エピローグ

ある時、ラットを用いた以下の実験が行われた。

ラットの両前足を欠損させる。
そして、そのラットが生きる上で「どのような経緯をたどるか」を観察する

 

前足が欠損したラットは、「腹部を地面に這いつくばらせた状態」で過ごすことしか出来ない体になった。
もちろん移動も、残存した後ろ足だけで懸命に移動を試みるものの、思うように移動ができない。

しかし、徐々にラットに変化が起こる。
後ろ足だけで立てるようになった」のだ。

つまりは、失われた前足という『構造』を補うために、後ろ脚だけで立つという『機能』を向上させたと言える。

これは、我々人間においても、身体構造に何らかの支障をきたした場合、それを補うように他の機能が発達するというポジティブな可能性を感じさせられるエピソードと言える。

しかし残念ながら、ラットのエピソードはまだ続く。

ラットは後ろ足だけで立つという『機能』を獲得したが、それは新たな『構造的の変化』を生み出した。その「構造的変化」とは椎間板ヘルニアであり、2本の後足だけで立てるようになることで、本来のネズミではあり得ない機械的ストレス刺激が加わった結果と言える。

これは、我々が身体をどの様に使うかといった『機能的側面』が、良くも悪くも『構造的側面』にも変化を及ぼしてしまう可能性を示唆している。

実験により、ラットの前足切断という「構造的変化」を恣意的に起こした。すると、この「構造的変化」により、後ろ足だけで立つという「機能的変化」がラットに起こった。

しかしながら「機能的変化」は、ラットに椎間板ヘルニアという「構造的変化」をもたらすことに繋がった。

この様に『構造』と『機能』は密接に関わっており、これらの関係を理解することは理学療法を実施する上で非常に有用となってくる。

 

構造と機能

本題に入る前に、構造と機能についての定義を記載しておきます。

ICFでは身体構造と心身機能を下記のように定義しています。

身体構造(body structures)

『器官・肢体とその構成部分などの,身体の解剖学的部分』を指し、下記の7つに分類されます。

  • 神経系の構造
  • 目・耳および関連部位の構造
  • 音声と発話に関する構造
  • 心血管系・免疫系・呼吸器系の構造
  • 消化器系・代謝系・内分泌系に関連した構造
  • 泌尿器系および生殖系に関連した構造
  • 運動に関連した構造
  • 皮膚および関連部位の構造

心身機能(body functions)

『身体系の生理的機能(心理的機能を含む)』を指し、下記の8つに分類されます。

  • 精神機能
  • 感覚機能と痛み
  • 音声と発話の機能
  • 心血管系・血液系・免疫系・呼吸器系の機能
  • 消化器系・代謝系・内分泌系の機能
  • 尿路・性・生殖の機能
  • 神経筋骨格と運動に関連する機能
  • 皮膚および関連する構造の機能』

※もう少し詳細なICFにおける「身体構造」と「心身機能」解説は、この記事の最後に記載してあるリンク先も参照にしてみて下さい。

 

機械的ストレス刺激と疼痛、機能的変化が構造へ与える影響

機械的ストレス刺激による疼痛誘発

機械的ストレス刺激が長時間加わり続けたり、繰り返し加わったりすることで、疼痛が誘発されます。

この事実は、私たちが立ちっぱなしだったり、座りっぱなしだったり(寝返りをせずに同じ臥位姿勢でずっと過ごしたり)と同一姿勢を保持することにより疼痛が誘発されてしまうという体験からも容易に理解できるのではないでしょうか?

この痛みは『良い姿勢』で同一姿勢を保持したとしても同様に生じます。良い姿勢で立っていたとしても座っていたとしても、同じ部位に機械的ストレス刺激が加わり続けるということは、その組織に『痛み』を与えてしまいます。

だからこそ、私たちは立っていても微妙に左右へ体重移動させたり、座っていても足を組んだり浅く座りなおしてみたり、寝ていても寝返りをうってみたりと、無意識のうちに機械的ストレス刺激の分散を試みています。

機械的ストレス刺激が加わり続けることによって組織にどの様な変化が生じるかは『荷重変形曲線』で説明されることが多いです。荷重変形曲線において、組織に機械的ストレス刺激が加わり続けた際の結末は「損傷」であり、痛みは刺激によって損傷まで至らないようにするための「警告信号」としての意味もあります。

関連記事

⇒『ブログ:姿勢指導(評価)で大切は荷重変形曲線とは
⇒『ブログ:痛みは生きていくうえで必須なものである
⇒『ブログ:痛みを無視した先にあるもの! それは褥瘡(床ずれ)である

この「機械的ストレスと痛みの関係」は、クライアントに姿勢の重要性を理解してもらう上で非常に重要となります。そして、この関係を理解するには実際に体験してもらうのが一番であり、その体験方法の一例として「指そらしテスト」があります。

関連記事⇒『ブログ:指そらしテスト

ここで示されている『痛み』は、ICFにおいて『機能』に分類されます。すなわち、機械的ストレス刺激は『機能』に影響を与えると言い換えることができます。

 

機械的ストレス刺激による『構造的変化』

機械的ストレス刺激が繰り返し加わることは痛みという『機能』に影響するばかりでなく、『構造』にも影響をもたらします。その一例として分かりやすいのは、昔の脳卒中片マヒに対するADL訓練についての考え方ではないでしょうか。

何十年も前は脳卒中片マヒに対するADL訓練として「マヒ側の代わりに、とにかく非マヒ側を活用すること」に重点が置かれていました。

確かに、うまく使えなくなったマヒ側をどうにかしようと考えるより、非マヒ側で代償してしまったほうが目標とするADLを達成するのに手っ取り早いケースもあるかもしれません。

例えば、非麻痺側にばかり荷重をかけながら立ったり、移乗したり、歩行したりといった感じです。しかし、短期的にはそれで良かったかもしれませんが、長期的にはよからぬ事態を色々と引き起こしてしまいます。

その一つが、「非麻痺側下肢にばかり頼った活動をしているせいで、徐々に(非麻痺側の)膝などの関節が変形してきた」というものです。
そして、機械的ストレス刺激が繰り返されることによって生じたこの様な『構造的変化』は、疼痛を誘発したり、動作の安定性を低下させたりといった『機能的変化』にもつながってしまう可能性が出てきます。

また、脳卒中片マヒに対する歩行練習において、昔はマヒ側下肢の立脚期における膝の制御に注意を払われていなかったようです。これによりdoubleknee actionが消失してしまい、膝をロックしながらの歩行が繰り返され、結果的に反張膝という変形(構造的変化)に繋がることが多かったとされています。

どの程度の機械的ストレス刺激で疼痛が誘発されるかには個人差がある

機械的ストレス刺激がどの程度持続して(あるいはどの程度の強度で)加わり続ければ痛みが誘発されるかには個人差があります。30分程度座っていると腰が痛くなる人がいる一方で、半日近くずっと座っていても腰が痛くならない人もいます。

※私はパピーポジションで読書するのが好きで1時間近くその姿勢で読書をすることもありますが、10分もその姿勢でいると肩が痛くなってくるという人もいます。

もの好きな人ならば、これらの個人差について、理由を徹底的に調べるかもしれません。それは遺伝的なもの(元々関節がルーズ、痛みを知覚しやすい)、年齢的なもの(徐々に組織は脆弱化し、刺激に対する耐性が低下する)などなど、色んな可能性が考えられます。ですが、これらの個人差の理由を解明することは、あまり意味をなさないと私は考えています。

重要なのは、どんなに個人差があろうとも、荷重変形曲線で示されるように、最後は組織を損傷してしまう・痛みを誘発してしまうという原理原則です。

これは、以下の議論が不毛であることを意味しています。

レントゲンやMRIでは関節がめちゃくちゃ変形している。にも関わらず、痛みを訴える人と、痛みを訴えない人がいる。このように器質的変化(=構造的変化)と痛みが一致しないのは、器質的変化と痛みに因果関係が全くないことを示している

確かに、これらの画像所見と、本人の訴えが必ずしも一致しないのは事実です。しかし、痛みが感覚的側面のみならず、情動的側面を持っている以上、訴えは千差万別で当然と言えます(関連記事⇒『ブログ:感覚は情動を伴ったうえで認知される』)。

その上で、「変形という構造的変化=機械的ストレス刺激が加わり易くなった状態」であるとしても、前述したストレス耐性に個人差がある以上、画像所見と訴えが一致しないのは当然と言えます(あるいはもっと複雑な因果関係が多く潜んでいると考える方が妥当だと思われます)。

そして、重複しますが、重要なのは「機械的ストレス刺激は、最終的に組織を損傷・痛みを誘発してしまう」という原理原則です。例えば、どんなに姿勢が良く痛みとは無縁な人であったとしても、「1日中、ずっと同じ姿勢で立っておいてください」と言われれば、恐らく何処かが痛み出すと思われます。

つまり「構造的変化」の度合いを数字で表すとすると、「Aさんは3程度の変形で痛み訴えているが、Bさんは同じく3程度にも関わらず痛みを訴えない。しかし、今後も機械的ストレス刺激によって4や5に変形が進んだ場合に、Bさんが痛みを感じなくて済むという保証はない」と考え、これ以上機械的ストレス刺激が加わらない方法を考えるという視点は否定することは出来ないと思われます。

少なくとも、「構造的変化」という可能性を度外視して、機械的ストレス刺激に着目しないのは間違っているという事になります。

この様な意味で、上記の議論には意味がなく、大切なのは「構造的変化の元凶である機械的ストレス刺激をいかに分散させてあげられるか」が大切といえます。

 

構造と機能の因果関係

冒頭のラットの実験からも分かるように、機能と構造は相互に関連し合っています。

また「機械的ストレスによる構造的変化」で示した脳卒中片マヒの例のように、安易な機能獲得(立ち上がりや歩行など)は、構造的変化(関節の変形など)をもたらし、それが再び機能の変化(痛みが出る、立ち上がりにくい、歩きにくいなど)をもたらすことに繋がっていきます。

これは運動リハビリテーションでも同様であり、私たち全てが健康を保つためにも必要な知識です。

私たちは生まれた時から利き手・利き足といった非対称な体の使い方をしています。

そして、後天的な要素(生活環境・趣味・仕事・過ごし方)によって、動きに個々のクセが生まれ、それらが蓄積されていきます。

その蓄積は機械的ストレス刺激がクセに沿った一部の組織に集中することを意味し、荷重変形曲線の概念からも、痛みや組織損傷に発展していくリスクをはらんでいます。

また、これらの機械的ストレス刺激は積もり積もって以下のような悪循環を形成してしまう可能性もあります。

  • 靭帯や関節包の緩み、半月板・関節唇・関節軟骨などの摩耗、椎間板の脆弱化、関節の変形といった構造的変化などを伴う痛み
  • 痛みを意識、あるいは無意識に庇うこといった機能的変化をもたらす
  • その様に一部を庇うという戦略は、庇う側に加わる機械的ストレス刺激を増やすことを意味し、今度は庇う側にまで弊害がもたらされる

 

理学療法は保存療法を行う職業であると同時に、問題解決の専門家である

理学療法士は保存療法分野での専門家である

理学療法士は手術の必要があるほどの非可逆的な構造的変化(重度な変形など)に対して医師のように直接的なアプローチする職業ではありません。

手術が必要なほどの構造的変化が起こらないように、あるいは構造的変化の手前で警告信号として起こる痛みに対して、保存療法で対処していく専門家です。

※もちろん、画像所見などで得られる構造的変化と、クライアントが訴える痛み(機能)が必ずしも一致していないこともあり、理学療法士は構造よりも機能に着目すべきだと思います(関連記事⇒クリニカルリーズニングの前提条件とは)。

※しかし一方で、構造が機能に及ぼす可能性は十分にあり、機能に影響を及ぼす可能性のある構造的変化を事前に予防していくという視点も重要となってきます。

つまり、徒手理学療法の目的は、身体の軽度な機能不全に対して、適切な介入により機能的変化(快適に過ごせる姿勢・立ち方・歩き方、その他体の動かし方など)や、(可逆的な組織に対する)構造的変化(筋の肥大や構造的短縮の変化など)をもたらすことであると同時に、「問題が表面化しないうちから介入する」という、いわゆる予防としても重要な役割を担っていると言えます。

そして、問題が表面化している、していないに関わらず、重要なのはクライアント本人の能動的な態度となります。

なぜなら、痛みにつながる機械的ストレス刺激にさらされるのは日常であるからです。

徒手理学療法は、クライアント自身では改善が困難な機能異常・機能障害を取り除き「痛みに立ち向かう」「健康を維持する」とう点をアシストすることは出来ますが、日常生活における身体の管理はクライアントにしか出来ないということになります。

理学療法士は「活動」「参加」に対して幅広い視野から問題解決を図る専門家である

ここまで「構造」と「機能」が密接に関与していることを記載してきました。そして、「機能」が「構造」へ与えてしまう可能性を考慮して、「予防」という視点の重要性も記載してきました。

一方で、「不可逆的な構造的変化」を有している割合は、加齢とともに増えてきます。そうなると、「不可逆的な構造変化」といかに共存し、なおかつ痛みなどの「機能」を改善していくといった問題解決方法も重要となってきます。

例えば「脊柱の重度な変形」という構造的変化をきたした高齢者に対しては、押し車を使用してもらったり、その人に適した座位姿勢の環境を整えてあげる、「脊柱の変形」や「痛み」という構造的・機能的変化がこれ以上進行しないようなリハビリテーションといった視点での問題解決ということになります。

目的とする手段を達成するためには、必ずしも痛みに固執することは良いことではありません。
「自分の人生は、痛みが消失しなければ再び動き出すことはないだろう」と思ってしまい、「痛みがあっても有意義に過ごせる人生の側面」に目を向けることが出来ない人もいるほどです。

加齢とともに構造的変化は必ず生じてきます。そして、「人によっては構造的変化が痛みなどの機能的要素に影響を与える因子となり得る」ということからも、心身機能のみならず環境に対する介入は重要になってきます。

そして年を重ねるほどに痛みとうまく付き合いながら生きていくという思考も必要かもしれません。そのため、ICFにおける「身体機能と構造」のみの着目ではなく、その他の要素にも十分に目配りをしていくことが重要となります。

また、認知行動療法を含めて、思考のパラダイムシフトをしていくことも、人生を豊かに送っていくための秘訣と言えるかもしれません。

関連記事
⇒『HP:認知行動療法とは?痛みに対するリハビリへの応用
⇒『ブログ:理学療法士が知っておくべきICFの基礎知識