神経学的検査の概要

放散痛や電気が走るような特殊な痛みを訴える場合は、単純な侵害受容性疼痛とは区別して考えなければならないケースもあります。
そのため、末梢神経障害が考えられる場合、問診と合わせて神経学的テストを実施していきます。
また、中枢神経障害が考えられる場合は、病的反射を含む鑑別が必要な可能性も出来てきます。

上位と下位運動ニューロン障害の特徴は以下のようになります。

  上位 下位
筋緊張 亢進(痙性、硬直など) 低下(弛緩性・麻痺など)
深部腱反射 亢進または正常 減弱または消失
筋萎縮 なし 顕著
病的反射 陽性 陰性
障害の筋 筋群として障害 一つの筋の障害あり
線維性攣縮 なし あり

※ここからは末梢神経系の障害についての評価を中心に記載していきます

神経学的検査の分類

神経系の関与が疑われる場合は、必要に応じて以下のような神経学的テストを実施していきます。

  • 神経伝導性のテスト(感覚テスト・反射テスト・筋力テスト)
  • 神経ダイナミックテスト(+末梢神経の触診)

これらの神経学的検査により、クライアントの訴える症状にいて以下の検証をしていきます。

  1. 神経の伝導性が障害されているか?
    ※神経線維・神経結合組織・メカニカルインターフェイス全ての要素で起こり得る
  2. 神経伝導性以外の機能異常(滑走・伸張・圧迫といった機械的ストレスに対する機能異常)が生じているか?
    ※神経線維・神経結合組織・メカニカルインターフェイス全ての要素で起こり得る。
    ※神経線維の要素としては、神経線維の損傷後の再生時、あるいは変性による末梢神経感作(神経障害性疼痛)も含まれる。

神経学的テストを解釈するうえで以下の表は参考になります。

  神経外部位
(メカニカルインタフェースなど)
神経内部位:
神経伝導組織
神経内部位:
神経結合組織
種類と分布 挟まれた痛み
激痛
易受傷部位の周囲
燃えるような、チクチクする、びりびりする
神経支配領域
痛みは神経幹に沿っている
皮膚節には関係ない
定常性 間欠的→持続的 より持続的 間欠的→持続的
認識 精通 不慣れ
「異様な」「神経過敏な」
少しは慣れている
悪化/軽快する要素 接触領域の運動で↑ 神経系の伸張で特に↑ 伸張で↑
運動で↑↓
身体的徴候 界面構造内での匹敵徴候 神経学的徴候と症状
触診→症状が他に現れる
触診→限局痛
テンションテストでの症状反応 運動で↑または↓ 伸張で↑ 運動で↑
伸張で↑
斜角筋(=メカニカルインタフェース)の緊張
⇒神経系が刺激過敏
瘢痕化した神経線維内鞘での神経腫と未熟軸索 神経鞘の刺激過敏

バトラーの神経系モビライゼーションより

※上記の図のポイントの一つとして、神経内部位の「伝導性組織の問題⇒神経支配領域の症状」、「結合組織の問題⇒症状が皮膚節の症状と一致しない」という整理の仕方は組織鑑別の参考になります。

※他の切り口の解釈として、「神経の伝導組織の問題⇒神経因性疼痛」「神経の結合組織の問題⇒侵害受容性疼痛」という整理の仕方があります。

これらの評価を元にして、以下が予後予測となります(あくまで大雑把な予後予測です)

  • 神経の伝導性が障害されている場合(運動マヒやデルマトームに沿った感覚鈍麻など)の予後は悪い可能性がある
    ※感覚障害も神経伝導性の障害か単なる関連痛なのかは鑑別が必要
  • 神経伝導性以外の機能異常で、神経結合組織・メカニカルインターフェイスのみの問題であれば予後は比較的良いと考えられる。

神経伝導性のテスト(感覚テスト・深部腱反射テスト・筋力テスト)

神経伝導性の障害が疑われる場合は、髄節レベルごとのKey muscle、表在感覚、深部腱反射の障害の有無を検査していきます。

神経伝導性のテストによる解釈:
  • 感覚テスト ⇒末梢の情報が中枢へ伝わっているか
  • 深部腱反射テスト⇒神経が機能しているか
  • 筋力テスト ⇒神経から筋に情報が伝わっているか

以下の表に示した要点などを踏まえて、テストを実施していきます。

髄節 Keymuscle 深部腱反射 感覚領域(Key sensory point)
C5 肘屈筋 上腕二頭筋 上腕外側(肘窩前外側)
C6 手関節背屈筋 腕橈骨筋 母指・示指~前腕外側
(母指)
C7 肘伸展筋 上腕三頭筋 中指(中指)
C8 中指末節の屈筋   環指、小指~前腕遠位の尺側
(小指)
Th1 小指外転筋
第1背側骨間筋
  前腕内側の近位1/2と上腕内側
(前腕内側)
L2 股関節屈筋   大腿内側中央(大腿内側中央)
L3 膝伸展筋   大腿前面遠位~膝部
(膝蓋骨内側)
L4 足背屈筋 膝蓋腱反射 下腿および足内側
(内果)
L5 足指伸展筋   下腿外側、足背
(足背内側)
S1 足関節底屈筋 アキレス腱反射 踵外側(踵外側)

椎間板ヘルニアとの関連

ヘルニア高位 髄節 運動障害 反射異常 感覚障害(Key sensory point)
L3/4 L4 前脛骨筋 膝蓋腱反射低下or消失 下腿および足内側
(内果)
L4/5 L5 長母趾伸筋
長趾伸筋
(後脛骨筋反射) 下腿外側、足背
(足背内側)
L5/S1 S1 長・短腓骨筋
腓腹筋・ヒラメ筋
アキレス腱反射低下or消失 踵外側
(踵外側)

1.感覚テスト

  • 感覚テストは、感覚障害の部位を検査することで中枢神経障害か神経根の障害か、あるいは末梢神経の障害かを鑑別に用います。
  • 末梢神経の分布は髄節(皮膚節)の分布よりも個人差が大きいので注意が必要です。
  • 左右ともに確認していきます。
  • 感覚テストができない部位であるものの重要な情報として下位馬尾神経の障害の有無が挙げられます。
    下位馬尾神経に支配されている会陰・肛門、泌尿生殖器部から殿部に限局した皮膚の感覚障害(サドル型感覚障害)の有無は、必ず問診の段階で確認しておきます。
    • 問診時の表現方法としては「自転車のサドルに当たる部分(あるいは肛門周囲)の感覚がおかしかったりしませんか?」などと聞いていきます。
      合わせて膀胱直腸障害(トイレの感覚が分かりにくくなっていないか)も聞いておきます。
    • これらの問診に引っかかるようだと「レッドフラッグ」と解釈し、医師による精査が必要になります。
    • 高齢者の場合、「単に加齢による影響でトイレの感覚が乏しくなっている」という可能性も頭に入れておいたほうが良いと思います。
      他方で、「以前から加齢によりトイレの感覚が乏しかった」という状態が最近悪化しただけだと思い込んでいたものが、「実は病的な膀胱直腸障害も生じていた」ということが起こりうる点も頭に入れておいたほうが良いかもしれません。

2.筋力テスト

  • 例えば、上記の「椎間板ヘルニアとの関連」の表を参考にするならば、問診から以下のような仮説を立てて筋力テストをしていくことも可能です。
    • 「頻回に躓いてしまう」という情報
      ⇒L3/4ヘルニア疑い⇒足関節背屈の筋力テスト
    • 「足指を反らしにくい」という情報
      ⇒L4/5ヘルニア疑い⇒足指伸展の筋力テスト
    • 「踵を浮かせにくい」という情報
      ⇒L5/1ヘルニア疑い⇒足関節底屈の筋力テスト
  • 左右差を確認していきます。

3.深部腱反射テスト

  • 反射検査は、神経系に問題があるか、あるいは神経系の問題が上位ニューロン・下位ニューロンのどちらであるかの鑑別に用います。
  • 深部腱反射によって障害の可能性がある髄節を検査し、必要に応じて病的反射も追加して検査します。
  • 個人差があるため、反射の亢進・減弱は必ず左右差で判断していきます。
  • 検査必要事項:
    • クライアントがリラックスした状態
    • 検査する腱がわずかにストレッチがかかった位置
    • 適切な刺激
    • 必要に応じて「歯を食いしばる」「気を散らす」など工夫する

反射検査に関する詳細は以下のブログも参照
⇒『ブログ:反射検査(深部反射・病的反射)まとめ一覧

様々なニューロパチーを考慮する

ニューロパチー(Neuropathy)は、末梢神経の正常な伝導が障害される病態の総称を指します。

そして、異常感覚(ピリピリ・ジンジン・痛い・鈍い・過敏など)を起こしてしまうのは一部の運動器疾患だけではなく、全身疾患でも起こり得る症状である点には注意が必要です。

例えば「左右対称に手と足だけに出る手袋靴下型の異常感覚」は糖尿病によって起こりやすいとされています。
その他にも、関節リウマチなどの膠原病、がん、低栄養や胃の障害によるビタミンB欠乏、アルコール依存症などでも感覚異常が起こります。

また、末期の腎不全で起こる尿毒症には、手足のしびれ(痛みや動かしにくさ)、ムズムズ感、灼熱痛が起こることもあり、透析中や腎臓の弱い人には注意する必要があります。

また、下肢の異常感覚では、脊柱管狭窄症といった運動器疾患以外に、閉塞性動脈硬化症などの血管が原因で起こる可能性もあります。

これらを鑑別しておかなければ、まったく見当違いなアプローチをしてしまうことになりかねないため注意が必要となってきます。

※介護保険分野では必ずしも鑑別診断がなされずザックリとした指示が医師から出されることがあり、なおかつ高齢者は様々なニューロパチーを有している可能性があるので特に注意が必要です。

ニューロパチーに関しては以下も参照してください。
ブログ:高齢者のニューロパチー

神経ダイナミックテスト(Neuro dynamic test)

神経系に機能異常が生じている可能性がある場合、必要に応じて神経ダイナミックテストも神経伝導性テストと合わせて実施していき、何らかの所見(感覚的所見・可動域的所見)が得られるかを確認していきます。

神経ダイナミックテストには「脊柱+下肢」と「頚椎+上肢」のテストがあり、以下が陽性所見となります。

  • 症状が再現され、対側のテスト肢位と異なった反応が生じ、可動域も異なる。
  • テストの反応は、身体の他の部分を動かすことで増加したり減少したりする。

神経ダイナミックテストは、対象者が上・下肢にしびれや痛みを訴えている場合に、その訴えが関連痛なのか、神経系の問題(例えば絞扼など)なのかの鑑別にも用いることができます。

神経ダイナミックテストの詳細は以下を参照してください。
神経ダイナミックテスト

神経系の機能障害に対する治療の選択

神経ダイナミックテストで異常所見が見出され、神経伝導性のテストと総合的に判断した結果、必要に応じて以下のアプローチを試みます。
※ただし、神経内・神経外の病理が混在していることがほとんどなため、どちらの病理が優位かによってアプローチを決定する必要があります。

1.神経結合組織の伸張性低下に対する神経系モビライゼーション

神経ダイナミックテスト(や神経の触診)による神経の滑走・伸張の手法を治療に応用することで、直接的に神経系へ影響を与えます。

このような直接的なアプローチは『神経系モビライゼーション』と呼ばれます。

※神経結合組織、すなわち神経内の病理(神経内の浮腫など)に対して神経系モビライゼーションが有効との意見があります。

2.可逆的なメカニカルインタフェースによる神経への機械的刺激の除去を目的とした試み

神経系に直接アプローチをする『神経モビライゼーション』ではなく、以下の介入などにより神経系に影響を与えている周囲構造を治療することにより、間接的な神経系のメカニクスの改善を図ります。

3.非可逆的なメカニカルインターフェースによる神経への機械的刺激除去を目的とした試み

上記からも分かるように神経系への介入手段=神経系モビライゼーションではない点に注意が必要です。

また、神経系モビライゼーションの様に「刺激を加えること」による改善とは逆に、「刺激を加えないような工夫」による改善の試みも、神経系へのアプローチということになります。

特に、非可逆的なメカニカルインタフェース(例えば骨棘、椎間板ヘルニアなど)が関与している場合は、神経系が緊張しないような姿勢や動作の指導も大切となります。