認知について

認知行動療法における『認知』とは、「思考や考え方」を指しており、
「状況に適した認知かどうか」や、「表層・深層のどちらに存在する認知か」で分類されます。

認知の分類①(状況に適しているかどうか)

適応認知:
状況に適した歪みのない思考・考え方(=適応的スキーマ・適応的な自動思考)
非適応認知:
気分がつらくなり易い思考・考え方のこと。
状況に適応しにくい思考や考え方のこと(=非適応的スキーマ・非適応的な自動思考)。

認知行動療法における適応認知は、ポジティブ思考と混同されることがありますが、以下のように2つを区別しています。

  態度 効果
ポジティブ思考 主観的(根拠が乏しい)で、自分の都合が優先される 効果があっても一時的
適応的認知 客観的で事実や証拠が優先される 効果が強く、ほぼ永続的

※ポジティブ思考は、一般的に「良い思考」と捉えられることが多いですが、認知行動療法では「十分な根拠なしに前向きを推奨するもの」と考え、適応認知とは異なった概念として捉えます。

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認知の分類②(表層or深層)

認知には、表層に存在するものと深層に存在するものに分かれており、それぞれを以下のように表現します。

スキーマ:
深層にある認知のこと。
中核信念(core belief)』とも呼ばれる。
自動思考:
表層にある認知のこと。
自分で考えているつもりはないのに瞬間的に生み出される思考を指し、この思考は自動的に根拠無く浮かぶ。

自動思考に関して詳しくは以下を参照してください
ネガティブな自動思考の具体例(推論の誤り)

認知行動療法における、感情や行動が生み出されるまでの解釈

深層の認知である『スキーマ(中核的信念)』は、私たちの人格形成における重要な要素の一つです。

スキーマは独自のパラダイム(色眼鏡)を生み出し、私たちはこのパラダイムを介して世の中を見ています。そして、このパラダイム(色眼鏡)のことを認知行動療法では『認知バイアス』と呼びます。

世の中で客観視できる様々な事象(出来事や状況)は『(スキーマによって生じた)認知バイアス』を介すことで、表層の認知である『自動思考』を生み出します。

そして、自動思考という主観により、様々な表出反応(感情・行動・意欲・身体的反応)が生み出されることになります。

※「自動思考」と「表出反応」のどちらが先かは、「鶏と卵のどちらが先か」の議論と同じであり、上記の考えはあくまで一つの解釈です。

重要なキーワード

認知行動療法における前述したキーワードに関して下記のリンク先で更に掘り下げて記載しています。

特に認知バイアスは、認知行動療法における第一の治療対象に位置付けられるため重要です。

認知バイアスには様々な種類がありますが、リンク先にはポジティブ思考にもネガティブ思考にも関与が強く、なおかつ痛みとも関連のありそうなものを4つ取り上げて解説しています。これら以外にも多くの認知バイアスが存在するため、興味がある方はインターネットで検索してみてください。

認知行動療法とは

認知行動療法(CBT: coguitive behavioral therapy)は、『認知療法』と『行動療法』から形成されます。

認知療法:
誤って学習した考え方・イメージ・記憶など、ゆがんだ「認知」が習慣化すると自己を否定的にとらえたり、環境を非現実的に受けとめたりするようになります。
そして、「認知の歪み」をターゲットにして、認知や行動を是正しようとする心理療法の総称を『認知療法』と呼びます。
行動療法:
『行動療法』は学習理論や行動理論を基礎とする数多くの行動変容法・理論の総称です。
行動療法では、不適応行動や問題行動も他の行動と同じく学習された機序の結果であると考えます。
そして、学習の原理に基づけばどんな行動も消去・変容したり、あるいは適応的な行動を再学習したり新たに学ぶことが可能となります。
認知療法のターゲットが「認知の歪み」であるのに対して、行動療法のターゲットは客観的に測定可能な「行動」であり、また目標は「望ましくない行動の低減」「望ましい行動の獲得」といった行動の制御となります。

認知行動療法は、うつ病や心的外傷後ストレス症候群のような精神・心理障害のみならず、糖尿病や肥満などの生活習慣病、そして慢性痛にするリハビリテーション(理学療法/作業療法)にも広く応用されるようになっています。

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従来の心理療法と比較した認知行動療法の特徴

従来の心理療法と比較した認知行動療法の特徴は以下のように言われています。

深層心理やトラウマを追求しない:
従来の心理療法、とくに精神分析では、深層心理を探ることが治療の中心でした。
治療で重視されるのは幼少期の生育環境や心の傷(トラウマ)で、長く抑圧されていた感情を解放し、トラウマを乗り越えることで、つらい感情が改善されると考えられてきました。
しかし、認知行動療法では、過去の問題より、現在に焦点を当てます。
どのような過去があろうと、現在の認知を変容させることで、つらい感情を変えられると考えます。
セラピストが積極的に発言する :
従来の心理療法では「セラピストは話を共感的に聞く役割で、積極的に話してはならない」とされていました。
しかしその場合、問題が前に進まないことも少なくありません。
認知行動療法では、セラピストがクライアントに具体的なアドバイスをするような積極的な関わり方をします。
ただし、ここで言う「積極的な関わり」とはセラピストの上から目線で何かを指導するという様な意味ではなく、あくまでクライアント自身が認知バイアスに気付くためのガイドとしての関わりを指します。
お互いに問題を話し合いながら、より良い解決表方を一緒に探っていくという様な関わり方が大切です。
この様な積極的なガイドによってクライアント自身の力でバイアスに気付くと、その延長として具体的な思考内容を系統的に検証することも学べ、そのことで状況や経験に対してよりバイアスが少なく現実的な判断ができるようになるとされています。
ホームワークを重視する
セラピストが直接かかわる以外に、クライアントが自ら体験できる治療的作業を認知行動療法では「ホームワーク」と呼びます。
クライアントがセラピーによって新たな認知を獲得したとしても、セラピー以外の時間帯で思考が停止してしまっていれば、効果は半減してしまいます。重要なのは、新たに獲得した認知をホームワークとして日常に落とし込むことです。
つまりは、セラピー以外の時間(実際の生活場面)の全てが治療場面であるといっても過言ではありません。
そして、次のセラピストが関わる際に、ホームワークに関してのフィードバックを行います。
ホームワークの内容については特に決まった形式はなく、通常は下記のような項目が考えられます。
  • 自分の病気と関係のある資料・本を読む
  • インターネットを使ってテーマごとに調べたり、資料を集めたりする。
  • 何らかの活動をする(散歩・買い物・映画観賞など)
  • セラピーで話し合ったことを日常生活で確認する
  • 自動思考をモニタリングしたり修正したりする。
ホームワークに関しては、記憶のバイアスが生じないように日記や記録ノートを作成するのが一般的です。
ただし抑うつ傾向な人の中には「もの事を完璧にこなさなければ気が済まない」というスキーマを持っている場合も多いので、「必ずこなさなければならない宿題」としてではなく、「気が向いた際に気軽に挑戦してみる課題」といったふうに、ゆるい約束の感覚で用いたほうが良いとされています。

慢性疼痛における認知行動療法の実際

認知行動療法は、うつ病や心的外傷後ストレス症候群のような精神・心理障害、糖尿病や肥満などの生活習慣病など幅広く応用されています。
その中で、このカテゴリーでは慢性痛に対するリハビリ(理学療法/作業療法)への応用にフォーカスを当ててまとめました。

慢性痛に対する認知行動療法は、痛みそのものではなく「疼痛による影響」、つまりは「慢性痛によって引き起こされる障害」に焦点を当てています。

そして、第一の目標は慢性痛によって引き起こされる障害や苦痛と付き合っていく術を身につけることです。
したがって、痛みにコントロールされるのではなく、逆に自らが痛みをコントロール(管理)出来るようになることが認知行動療法の目標と言えます。

つまり、痛みにおける感覚的側面に対する直接的な「鎮痛」は第一の目的ではないということです。

ですが、認知行動療法の研究においては、痛みそのものへ着目していないにもかかわらず、筋緊張の軽減・交感神経系の過緊張の緩和・血流改善など痛みの悪循環のために生じる様々な随伴症状を遮断する可能性まで示され始めています。

これらの可能性に関しては、痛みが感覚的側面のみならず、情動・認知的側面も有していることを考えれば当然かもしれませんが、鎮痛に関して感覚的側面にのみ着目しているセラピストにとってはパラダイムシフトになり得ます。

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慢性疼痛に対する認知行動療法に期待される効果

  • 痛み行動の減少
  • 痛みや随伴症状の軽減・再発防止
  • 減薬・断薬
  • 治療に対する積極的な動機づけ
  • 一般的なリハビリテーションへの円滑な導入
  • ADL能力の向上、ADLの再開・継続
  • 復職・復学
  • 気分の改善
  • 過度な医療サービスの利用減少
  • 活動性低下の回避
  • 健全な運動・活動-感覚・認知イメージの再学習

一般病院でも出来そうな痛みに対する認知行動療法の臨床応用

海外の学際的痛みセンターでは、集学的リハビリテーション(他職種とも連携しながら患者の痛みに取り組む)も組み合わせながらの本格的な認知行動療法を実践しています。

そして、実践の際は、何日か泊まり込みで、痛みについて映像なども含めて学習しつつ、管理された運動療法実施するといった徹底した内容が導入されています。

ただし、このような徹底した介入をするには特殊な環境が必要なので、日本における一般的な病院や施設で実践しようとするのは非現実的かもしれません。

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しかし、認知行動療法の概念は普段の臨床で実施している理学療法に付けたすことも可能であり、これにより痛み治療の効果は大きく変わってきます。

ここから先は、慢性疼痛に対する認知行動療法の概念の中で、普段の臨床にも組み込めそうな行動療法・認知療法のエッセンスを記載していきます。

まずは行動療法により「行動の歪み」を修正する

うつ病に対する認知行動療法では、まずは行動療法から開始するのが一般的です。
これは、最初から思考を巡らす様な課題を与えて考えこませるよりは、体を動かし、先に気分を変えたほうが効果的な場合が多いからだとされています。
更には、身体活動によって気分を変えたという成功体験により、行動を通して現実を見つめることが徐々に認知バイアスの修正を促すことにもつながります。
慢性痛に対する認知行動療法もうつ病と同様で、まずは(認知のバイアスや情緒にではなく)非適応的な行動の改善にフォーカスを当てて介入していくと効果的です。
慢性痛は頑なな認知バイアスが形成されていることも多く、その様なケースでは、認知や情動のような高次脳機能に対して外部から介入して変化をもたらすことは容易ではありません。
その様な意味においても、まずは行動に着目した介入が重要となってきます。
慢性痛に対する行動療法を導入する際は「オペラント条件付けに基づく学習理論」が活用されることが多とされています。

オペラント行動療法のポイント:
  • コミュニケーションをとる際の活用(負の強化を防ぐ)
  • 目標設定を工夫する際の活用(正の強化を促す)
  • 日常の活動や自主トレ提案する際の活用
  • 運動療法を実施する際の活用

もっと詳しくは
⇒『オペラント行動療法の一例

認知療法の概念は理学療法の合間や自己学習を活用

慢性痛に対して、認知療法によって認知や情動のような高次脳機能に対して外部から介入して変化をもたらすことは容易ではく、カウンセリングなどのように十分な時間をかけることも、一般的なリハビリテーションの場では非現実的です。
そのため、認知のバイアスに関してはカウンセリングというより、リハビリテーションの合間のコミュニケーションであったり、自主学習であったりを介して修正していくように試みていきます。

もっと詳しくは
⇒『認知療法の一例

慢性痛=認知行動療法と当てはめて考えてはいけない

慢性痛に対して認知行動療法が効果的であるとのエビデンスが非常に多く存在します。

一方で、そもそも慢性痛を発症する人としない人、痛み治療や慢性痛マネジメントに反応する人としない人、これらの違いはいまだ明らかではありません。

その要因の一つとしては、個々人の遺伝子や環境(今までの人生)により形成された人格の違いも挙げられるのではと考えられています。

もちろん、慢性痛の原因には認知や行動のみならず、重篤な「構造・機能の障害」が根本にある可能性が高く、それらがオーバーラップしているケースが一番多いことも考慮していかなければなりません。

つまり、慢性痛=認知・行動のひずみ(あるいは○○が原因)と当てはめず、多様な要因が複雑に絡み合っている病態であることを理解し、個々に合わせた治療選択をしていくことが大切です。

サイエンスとアートから考える理学療法と認知行動療法の併用について

理学療法士・作業療法士のリハビリテーションに関して、「サイエンス」と「アート」のどちらが欠けていてもいけないという話を聞きます。

そして、ここでいう『サイエンス』とは科学的根拠のある方法のことを指していると思われます。

他方で、『アート』とは、大きく分けて以下の2つを指していると思います。

1.「サイエンス」を器用に使いこなすためのセンスや技術のようなもの
例えば、頚部痛患者に対して評価をしたところ、「頚胸移行部に対するコンバーゲンス方向のモビライゼーションが有効である」といったエビデンスが採用できそうだという場面があったとします。
しかし、実際にモビライゼーションを行うにあたって、きちんとした機械的刺激を入力させるだけのセンスや技術が必要となり、これは「アート」ということになります。

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⇒『ブログ:徒手理学療法におけるサイエンスとアート

2.リハビリを提供する際に織り交ぜていくコミュニケーションスキル
コミュニケーションスキルには様々なものが入ってくるでしょうが、その中にはここで紹介した「認知行動療法的な評価や介入」が織り込めているかも大切になります。
患者のモチベーションを高めたり、不安を取り除いてあげたりするなかで、自然と認知や行動の歪みを修正させていくことのできるスキルです。
そして、これらを「認知行動療法」などと捉えず、自然にこなせている人たちも存在します。
そういう人たちは、「アート的な要素に長けたセラピスト」と呼べるのかもしれません。
とにもかくにも、これらのアートは、サイエンスと同じくらい重要な要素です。

科学における「アートな要素」を考える際、私はSTAP細胞問題を思い出します。

「論文通りに実験したにも関わらずSTAP細胞が誰一人として再現出来ないこと」に対して、小保方晴子氏が「レシピ(コツの様なもの)が存在する」と反論しました。

そして、この発言に対して科学ジャーナリストの寺門和夫氏が「科学は誰が実験しても同様な結果が出るのが理想である。だが、コツ(器用さ・センス・技術みたいなもの)が関係してくる場合は確かにある」と、科学におけるアート的要素を肯定するコメントをしていたことが印象的です(その後の検証で、コツを知っているはずの小保方氏自身ですら再現できなかった事は残念ではありますが・・・・)。

そして、『人間』という不確定要素を多分に含んだ対象に対して良好な結果を再現しようとした場合、「アート」の要素は非常に重要になることは想像に難くないのではないでしょうか。

これらのことからも、従来の徒手理学療法・運動療法を展開していく際に、クライアントとのコミュニケーションを介して認知行動療法のエッセンスを用いることは、「サイエンス」と「アート」の両面を考慮することによる相乗効果に繋がるのではと思います。

追記

昨今の介護領域によるリハビリテーション(理学療法/作業療法)では、ICFに則った介入方法が益々重要になってきています。

つまり、心身機能というカテゴリーで「疼痛」という問題がある場合においても、セラピストは鎮痛手段を追求するだけでなく、「たとえ痛みが完全に消え失せることが無くとも、クライアント自身が痛みを管理しながらADLを可能にしQOLを向上させること」を目指す必要があります。
このことからも、介護領域における疼痛に対する介入方法としては、認知行動療法の考えが一層重要になってくると思われます。

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