痛みの定義

国際疼痛学会(IASP: International Association forthe Study of Pain)は、痛みについて以下のように定義しています。

痛みは組織の実質的または潜在的な障害に伴う不快な感覚と情動体験、あるいはこのような障害を言い表す言葉を使って述べられる同様な体験である

Pain : an unpleasant sensory and emotionalexperience associated with actual or potential tissue damage, or described interms of such damage

※定義の注釈に関してはこちらも参照
⇒『クリニカルリーズニングの前提条件とは

一般的な痛みの経路

皮膚や靭帯・健・骨格筋などに「傷害」あるいは「傷害する可能性をもった侵害刺激」が加わった直後は「刺すような痛み」を感じますが、この痛みは一次痛(first pain)とも呼ばれ、痛みの局在、すなわち組織損傷部位の識別に優れ、しかも組織に加わった機械的刺激の強度に依存した痛みが発生します。

一次痛は機械的刺激を侵害受容器である高閾値機械受容器が受け取り、伝導速度が速い一次侵害受容ニューロンのAδ線維によって脊髄後角に伝えられ、外側脊髄視床路を経て、大脳皮質感覚野で痛みとして知覚されます。

次に(一過性である)一次痛に少し遅れて、「鈍く疼くような痛み」である二次痛(secondpain)と呼ばれる痛みが発生します。
二次痛は機械的刺激をポリモーダル受容器が受け取り、伝導速度が遅い一次侵害受容ニューロンのC線維によって脊髄後角へ伝えられ、内側脊髄視床や脊髄網様体視床路を経て、大脳皮質感覚野で知覚されたものです。
そして、これらの伝導路は自律神経に関係する間脳の視床下部、情動に関係する皮質や前帯状回、記憶に関係する扁桃体や海馬などを経由するため、様々な機能に影響を及ぼすこととなっていきます。

詳細はこちらも参照
⇒『一般的な痛み経路の詳細

原因による痛みの分類

痛みは様々な分類方法が存在しますが、このサイトでは以下の分類についてリンク先で紹介しています。

いわゆる「運動器疾患」の痛みについて

私たちのリハビリ対象となる「運動器疾患」の痛みは、どの様な病態を呈しているのでしょうか?

発症して時間が経過していない痛みは、急性痛と解釈できるため、いわゆる「侵害受容性疼痛(の炎症性疼痛)」と言い換えることが出来るため、対応もシンプルです。

問題は、ある程度時間が経過してしまっている痛みの解釈です。

この痛みは急性痛との対比として「慢性痛」と呼ばれることがあります。
そして、慢性痛には様々な解釈がありますが、中には「すでに問題となっていた痛みの原因は解決(治癒)しているにもかかわらず症状が残存しているので、心の問題(心因性疼痛)だ」という極論すら昔は存在しました。

たしかに、「病は気から」という諺があるように、痛み刺激が情動とも結びつていることも分かっています。
しかし一方で、今まで心因性疼痛と思われていたものに、実際は『神経の感作』や『脳の可塑的変化』なども関与していることが分かってきています。
つまり、いわゆる「慢性痛」は『心因性疼痛の要素』だけでなく、『神経因性疼痛の要素』も関与した病態だと解釈したほうが妥当と思われます。

そして一番重要な点として、『メカニカルな要素(病態力学的要素)の強い侵害受容性疼痛』は、慢性痛であっても該当している可能性が高いという点です。
更に言えば、長期にわたって生じ続けている痛みであっても、炎症の沈静化・再発を繰り返している場合もあり、その場合は『炎症性の要素(病態生理学的要素)を含んだ侵害受容性疼痛』とも表現できる側面も持っています。

この様に考えると、私たちが臨床で遭遇する運動器の痛みには、「侵害受容性要素」「神経因性要素」「心因性要素」が複雑に絡み合った病態であると解釈することができます。

慢性痛に関しては様々な解釈が存在しますが、ここまで記載した内容に類似した解釈として以下を紹介しておきます。

慢性痛では、時間経過に伴い侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛に心因性疼痛が加わり、その割合が増大していくことが多く、これらの痛みは個々に独立して存在するのではなく、重複して存在することが多いと考えられる。

ペインリハビリテーションより~

慢性痛症の患者さんで、痛みがあるためにその部分をかばって変な姿勢をとり続けたりしている場合があります。慢性痛症を患っているので区別が付きにくいのですが、こういう場合には急性痛が混在しています。急性痛と慢性痛症はその仕組みが全く違うため、同じ方法で対処することはできません。ですから、まず痛みの源を判別して、これらをきちんと区別することが、痛みに対する治療方針を決める上で大前提となります。

痛みを知る (いのちの科学を語る) より~

多くの人が、慢性疼痛の患者ではもはや侵害刺激による痛みはない、侵害刺激による痛みは受傷後6週間後には必ず治ると誤解しているが、これは正しくない。ヒポクラテスは次のように言っている。「治癒は時間による、ただし、治癒するに必要な環境も必要である」。外傷や障害は治癒する環境が与えられなければずっと治らない。手の傷も、いつもそこをケガばかりしていたら治らない。治る為には、その部分を保護する必要がある。同じように、捻挫した足首や骨折した骨もずっとそこを痛みつけていれば治らない。こうしたケガや障害は、治るまでにはこれくらい期間がかかるという目安はあるが、それは治る環境が整っていての数字である。

~国際マッケンジー協会日本支部 会報77号より~

おすすめ書籍:ペインリハビリテーション

痛みに対する基礎からリハビリテーションへの応用まで包括的に学べる書籍としては、以下の『ペインリハビリテーション』がお勧めです。

このサイトを作成するにあたっても大いに参考にさせてもらった書籍でもあります。

この書籍に書かれてある内容は、必ずしも徒手療法・理学療法・作業療法・リハビリテーションのみで疼痛を解決できるという方向性では書かれていせんが、痛みを(理学療法/作業療法/リハビリテーションとも絡めながら)包括的に書かれている点では、他に類を見ない秀逸な書籍だと思います。

ペインリハビリテーション松原 貴子,沖田 実,森岡 周 三輪書店 2011-05-30
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ピクチャーコンセプト

ペインリハビリテーションを展開していく中で、重要なのは以下の要素だと個人的には思っています。

  • クライアントの全体像を把握する
  • 物事を包括的に考える
  • 自分の行いをメタ認知する

そして、これらの意味を分かり易く教えてくれるものとして、以下の様な例え話があります。

民家ほどの大きさの巨象がいたとします。
その巨象を「目隠しした人々」に触ってもらい、「自分が触れている物は何か」を考えてもらいます。
すると、目隠しをした人々は多種多様なことを言い始めます。
足に触れた人は「大きな柱のようだ」と言うし、

牙に触れた人は「槍ではないだろうか?」と言うし、

しっぽに触れた人は「太いロープのようだ」と言っています。
しかし実際は巨象であり、それを見極めなければならないため、もっと大きな全体像を描かなければなりません。
ですが、目隠しをされている以上、自分達が触れることのできる「局所」でしか物事が判断できません。
巨象を認識するためには、一部分を触っただけで分かった気にならず、もっと全体を万遍なく触れることで、全体の輪郭を徐々に形成させていくことが大切です。

このエピソードは「ピクチャーコンセプト」として、徒手理学療法の間では有名な例えです。

私たちは全体像を描けるだけの思考能力を持っているにも関わらず、自身の思考に目隠しをしてしまい単眼的に物事をとらえてしまいがちになっている場合があります。

その原因には「自身の信念」・「認知バイアス」など様々な要因が考えられますが、可能な限り「自分は単眼的思考に陥っていないか」「本当にこれが正しい解釈なのか?」「もっと最善の策があるのではないか?」などとメタ認知を働かせてみることが大切になります。

すると、柱・槍・ロープと思っていたものが、もっと別の何かに見えてくるかもしれません。

ペインリハビリテーションにおいて、「クライアントの全体像を把握」「物事を包括的に考える」「自身のメタ認知する」という要素をかみ砕いた具体例としては、以下の物が個人的には挙がってきます。

  • 部位別に考えるのではなく全身のアライメントや運動連鎖などを考慮して全身を把握する
  • ICFに沿ってクライアントを評価する
  • 病態(このカテゴリーでは痛み)に関して一つの概念に固執せず、広くとらえなおしてみる
    ※痛みに関しては認知・情動的側面にも留意する
  • 問題解決に関して、一つの手段に固執せず、広くとらえなおしてみる

このピクチャーコンセプトに関しては自身に言い聞かせていることでもあります。

今後も一般的な評価・治療の流れをベースにしつつ、広い視野を持ってクライアントに接していければと考えています。