はじめに
炎症期では「普段と比べて痛み刺激を強く感じてしまう」とった『痛覚過敏』が生じます。
また、「通常では痛みを誘発しないような刺激(非侵害刺激)であっても痛みが起こってしまう」といった『アロデニア』も生じます。
例えば、足の甲をぶつけて、患部が赤く腫れあがっているとします(炎症状態)。
そして万が一、その足を再度ぶつけてしまったとするならば、最初にぶつけた際の痛みより数倍痛む可能性があります(痛覚過敏)。
それどころか、かなり強い炎症が生じているとするならば、指で触るといった触覚刺激ですらも、飛び上がるほどの痛みが生じるかも知れません(アロデニア)。
※多くの場合、炎症状態における痛覚過敏とアロデニアは両方が引き起こされていることが多いため、厳密に区別することは出来ないとされています。
この痛覚過敏やアロデニアは、上記のように炎症期に起こるのであれば「正常な反応」です 。
一方で、炎症期ではないにも関わらず痛覚過敏やアロデニアが生ているとするならば、それは身体にとって「異常な状態」と言えるでしょう。
感作(sensitization)について
痛みにおける『感作(sensitization)』とは、「同じ刺激に対する痛みの反応性が増強する現象」を指します。
また、痛覚過敏には損傷部の感作で起こる『一次痛覚過敏』と、脊髄後角の感作で起こる『二次痛覚過敏』があり、一次痛覚過敏は『末梢性感作』、二次痛覚過敏は『中枢性感作』と呼ばれています。
『神経因性疼痛』では、これらの末梢・中枢神経感作が病的に持続してしまっている可能性が指摘されています。
また、『侵害受容性疼痛』であったとしても、一定期間が過ぎた後も痛みが残存している状態においては、これらの感作の要素も加味されていると思われます。
そして、このカテゴリーでは「神経因性疼痛」や「侵害受容性疼痛が慢性化した状態」に関与しているとされる「末梢性感作」・「中枢性感作」の詳細を記載するとともに、
その他の要因として考えられている「脳の可塑的変化」も補足して記載しています。
※「感作」や「脳の可塑的変化」を理解するうえでは、このページ以外にも薬剤の知識を理解することも有用です。
関連記事として以下の記事も参照してみて下さい。
⇒『ブログ:鎮痛に関する薬剤リスト|薬剤を通して疼痛・鎮痛を理解しよう』
末梢性感作(peripheral sensitization)
末梢神経の感作には以下のような要素が関わっているとされています。
TRPV1受容体の変化
熱性の侵害刺激に反応するTRPV1受容体の変化により痛覚過敏が生じます。
組織が損傷して炎症が発生すると、その患部周辺にはBKやATPなどといった化学物質が漏出し、これらの化学物質の存在下では、TRPV1受容体の閾値が下がってしまいます。
そして、本来なら活性化しないはずの温度(例えば体温程度)でも痛みを感じるようになります。
例えば真夏の海水浴で日焼けをしてしまうと、通常では問題なく入浴できる温度ですらも痛みを感じてしまうのは、TRPV1受容体の変化が影響しているとされています。
※TRPV1受容体の変化は、急性痛に対して温熱療法より寒冷療法が推奨される一つの理由でもあります。
※侵害受容器に存在するTRPV1などの受容体一覧はこちら⇒用語解説にリンク
プロスタグランジンの変化
参考⇒炎症のカテゴリーにプロスタグランジンによる影響が書かれている
侵害受容器の変化
皮膚や骨格筋、関節、内臓といった生体内の多くの組織には、正常な状態では活動していない非活動性侵害受容器(silent nociceptor)が存在するとされ、文献によっては、Schmidt関節内の侵害受容器の1/3は非活動性侵害受容器であると推定してる報告もあります。
そして、非活動性侵害受容器は組織損傷によって様々な化学物質が放出されたり、組織自体が低酸素状態になると活性化するといわれており、いったん活性化すると自発放電頻度が増し、刺激に対する閾値の低下がみられるとされています。
このように非活動性なものも含めた侵害受容器の性質が変化することが、感作メカニズムに関与していると言われています。
これにより例えば、炎症が続いたり神経が損傷されたりする病的な状態では、通常では痛みを引き起こさない触刺激や体温程度の温度にも反応して痛みを引き起こす可能性がります。
また、骨格筋においては内因性の発痛物質(カリウムイオン、ヒスタミン、セロトニン、ブラジキニンなど)だけでなく、外傷や運動によって引き起こされる低酸素状態や代謝障害、血中のアドレナリンレベルの亢進状態にも非活動性侵害受容器が反応する可能性があります。
エファプスとクロストーク
神経伝導には基本原則があり、その一つが「絶縁性伝導」です。
これは、一つの神経線維が興奮しても、他の神経線維に興奮が伝導されることはなく、それぞれ独立して興奮は伝導するというものです。
※関連記事
⇒『ブログ:無髄線維も絶縁されている』
※ちなみに、「両方向性伝導」「不減衰伝導」という原則も神経伝導には存在します。
髄鞘の無い無鞘線維でも絶縁性はあるため、他の神経線維と混線することはありません。しかし、神経線維が損傷を受けた場合に、ある神経線維を伝わる活動電位が隣接する神経線維に伝わることがあります。
正常なシナプス以外の場所で、2本以上の神経線維が電気信号を交換する場所を「エファプス」と言い、エファプスでの電気信号の交換を「エファプス伝達」と呼びます。
エファプス伝達は「電気クロストーク」とも呼ばれおり、クロストークとは、電話回線が混線して、知らない人の会話が聞こえるような状態です。
クロストークは異なった種の神経との間でも生じるため、侵害受容ニューロンと非侵害受容ニューロン間のエファプスが、アロディニア(触れただけでも痛いと感じるなどの症状)の誘因の一つとされています。
関連記事
⇒『ブログ:アロデニアと痛覚過敏は異なることを理解しよう』
そして複数の神経間でエファプスが形成されれば、一つの神経の興奮が複数の神経で同期的贈福を起こすため、爆発的な感さを引き起こす可能性もあります。
異所性興奮
異所性興奮(ectopic excitation)とは、本来興奮を起こすはずの神経終末部ではなく、末梢神経の損傷や障害に伴って形成される神経腫や脱髄部ならびにそれら神経の後根神経節で生じる興奮のことです。
下記の要素が異所性興奮に関与されているといわれています。
神経腫の形成
末梢神経が障害を受けてしばらくたつと以下の要素により再生が始まります。
- 神経が切れた端の中枢側から新しい神経の枝が伸びる(これを発芽or側芽と呼ぶ)。
- また、神経を取り巻いているミエリン鞘は活発に分裂・増殖し、元にあった神経上に沿って一列に並び管を形成する。
- そして発芽した神経が管の中を通り、末梢方向へ神経が再生していく。
神経損傷の中枢端と末梢端が大きく離れていたり、結合組織性の瘢痕がその間に出来たりすると、神経が正常に伸びることができず、増殖したシュワン細胞や結合組織と側芽が一緒になって神経線維の集まりが形成されてしまいます(これを神経腫と呼ぶ)。
神経腫はしばしば機械刺激に敏感で、軽い圧刺激や手足の運動が引き金となって、障害された神経が以前支配していた領域に放散する痛みを引き起こします。
また、前述した末梢神経の再生が正常になされる過程においても、発芽した神経線維は線維の途中からでも発火するため、様々な場所で一過性の異常発火が起こることもあります。
アドレナリンα受容体の発現と増加
通常、侵害受容ニューロンにアドレナリンα受容体は発現しませんが、神経が損傷すると側芽や細胞体にアドレナリンα受容体が発現することがあります。
さらに、交感神経線維が神経腫に伸びていくと、神経腫にも交感神経節後線維からノルアドレナリンが放出されます。
すると神経腫瘍がノルアドレナリンに反応するようになります。
そればかりか、血管周囲の交感神経線維が後根神経節(DGR)に侵入し、細胞体をバスケット状に取り巻くことも報告されています。
すると、細胞体がノルアドレナリンに対する反応性を獲得するので、側芽と細胞体の両方が神経腫の痛みの発生源になります。
エファプス伝達を電気外ロークと呼ぶのに対して、ノルアドレナリンなどを介したストロークは「化学的ストローク」と呼ばれたりします。
関連記事
『ブログ:末梢神経の再生』
交感神経端末からのPGの放出
後根神経節でつくられた受容体やチャネルが神経腫や脱髄部、後根神経節で発現することによって起こります。
チネル徴候(Tinel’s sign)や下肢伸展挙上(SLR:straight-leg raising)テストの痛みは異所性興奮によるものとであるという説もあります。
したがって、理学療法における「末梢神経の評価」や「末梢神経系への介入」を考える場合、この様な説を含めた様々な報告との整合性を、どのようにとっていくかが課題と言えます。
軸索反射
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⇒『ブログ:軸索反射』
中枢性感作(central sensitization)=脊髄神経の可塑的変化
中枢神経(の脊髄神経)の感作には以下のような要素が関わっているとされています。
神経系の神経線維(構造)とシナプス(機能)は必ずしも固定されたものではなく、繰り返しの刺激や学習によって変化します。このような性質は「可塑性(plasticity)」と呼ばれています。
ワインドアップ(wind-up)
ワインドアップとは、末梢神経(C線維)への強い繰り返し刺激により、脊髄後角のWDRニューロンの放電時間が延長し、放電数が次第に増加することを指します。
つまり、「痛み刺激を繰り返すことで、次第に痛みが増強してしまう現象」のことです。
繰り返し刺激されるC線維の中枢側末端からグルタミン酸・サブスタンスP・カルシトニン遺伝子関連ペプチドが放出されると、二次侵害受容ニューロンの脊髄側末端の受容体を活性化し興奮性シナプス後電位が発生します。
そして、興奮性シナプス後電位の発生によりC線維の低頻度興奮でも二次侵害受容ニューロンのAMPA受容体を介した経時的加重を起こし、その結果、脱分極の繰り返しによって、NMDA受容体の働きを阻害していたマグネシウムイオンによるブロックが外れてしまい、大量のカルシウムイオンが細胞内に流入し、さらに陽イオン(ナトリウムイオン、カリウムイオン)も流入することで脱分極を促進し、さらなる経時的加重が起こってしまいます。
関連記事
⇒『ブログ:シナプス後電位とは』
シナプス伝導効率の長期増強
ワインドアップと同様な機序でNMDA受容体が活性化され、カルシウムイオンが細胞内に流入することで、「シナプス後膜の受容体の増加と新たな受容体の発現」「サイレントシナプスの活性化」「前シナプスからの神経伝達物質の放出増加」が起こり、シナプス伝導率が上昇します。
その結果、陽イオン(ナトリウム・カリウム・カルシウムイオン)が流入して脱分極を促進し、さらに経時的加重が起こります。
グリア細胞の活性化
中枢神経におけるニューロン同士の隙間はグリア細胞でびっしり満たされています。
グリア細胞は「支持細胞」と呼ばれており、ただ単にニューロンを支えるだけが役割と思われていましたが、現在はグリア細胞も興奮を伝える役割を果たしていることが明らかになっています。
この事実によりニューロンだけが情報を伝える役割を果たしているという従来の常識が覆り、例えば痛みが持続するような何らかの異常な状態では、グリア細胞も異常に働く可能性があります。
また、末梢神経の損傷時、脊髄後角のグリア細胞のうち、特にミクログリアが活性化して損傷神経を貧食するとともにサイトカインを放出することで、後角のシナプス伝達が亢進するとされています。さらに、炎症性疾患では炎症により産生されるサイトカインが血流にのって脊髄に入ることでもミクログリアが活性化するとされています。
この様に、ミクログリアの活性化はアロデニアや痛覚過敏、痛み行動と相関が高いと言われています。
脱抑制
通常、脊髄後角のシナプスには前・後シナプス抑制による調整が作用していますが、抑制系介在ニューロンへの入力減少や抑制系ニューロンの減少・消失によってこの抑制系が減弱すると脊髄後角ニューロンのシナプス伝達は亢進し、痛みの伝達を促進させます。神経障害時には、グルタミン酸の過剰放出や再吸収障害のために脊髄後角の二次侵害受容ニューロンが変性すると報告されており、それらのニューロンのうち抑制系ニューロンが変性する可能性があります。
※中枢感作を理解するには、痛み刺激が脊髄後角に入力された際に起こることを理解する必要がります。関連記事として以下を参照して理解を深めて頂ければと思います。
脳の可塑的変化
痛みによって脳の機能的変化や可塑的変化が生じることが分かっています。
脳の機能的変化としては、脳の一部が過剰に活性化されたり抑制されたりすること、それに伴う疼痛抑制系の機能低下や情動的変化(抑うつ傾向、怒りっぽいなど)、あるいは非適応な認知バイアスの形成などが挙げられます。
これらに関しては、以下の『認知行動療法』で詳しく解説してます。
関連記事
⇒『認知行動療法とは?痛みに対するリハビリ(理学・作業療法)への応用』
脳の可塑的変化としては、脳の一部が萎縮したり、痛みからの逃避よって関連部位の機能が欠落したりすることもあるようです。
※臨床において(程度の差こそあれ)脳の機能的変化・可塑的変化は複合して生じていると思われます。例えば、抑うつ傾向といった脳機能の変化は、前頭前野の萎縮といった脳の可塑的変化を招き、前頭前野の萎縮は抑うつ傾向を助長させるといった流れです(疼痛抑制系の機能低下も同様)。
関連記事
⇒『ブログ:可塑的変化とは』
徒手療法でも感作を考量せよ!
『慢性的な痛み』は末梢組織における機能障害であることも多く、であるからこそ適切な徒手療法・運動療法が重要となってきます。
しかし一方で、末梢組織の機能障害のみにフォーカスを当てるのではなく、ここで述べたような『感作』にも着目しなければ「単なる自己満足」「効果のないことを延々と続けてしまう」という事態に陥ってしまう可能性があることは覚えておいて損はないと思います。
そんなことも踏まえた『包括的な理学療法の重要性』について以下の記事で言及しているので、興味がある方は以下の記事も参考にしてみてください。
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