼女は(一部の人達に対して)確実な結果を出せている。

 

そして、彼女の理屈は「薬は毒、獣の霊が悪い症状を起こす、神を信じることで病気が治る」と言うものだ。

 

結果が出せている人の言うことが全て正しいということは、これが正しいということになる。

 

野球のバッターとしてメジャーリーグで結果を残したイチローから
「俺が結果を出せているのはバッティング技術ではなく、毎日神と交信しているからだ。お前らも結果を残したければ交信しろ」
とアドバイスを受けたとしても、恐らくあなたは交信しないだろう。

 

なぜなら、イチローが結果を出せている理由が何なのか(バッティング技術なのか、祈りの影響なのか)、他者から見ても明確に分かるからだ。

 

しかし、エネルギーなどの神秘的・崇高的・万能的な治療概念は異なってくる。

 

明確ではないのである。

 

であるからこそ、プラシーボ効果かそれ以外の効果なのかがあやふやな治療概念を「だって結果が出ているじゃないか」という理由だけで学ぶということは、
突き詰めればこの様なゴッドに師事するのと同じということになってしまう場合もあるという事になる。

 

そして、指導者が考えている理屈と、実際の作用機序が全く異なるとするならば、あなたは全く見当違いな自己研鑽を一生懸命していることになるのかもしれない。

 

あなたが学んでいる治療概念に、どんな理屈をつけようと構わない。

 

触圧覚刺激によって起こる神経生理学的効果といった比較的まともな仮説でもOKだし、星座のコスモを爆発させることで起きたなどのセブンセンシズ的な仮説でもOKだ。

 

しかし、「思考」というテーブルの上にこれら様々な仮説が乗っているにもかかわらず、プラシーボ効果がのっていないとするならば、
それはいくら何でも確証バイアスが強すぎると言わざるをえないと言うことだ。

 

例えば、あなたのエネルギー注入に全く反応を示さずキョトンとしているクライアントに対して「この人は邪気が強すぎるから、なかなかエネルギーが通っていかない」などの4次元的な仮説を立てても良いでだろう。

 

ただ、「プラシーボ効果が作動しにくい人という解釈はありえないのか?」という思考を巡らせても良いのでは?

 

クライアントには効果が出せているエネルギーを家族試しても「そんなにナデナデされても何も変わらない。もっとしっかりマッサージしてよね!」などと暴言ばかり吐かれて全く効果が出せなければどうだろう?

 

「家族と私とではお互いに持っている磁場が類似しているから、エネルギーが通りにくいのだろう」などと8次元的な仮説を立てるのも良いでだろう。

 

ただ、「クライアントには自分が施していたブランディングが作用していたが、家族は自分のことを尊敬していない。つまり、家族の前で私は神から凡人になり変わってしまっている。なのでプラシーボ効果は作動しにくく、プラシーボ効果の優位性が低いメカニカルな刺激を求めているのかも」という解釈はダメなのか?

 

このように、メタ認知を働かせる際に、プラシーボ効果の可能性も頭の片隅に入れて思考してみるのは、はたして悪いことなのか?

 

「私は現代医学と言う枠にとらわれず、それを超越した思考で物事を考えているのだ!」という思考を否定する気はない。

 

その様なポリシーの基で、「思考」というテーブルに上記で示した4次元的、8次元的な仮説をたくさん並べて、自身の治療効果の理屈を考察してみるのも構わない。

 

しかし、自由な発想と言っているにもかかわらず、そのテーブルの上に「プラシーボ効果」が乗っていないとするならば、
それは「現代医学と言う枠にとらわれていない」という狭い枠にとらわれて、狭い視野で物事を見ているという見方も出来てしまうのではと感じてしまう。

 

今回の「新人理学・作業療法士は呪いめいた勉強会の注意点を知っておくべき!」は「プラシーボ効果」として、シリーズで掲載しており、あと2回の記事で終わりになる。

 

次回は、「自身の治療概念に対する信念を強固にするために開業を選んだ人」をターゲットにして、私見を述べてみようと思う。

 

この記事は、多少「番外編」的な要素、すなわち私が開業についてどう思っているかと言ったプラシーボ効果とは全く関係のない要素も含んでいるため、様々な価値観が存在する中の一個人の意見として、サクッと読んでもらいたい。

 

その次の最終記事は、「理学療法士・作業療法士自身の将来性や未来の為に」と題して、プラシーボ効果の総括的というか、補足的な内となっている。

※これも補足的な内容なのでサクッと読めると思う。

 

そして恐らくは、この様な類のシリーズ物を作成することも二度とないと思う。

 

なので、最後だと思って今しばらくお付き合い願いたい。

 

他の記事を見てもらえばわかるように、いつもはもっと「箸にも棒にもかからないような記事」を作っている。

 

そういう記事を作って、自分の学んできたことを体系化していくのが好きなのだ。

 

最近は徒手療法の領域を多少逸脱した記事が増えているので、
徒手療法に興味がある方からすれば、最近私が書いている記事は物足りない、
あるいは興味が持てない項目が多くなっているかもしれない。

 

その様な人は、当サイト「理学療法(運動リハ)の素材集」ではなく、
リンク先サイト「筋骨格系徒手理学療法の世界」の「各学派の分類」や「徒手理学療法における評価・治療の一般的な流れ」を参考に情報収集してみてほしい。

 

 

新人理学・作業療法士は呪いめいた勉強会の注意点を知っておくべき!」の続きはこちら

 

この記事は「プラシーボ効果」として、シリーズで掲載しており、続きの記事は以下になる。

 

理学療法士・作業療法士は辞めたいなら起業(開業)もあり?

 

※プラシーボ効果シリーズは「別ブログで過去に連載していた記事」を移行したものであり、全7記事で構成されている。

 

※7記事は『プラセボ効果のまとめ一覧』にまとめているので、記事一覧はこちらを参照してほしい。