神経系が連続的な構造であることを応用したユニークな評価

神経系は解剖学的には中枢神経系と末梢神経系に分けられ、神経の走行や各部位によって解剖学的な名称も異なっています。
しかし、これらは人為的になされた分類や名称に過ぎず、神経系は物理的には一つの連続体として捉えることもできます。

例えば、脳から足部までの神経系を考えた場合、脳⇔脊髄⇔坐骨神経⇔脛骨神経⇔足底神経と連続しており、それぞれの部位によって名称は異なっているものの、物理的・電気的・化学的には一つの連続体として捉えることができます。

したがって、頚部屈曲の影響は 、脊髄→坐骨神経→脛骨神経を介して足底神経に及びます。
あるいは 、足関節背屈の影響は、足底神経→脛骨神経→坐骨神経を介して脊髄や脳に及びます。

神経系モビライゼーション

この様に、神経ダイナミックテストは「神経系が連続した構造である」ということを応用したユニークな評価方法になります。

※このテストを「神経系モビライゼーション(スライダー・テンショナー)」として治療へ応用することもあります。

一般的な神経ダイナミックテスト

『神経ダイナミックテスト』と表現すると馴染みが薄いかもしれませんが、「神経系が一つの連続した構造であることを利用した評価方法」という意味では、一般的な整形外科的テストであるSLRテスト・ブラカードテストなども神経ダイナミックテストに該当します。

このように「神経が一つの連続した構造体である」ということは様々な神経系の評価に応用可能ですが、
ここでは、神経ダイナミックテストとして一般的なものを以下にリンク先に記載しています。

神経ダイナミックテストの一覧表

神経ダイナミックテストにより評価できる要素

神経ダイナミックテストは神経の機械的・生理学的な変化を起こす一連の身体運動により、以下の要素を評価していきます。

  1. 機械的機能
    • 緊張:神経が十分伸びるか
    • 滑走:神経が十分動くか
    • 圧迫:神経がある程度圧迫されても伝導性を損なうことなく機能できているか
  2. 生理的機能
    • 神経内血流
    • 炎症
  3. 機械的な刺激に対する感受性
    • 通常の運動では起こらない痛みや痺れが、わずかに動かしただけでも出現してしまうのは感受性に問題が生じている可能性がある。

神経ダイナミックテストでチェックすべき項目

神経ダイナミックテストの施行時には、以下の項目をチェックすることで評価していきます。

  1. 症状:
    • 症状が最初に出現した可動域
    • どんな症状が出現したか(痛み・異常感覚など)
    • 出現した症状はクライアントが訴えている症状か?
    • 最終可動域における症状
    • 症状の可動域内における変化
  2. 抵抗 :
    • 抵抗が最初に出現した可動域
    • 最終的に抵抗が運動を制限した可動域
    • 可動域内における抵抗の変化
  3. それぞれの運動要素を加えた時あるいは除いた時の症状および抵抗の変化

神経ダイナミックテストのフローチャート

神経ダイナミックテストにより何らかの所見(感覚・可動域など)が得られることがありますが、所見が得られたとしても、実際の原因は神経系ではないこともあるため、「所見が得られた=陽性」ではない点に注意が必要です。

そのため、神経ダイナミックテストで何らかの所見が得られても、更に「感作・脱感作テクニック」や問診などを含めてクリニカルリーズニングを行い、慎重に判断していきます。

フローチャート

  1. 神経ダイナミックテスト陽性
  2. 感作・脱感作テクニック
    (神経系の問題が示唆される)
  3. 健常者・文献上の正常な反応と一致しているか
    (可動性・左右差なども含めて、正常な反応から逸脱している)
  4. テストでの陽性所見と、クライアントの訴えている症状が一致するか
    1. 一致する⇒顕在性異常反応→神経系へのアプローチも検討
    2. 一致しない⇒潜在性異常反応→必ずしも神経系へ介入しない

※神経ダイナミックテストは健常者でも症状が誘発されてしまうことがあり、所見がいかに「正常の範囲内から逸脱しているか」が大切になってきます。また、所見が正常の範囲内から逸脱していたとしても、クライアントが悩んでいる症状と何ら関連していない場合(潜在性異常反応)は、必ずしも神経系に介入する必要はないということになります。

※潜在性異常反応な場合であっても、予防のために、セルフエクササイズを指導しておいたほうが良いとする意見もあります。

補足:感作・脱感テクニックについて

神経ダイナミックテストで起こった反応は、身体の他部位を動かすことでも変化が生じます。

この考えは「末梢神経は脊髄と繋がっているため、脊柱を可動(脊髄も動く)させることで末梢神経のテンションも変化する」という理論に基づいています。

すなわち、上・下肢のテストで反応が生じた際に、その肢位に四肢を保持したまま脊柱に操作を加えると、神経系の問題であるならば上下肢の症状が変化します。

一方で、上・下肢のテストで反応が生じたとしても、脊柱の操作により反応が変化しないのであれば、その反応が神経系によるものだとは断定できません(非神経性な可能性があります)。

このように、神経ダイナミックテストによって何らかの反応が誘発された際に、更に反応出現部位から離れた場所の関節を操作することで、誘発された反応が「強まる」あるいは「弱まる」といった変化を確認していく作業のことを『感作・脱感作テクニック』と呼びます。

感作・脱感作テクニックによる神経性or非神経性の鑑別方法は様々ですが、例えばSLRテストやULNT1では以下のような手段でも検証したりします。

SLRで出現した臀部痛が、足関節の背屈をしても変化がない⇒非神経性と判断
SLRにより臀部痛が誘発された症状は神経性・非神経性どちらの可能性もあります。
そのため、SLRを保持した状態から更に足関節背屈を加えることで、臀部痛に変化が生じるかを評価します。
もし臀部痛が神経性のものであれば足関節背屈で症状は増強されますが、非神経性のものであれば足関節背屈を加えても症状は変化しないということになります。
ULNT1で出現した手の症状が、頸部の対側側屈により変化しない⇒非神経性と判断
これは、ULNT1により誘発された症状は神経性・非神経性どちらの可能性もあります。
そのため、ULNT1を保持した状態から更に頸部の対側側屈を加えることで、手の症状に変化が生じるかを評価します。
もし手の症状が神経性のものであれば、頸部対側側屈により症状は増強されますが、非神経性のものであれば頸部対側側屈を加えても症状は変化しないということになります。

無理に神経ダイナミックテストの全工程を行わなくて良い

神経系の所見が得られるかどうかを評価していくため、テストの途中で所見が得られれば、それ以上テストを進めていく必要はありません。

また、神経ダイナミックテストは、必要最小限とはいえ不快な痛みを誘発させるため、特にイリタブルなクライアントには注意が必要です。

例えばULNT1において、肩関節50°外転の段階で症状が誘発された場合、次の工程である手関節伸展を慎重に行い、その症状の悪化(つまり感作)が確認されれば、神経系の症状への関与の可能性が示唆されるので、この段階でテストとしては十分と言えます。

あるいは、スランプテストでは、座位で脊椎の軽度屈曲によって腰痛が出現し、さらに軽度の頸部の屈曲によって症状が悪化した場合には、神経系が障害に関与しているということを確認するには十分と言えます。

以下が、イリタビリティーの概念を基準とした、テストを進めていくための目安となります。

レベル 状態・検査方法
身体的・心理的理由で、検査を行うことが不適切である状態。
  • 病態が不安定であり、検査により悪化する可能性がある。
  • 過剰な感受性がみられる。
標準テストを修正する
一部の運動要素のみとしたり、運動順序を変化させたりして神経系へのストレスを最小限にする。
適応:
イリタブルなクライアント
強い痛みや潜伏痛(検査後に症状が出現する可能性がある時)
神経系やメカニカルインターフェイスに明らかな病理の存在が確認できるとき(重度の椎間板膨隆・椎間孔狭窄など)
神経症状がみられ、悪化傾向にあるとき(急性期の神経婚障害など)
標準テスト
検査運動によって痛みや神経症状を過度に誘発せず、抵抗内に深く入り込まない(必ずしも最終域までの検査を行う必要はない)。
適応:
ノンイリタブルなクライアント
神経症状はほとんどみられない(間欠性、出現しにくい、安定している)
症状が安定し、急激な悪化がみられない。
検査時の痛みは重度ではなく、遅延性の症状悪化がみられない。

※レベルが低いほど炎症などの化学的問題の比重が大きいイメージ
※レベルが高いほど化学的問題の比重が低下し、機械的要素の比重が大きいイメージ

神経ダイナミックテストは、臨床推論するための材料の一つに過ぎない

神経ダイナミックテストは、徒手理学療法の評価の一部に過ぎず、(他のテストと同様に)このテスト単体で得られる情報は限られています。

また、神経ダイナミックテストで所見が得られた際は、前述したフローチャートに沿って更に厳密な評価を進めていく必要があることを述べましたが、

一方で、神経学ダイナミックテストが陰性であっても神経系に異常がないとは言い切れない側面があります。

例えば、神経ダイナミックテストの一つであるSLRテストは、一般的な整形外科的テストとしても有名ですが、感度(神経根症状が存在する場合に陽性になる確率)の高いSLRテストですら、感度は100%ではありません。

つまり、陰性であっても神経根症状を有している可能性が完全に否定できるわけではないということになりますが、

一方で、SLRテストでは神経系に起因する症状が再現されなかったとしても、脊椎側屈位で股関節内転・内旋を伴ったSLR(神経系に更なるストレスが加わる手段)では再現出来るかもしれません(つまり少しテストをアレンジしてみて初めて陽性所見が得られる場合もあるいということになります)。

※感度・特異度などについては『用語解説』も参照

これらの事は整形外科的テストのみならず神経ダイナミックテストも同様で、神経ダイナミックテストだけでなく、様々な方法で検査しなければ神経系の影響を除外することは出来ないということになります。

重複しますが、神経ダイナミックテストであっても、一般的な整形外科テストであっても、一つのテスト単体で判断するのではなく、複数の整形外科的テスト(あるいは、問診など他の要素な評価も含めた)組み合わせにより、リーズニングしていくのということになります 。

神経ダイナミックテストにおける留意点のまとめ

ここから先は、これまでと重複するかもしれませんが、神経ダイナミックテストを用いる際の注意点を記載しておきます。

  • すべての患者に共通するルーチン検査はない
  • 基本テストを変化させる必要もある
    例えば少しアレンジを加えることで初めて症状を誘発できるかもしれない。
    あるいはクライアントの状態に合わせて、側臥位でのスランプテストや大腿神経伸張テストを行うこともある)
  • 行う必要がない場合もある
  • イリタビリティーに合わせて評価を行う。つまり、患者の訴える反応を常に再現するわけではない。
    イリタブルな場合は、再現することが不適当または不可能である場合がある。
  • 他の評価とも組み合わせながらクリニカルリーズニングしていく

治療には優先順位があり「テスト陽性=まずは神経系へのアプローチ」ではない

神経ダイナミックテストで神経系に機能異常が生じていると判断したとします。

しかし、そこで短絡的に神経系への直接的なアプローチ(いわゆるスライダー・テンショナーと言った神経系モビライゼーション)に結び付けては避けなければなりません。

例えば、クライアントの訴える症状が複数であったり、慢性的に複雑化されている場合、神経系へのアプローチの優先順位が必ずしも高くはありません。

なぜなら、神経系へのアプローチは時として不快感・恐怖感をもたらし、これら負の情動は複雑化してた病態に悪影響をもたらす可能性があるからです。

したがって、神経系以外の要素へアプローチして神経系の問題最後に残存している場合、あるいは神経系単独の問題であるケースが、神経系へのアプローチの対象になり易いということになります。

終わりに

神経系に対する評価・治療の研修会は、学派に関係なく開催されています。

ただ、神経系に機械的ストレスを加える仕組みは分かり易いので、仕組みを理解する程度であれば、まずはリンク先に書かれている方法を同僚に試してみるのも良いかもしれません。

上肢テクニックなどは、セルフモビライゼーションであったとしてもピリピリしたり不快な痛みだったりが再現出来ることも多いので、ぜひ自分自身にも試してみてください。

自分自身で症状を出してみたり、そこから更に感作・脱感作で症状を変化させてみたりすることで神経系への理解が深まると思います。

一方で、神経系に対して機械的ストレスを加えるという概念は、(ここまで述べてきたように)この概念を単独で用いるというより、この仕組みを自身の評価・治療の引き出しに加えることで、いかに臨床推論の幅を持たせるかということの方が大切となってきます。

また、機械的ストレスは不快であるため、慎重に行わなければ脳神経の認知・情動的側面に悪影響を起こしてしまいかねません。

あるいは、痛み刺激が繰り返されることは脊髄神経におけるワインドアップ・長期増強といった「中枢神経感作」にも繋がってしまう可能性があります。

そのため、前述したように「無理にテストの全行程を行う必要はない」し、問診などでイリタブルであったり、中枢神経系の影響が大きいと示唆される際は、無理に施行する必要は無いと考えます。