心因性疼痛
『心因性疼痛(psychogenic pain)』とは「器質的・機能的病変が無い、またはあっても痛みの訴えと合致しない場合で、心理的要因が大きく影響している可能性のある痛み」とされています。
しかし、痛みについて様々な事が分かってきた現在において、以前は「心因性疼痛」と思われていた痛みも、実は神経の感作が生じている可能性も出てきているため、「これは心因性疼痛である」と安易に決めつけることはできません。
また、100歩ゆずって心因性要素の強い痛みであったとしても、それを指摘したりレッテル貼りをするだけでは何も解決しないということになります。
他方で、心因的要素が侵害受容性疼痛や神経因性疼痛の引き金となる場合は多々あります。
引き金となる例:胃潰瘍、改善・消失していた疼痛の再発(古傷がうずく)など
また、既に生じている疼痛が、心因的要素で倍増することも多々あり、この様な痛みの心理・社会的側面(要因)を『Yellow flag』と呼ぶこともあります。
Yell flagでいう心理・社会的要因とは下記のようなものが挙げられます。
- 活動に対する誤解
- 痛み行動
- 抑うつ・不安
- 不適切な治療
- 疾患利得
- 補償問題
- 職場・職務問題
- 家族や社会的な支援過多・過少
※心理社会的要因は多岐にわたるため、イエローフラッグを更に細分化して表現することもあります。
これらの心理・社会的要因は、痛みの悪循環を形成してしまいます。
そして、悪循環の予防や、そこからの脱却するために、セラピストからの適切な接し方は重要です。
また、心理・社会的要因からの不適切な行動を修正することにより鎮痛を図る(痛みとつき合っていくという考えの方が近いかもしれません)という考え方の一つとして、認知行動療法があります。
特に日記を利用した認知療法は、自身で取り組むこともでき、自身の非適応な記憶バイアスを修正する上で非常に役立つとされています。
神経因性疼痛(=神経障害性疼痛+一過性の神経系原性疼痛)
IASPによる慢性痛分類にて、『神経因性疼(neurogenic pain)』は以下のように定義づけられています。
末梢あるいは中枢神経系における原発病変、機能異常、あるいは一過性の混乱を契機とし、あるいは原因として生じる痛み(pain initiated or caused by a primarylesion, dysfunction, or transitory perturbation in the peripheral or centralnervous system)
※神経因性疼痛は『神経原性疼痛』と訳されることもあります。
また、神経因性疼痛の中で、「神経系の一過性の機能異常による痛み」以外の疼痛は『神経障害性疼痛(neuropathic pain)』と呼ばれています。
神経系の一過性の機能異常による痛みの例としては、以下のような 『阻血解除後に感じる痛み』が挙げられます(関連記事⇒『ブログ:正座による痺れと痛み』)。
- 正座から立ち上がった直後の痛み
- 血圧計のマンシェットで、腕を絞め付けた、それを解除した直後の痛みも痛み
神経障害に起因する疼痛としては下記などが挙げられます。
末梢性・ 中枢性の神経障害性疼痛を一緒くたに記載 |
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上記は神経障害に起因した疼痛疾患の代表的な疾患ですが、一般的な運動器疾患における慢性痛の中にも、以下に示すような「神経障害性疼痛の要素(末梢神経感作・中枢神経感作・脳の可塑的変化など)」を含んでいる場合は多々あります。
そのため、これらの末梢神経(自律神経も含む)ならびに中枢神経に生じた機能的、器質的変化の複合的な関与を考慮しながら対処していく必要があります。
※ここまで痛みにおける神経障害性要素を示してきましたが、私たちの身近なところでは、筋肉の凝り(いわゆる筋硬結・トリガーポイントも含む)も神経障害性要素の結果として生じているという仮説も存在します
- 末梢性感作(peripheral sensitization):
-
- TRPV1受容体の変化
- プロスタグランジンの変化
- 侵害受容器の変化
- エファプス形成によるクロストーク
- 異所性興奮
- 軸索反射
・・・・・・・・・など。
- 中枢性感作(central sensitization):
-
- ワインドアップ(wind-up)
- シナプス伝導効率の長期増強 (LTP:long-term potentiation)
- グリア細胞の活性化
- 脱抑制
・・・・・・・・・など。
- 脳の可塑的変化:
-
- 大脳皮質感覚野の再構築
- 前頭前野の機能異常
- 下降性疼痛抑制系の機能低下
・・・・・・・・・など
もっと詳しくは
⇒『感作(中枢・末梢性感作)と脳の可塑的変化』
ここから先は、『神経障害性疼痛』という用語について補足として記載していきます。
冒頭で『神経因性疼痛』の定義は「末梢あるいは中枢神経系における原発病変、機能異常、あるいは一過性の混乱を契機とし、あるいは原因として生じる痛み」であると記載しました。
更に『神経障害性疼痛』に関しては「神経因性疼痛から、神経系の一過性の機能異常による痛みを除外したもの」と記載しました。
しかし神経障害性疼痛には文献によって多少解釈の違いがあります。
そして国際疼痛学会は、2008年に『神経障害性疼痛』を以下の様に再定義しています。
体性感覚系に対する損傷や疾患によって直接的に引き起こされる疼痛(pain arising as a direct consequence of a lesion or disease affecting the somatosensory system)。
この定義に照らし合わせると、例えば神経障害によって生じている可能性の高い『複合性局所疼痛症候群(CRPS)』で考えると以下の分類されてしまいます。
- CRPS タイプⅠ⇒神経障害性疼痛に該当しない
- CRPS タイプⅡ⇒神経障害性疼痛に該当する
重複しますが、上記の2タイプはいずれも神経系の障害(末梢感作や中枢感作・脳の可塑的変化)が起こっていると考えられますが、厳密に「神経障害性疼痛であるか」を国際疼痛学会の定義に照らし合わせた場合はタイプ2のみが該当するという事になります。
この点に関しては、以下の記事で(神経障害性疼痛と診断するためのフローチャート画像も含めて)解説している。
⇒『ブログ:CRPSとは?(RDS・カウザルギーとの違いは?)』
また、(神経損傷が起こっているかどうかにかかわらず)神経障害により難渋する疼痛として、以下の記事も作成しているので合わせて観覧してもらうと痛みに関する理解が深まると思う。
⇒『ブログ:線維筋痛症とは?個人的な体験も含めてブログで解説!(ガイドライン・エビデンス含む)』
⇒『ブログ:高齢者に多い『帯状疱疹(帯状ヘルペス)』とは?(個人的経験を含む)』
侵害受容性疼痛
『侵害受容性疼痛(nociceptive pain)』とは「末梢の自由神経終末に存在する侵害受容器が、熱や機械刺激によって活性化されて生じる痛み」のことで、急性痛と同様の機序で起こります。
※急性痛の発生機序については「痛みの一般的経路」を参照してください。
リハビリの対象となる運動器疾患における疼痛も、主因は侵害受容性疼痛であることが多いため、最も一般的に生じる痛みであるといえます。
侵害受容性疼痛における炎症性要素と機械的要素の考え方
一般に、急性期における侵害受容性疼痛は炎症、すなわち病態生理学的要素が主体です。
そして、時間経過とともに病態生理学的要素が減少し、機械的刺激による病態力学的要素が優位となります。
さらに、慢性期では(病態生理学的要素は消失or軽微となり)病態力学的要素が主体になると(一般的には)言われています。
※以降の記述は「病態生理学的要素⇒炎症性要素」、「病態力学的要素⇒機械的要素」と表現して記載していきます。
私たちの臨床で遭遇する侵害受容性疼痛は、上記のように「炎症性要素」と「機械的要素」の両方が混在していることが多く、その問題の比率は様々です。
そして、両者が混在している場合における治療の方向性は、両者の問題の比率によって決定されます。
炎症性要素が有意である場合
炎症性要素が主因な疼痛を、侵害受容性疼痛の中でも「炎症性疼痛」と呼ぶことがあり、急性期の痛み、関節リウマチの痛み・癌性疼痛といった炎症が長期にわたって生じてしまう疼痛が「炎症性疼痛」に該当します。
また、炎症性疼痛は侵害受容性疼痛であると同時に、神経因性要素(例えば感作)も加味されている状態とも言えます。
※つまり、急性痛には神経因性要素が加味されているのは当然であり、問題は慢性痛における神経因性要素の存在ということになります。
炎症性要素が有意である場合には、痛みが持続的に生じてしまい、この痛みは容易に悪化し、再び元の状態になるまでには長い時間が必要になります。
これはイリタビリティーとして考えると、イリタブルな状態と類似するため、「イリタブル=炎症性要素が強い」と考えると、関連性を持たせやすいかもしれません。
関連記事
⇒『ブログ:イリタビリティーは重症度を測るヒントとなり得る』
炎症性要素が優位な場合には「患部を安静に保つ」という選択が重要となる一方で、適切な理学療法(例えば患部以外を動かす、痛みが悪化しない程度に動かすなど)により症状を軽減し、炎症後の瘢痕を最小限にするなどの発想も可能かもしれません。
機械的要素が優位な場合
障害が長期化すると、炎症反応によって生じた物質や構造の廃用(disuse)によってもたらされる機械的要素が優位となってきます。
機械的要素に対処するには運動による力学的なアプローチが不可欠であり、ベッド安静、(侵害受容器の興奮を抑制させるような)薬物療法、電気療法では病態力学的問題を解決することは少ないとされています。
私たちは「侵害受容性疼痛=炎症性疼痛(炎症性要素が優位な疼痛)」と思ってしまいがちであり、「炎症所見が無くなったのに持続する痛み=侵害受容性疼痛ではない」という思考に繋がってしまう場合もありますが、実際には機械的要素も侵害受容性疼痛に大きく関わってきている点は大切なポイントです。
それでは「炎症的要素ではなく機械的要素のみで生じる痛み」とは、どんな痛みでしょうか?
例えば、長時間にわたって同一姿勢を保持することで生じる痛みなどは、「機械的要素の強い痛み」に該当します。
もしもあなたに「5時間ずっと同じ姿勢で立っておいてください」と依頼するとどうなるでしょう?
恐らく5時間経過する前に、頸・腰・膝などの何処かの関節が痛くなったりするのではないでしょうか。
しかし、だからと言って膝に痛みが生じた場合に、その膝を観察したとしても「腫脹」「熱感」「発赤」などの炎症徴候は必ずしも生じていません。
これは、人体の特定の組織に持続的に機械的刺激が加わり続けることによって、その組織が「これ以上刺激が加わると傷んでしまうから警告を発しておこう」ということで痛みを発するということになります。
これが「炎症要素ではなく機械的要素のみで生じる痛み」の一つの例です。
そして、この様な痛みは、原因となっているメカニカルストレスを除去してあげれば、即自的に緩和する(ことが多い)というのも特徴の一つです。
先ほどの例に例えるならば、立ちっぱなしで膝が痛くなったとしても、寝転がってしまえば(膝へのストレスが除去されれば)、痛みは直ちに消失・緩和するという事になります。
上記は例えが分かりやすい反面、シンプルすぎてピンとこないかもしれませんが、これをもう少し複雑に捉えなおした病態が、筋骨格系の痛みには潜んでいることが多いです。
※ただし、ここで引き合いに出した例えは、「炎症性要素ではなく、機械的要素が優位な侵害受容性疼痛」の一つの側面を分かりやすく表現しただけな点には注意してください。
そして、この様な「機械的要素の強い侵害受容性疼痛」は、(その痛みが急性痛か慢性痛かに関係なく)徒手理学療法で即自的に変化を起こせる可能性の高い、格好のターゲットと言えます。
以下に大雑把な炎症性要素、機械的要素の特徴を記載しておきます。
※ただし、必ずしもこの限りではなく、実際には炎症性要素・機械的要素が混在している場合がほとんどである点にも留意する必要があります。
炎症性要素・機械的要素それぞれが優位な疼痛の特徴
炎症性 | 機械性 |
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※実際は炎症性要素と機械性要素が複合した状態を侵害受容性疼痛は有していると考えられます。
※例えば機械性要素が優位でも、若干でも炎症性要素が含まれていることが多く、そうなると「消炎鎮痛剤が少しは効く」といった事も起こります。
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