この記事では、『認知行動療法が理解できる!「腰痛・治療革命」』と題して、NHKスペシャルで放送された慢性腰痛に対する認知行動療法について記載していくとともに、関連書籍である『脳で治す腰痛DVDブック』を紹介していく。

 

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腰痛・治療革命

 

2015年7月12日に放送されたNHKスペシャル「腰痛・治療革命 ~見えてきた痛みのメカニズム~」のダイジェスト版のような番組を見かけて、その番組に関する記事を数ヶ月前に書いた。

関連記事⇒『認知行動療法で注目される「DLPFCと慢性腰痛」を理学療法士が検証

 

そして最近、認知行動療法による慢性腰痛などに対するリハビリが注目を集めている。

 

そんな『腰痛・治療革命革命』の番組の概略を一言表現するとすれば以下になる。

 

腰痛の原因は脳(負の情動やストレス刺激)にあり、脳へのアプローチによって改善できる

 

そして、そのアプローチ方法の一例として、「映像(コマーシャルも含む)や書籍によって正しい痛みの知識を得てもらうことで痛みが改善される」というものがある。

 

そして、『映像・書籍の活用』という意味では、(後述する)『書籍+DVD:脳で治す腰痛DVDブック』をクライアントに観てもらうだけでも(偏りのない情報が手に入ることによって)良い影響をもたらすことが出来る。

 

ここから先は、NHKで放送された「腰痛・治療革命」を要約していくことで、認知行動療法のリハビリによる慢性腰痛へのアプローチを紹介していこうと思う。

 

 

番組に登場する医師について

 

番組の紹介をする前に、番組に出てくるお医者さんについて解説してみる。

 

一人目は、菊地 臣一先生。

 

菊池先生は多くの著書を監訳・共著されており(詳しい内容は経歴リンク参照)、
私も『脊椎のリハビリテーション (上・下)』や『プライマリケアのための整形外科疼痛マニュアル』などを持っている。

 

前書は言わずもがな、後書も医師向け書籍であるにも関わらず投薬・注射の知識だけでなく、AKA博田法マッケンジー・鍼灸・PNFオステオパシー・カイロプラクティックなど他職種に関連した内容にも言及されている。

 

何が言いたいかというと、今回のテーマである「情動と痛み」という点にばかり固執した医師ではなく、もっと幅広い視野で物事を見てきた医師が言及している放送内容であるということだ。

 

 

二人目は松平 浩先生。

 

松平先生は国際マッケンジー協会認定セラピストでもある。

放送では腰椎の伸展運動を取り入れた映像も登場するが、これはマッケンジー法のメカニカルな刺激による影響に、脳の情動も関連付けて考えられたアイデアではと思われる。

 

松平先生も様々な書籍を出版しているが、評価が高いのは『「腰痛持ち」をやめる本 (切り札はたった3秒の習慣) 』だと思う。

ここでは、ネット上で興味深い松平先生に関しての勉強になりそうなPDFを発見したので添付しておく。

⇒『外部リンク:治療と職業生活の両立等 の支援手法の開発のための事業

 

ではでは本編内容に入っていく。

 

 

はじめに

 

慢性腰痛の詳細なメカニズムが明らかになってきた。

 

腰ではなく、脳がカギだったのだ。

 

今、世界では脳のリハビリとも呼べるような腰痛克服法が大きな成果を上げている。

 

例えば海外では腰痛への不安を解消するコマーシャルをTVで放送しただけで、腰痛の患者数が減り、医療費が大幅に減ったという。

 

また、職員の8割が腰痛を抱えていた介護施設では、「脳に働きかける簡単な対策」を行ったところ、ほとんどの職員の腰痛が大幅に改善したという。

 

あなたのその腰痛は腰ではなく脳に原因があり、劇的に改善する可能性がある(らしい)。

 

 

慢性腰痛により、脳の「ある部分」の活動が低下してしまう

 

慢性腰痛とは3か月以上持続する腰痛で、治療しても痛みが治らず、検査をしても原因が分からないのが特徴とのこと。

 

カナダのモントリオールにあるマギル大学では半年以上腰痛に悩まされている18人の患者を対象に検査をしたとところ、ある場所に共通した異変が見つかった。

 

それが脳がDLPFC(背側前頭前野)という部位である。

 

そして、腰痛のある人のDLPFの体積は、健康な人と比べて極端に減っており、活動が衰えていることが分かったという。

 

「痛みが強くて長引いている人ほど、DLPFCの影響が衰えていることから、DLPFCの衰えが腰痛の原因になっていると考えられるのです」とメリーランド大学の助教授は語る。

 

 

「痛み経路」・「DLPFCによる疼痛抑制抑制」に関する番組の解釈

 

骨や筋肉の異常によって炎症が起きると、その情報は神経を走る電気信号によって脳に伝えられる。

 

すると脳では神経細胞が興奮し、痛みの回路が生まれる。

 

この痛みの回路ができて初めて人は腰が痛いと感じるのである。

 

大本になる腰の炎症が治まっても、痛みの回路の興奮がすぐに落ち着くわけではない。

 

この時活躍するのが、DLPFCである。

 

DLPFCは痛みの回路に興奮を鎮めるように指令を出して痛いという感覚をなくす働きをする。
しかしDLPFCの活動が衰えると、この仕組みがうまく働かなくなる。
そして、鎮まれという指令が出にくくなり痛み回路の興奮が続いてしまうのだ。

 

この結果、腰は治っているのに腰がいたと感じるいわば幻の痛みに苦しめられることになる。

・・・・・・・・・とのこと。

 

DLPFCを含めた前頭前野には(直接的or間接的かは別として)痛みを抑制する働きがあるとされ、その一部が萎縮した場合には十分な鎮痛作用が発揮できない可能性がある。

 

関連記事

⇒『プラシーボ鎮痛:前頭前野によるPAGへの入力

⇒『不安・恐怖反応の個人差と、トレーニングによる可能性

⇒『不安-恐怖回路に対する前頭前野の役割①:内側前頭前野による無意識下での抑制

 

 

DLPFCの機能低下についての番組解釈

 

番組ではDLPFCの機能低下を以下の機序で解説している。

 

脳の中で痛みの回路の興奮を抑えるDLPFC

強い恐怖心が脳の中で生まれると、DLPFCにストレスが加わる。

この状態が長く続くと、DLPFCの神経細胞がヘトヘトになる。

するとDLPFCの活動が衰え、痛みを抑制するための指令が送れなくなり、痛みの回路の興奮が続いてしまう。

これが幻の痛みが長く続くメカニズムの一つと考えられている。

・・・・・・とのこと。

 

※ここで取り上げられている「恐怖心」というのは、「不安感」や「不快感」といった痛みに付随される『負の情動』と拡大解釈してとらえたほうが、適切なのではと個人的には思っている。

 

 

恐怖心を取り除くための方法

 

患者さんの恐怖心を軽減するための方法として、番組では以下の方法を段階的に用いることで検証している。

 

段階1:映像を利用する

映像を見て腰痛に関する正しい知識を身に着けることで、不要な恐怖心を減らそうという試み。

具体的には下記のリンク先にある映像全5本(各3分程度)を観てもらうのだという。

外部リンク:NHKの腰痛に関する教育映像

 

 

段階2:体操をする

立位にて腰椎伸展(腰を反らした姿勢)を3秒保持する体操を実施(神経症状が出現する場合は中止するとのこと)。

目的は、この姿勢を取ることで恐怖を解消し、自信をつけること。

 

腰痛体験により、その後は、つい腰をかばって前かがみな姿勢をとりがちになってしまう。

それに対して、あえて恐怖を感じる逆の方向(腰を反らせる方向)の姿勢をとらせることで、「背中を反らしても大丈夫」という経験を積み重ねることで、恐怖を解消していくことが、この体操の目的。

 

もし、この体操で腰痛が改善した場合、体には以下の現象が起こっていると番組では推察している。

「背中を反らせる経験を重ねることで、痛みへの恐怖心・不安感が減り、DLPFCが働き始める。これにより痛みの回路の興奮が収まり、痛みが解消する」

 

※これは認知行動療法における『暴露療法』といえる。

(暴露療法とは、本人が思い込んでいる行為を「あえて」実施してもらうことで、その行為が恐怖や不安とは関係ないことを学習してもらうことを指します。基本は徐々に難易度を高くしていくという「段階的暴露療法」が用いられる。)

関連記事⇒『慢性疼痛に対する段階的暴露療法の具体例

 

 

NHKが上記の方法を実際に検証

 

インターネットで慢性腰痛を有した人に賛同を呼びかけ、175人に協力してもらった。

 

段階1(映像を見る)にて、映像を繰り返し10日間観てもらった結果、68人(38%)が映像を見ただけで腰痛が改善した。
※腰痛が改善した人の中には、「完全によくなった」だけでなく、「かなり良くなった・少し良くなった」と答えた人も含まれる。

次に、「映像を見ただけでは改善しなかった」と答えた107人(62%)の人たちの中で、段階2(腰反らし体操)を70人に2週間ほど実施してもらった。

※残りの37人は何らかの理由で不参加となっている。

段階2(腰反らし体操)を実施した70人のうち「32人が改善」・「37人が改善せず」という結果になった。

まとめとして、「映像+体操で改善した」:「改善しなかった+体操不参加」=56%:44%であったと結論付けられた。

 

そして、「恐怖・不安が関与している腰痛が、これら簡単な方法で改善することが示せた点は、この検証の成果である」と平松先生は語る。

 

そこから更に、「映像でも体操でも解消されない頑固な恐怖・不安」を取り除く方法として、認知行動療法が紹介されることとなる。

 

 

認知行動療法

 

重度な腰痛を劇的に改善させて注目を集めている施設として、オーストラリアにあるシドニー大学痛み研究所が取り上げられる。

 

ここでは3週間にわたって、認知行動療法という徹底した心理療法が行われ、治療は毎日8時間で運動とカウンセリングを1時間ずつ繰り返していく。

※番組映像では、運動・カウンセリング共に、(個別ではなく)集団で行っていた

 

カウンセリングでは、どの様な「負の情動」が痛みの原因になっているかを探っていくこととなる。

 

「負の情動」は「痛みへの恐怖」以外に、将来への不安であったりなど様々であり破滅思考を助長させてしまうため、これらを取り除く意味も含まれている。

 

治療のもう一つの柱である運動のメニューは20種類に及ぶという。

 

運動の主な目的は体を鍛えることではなく、動いても大して痛くないという経験を重ねることが狙いである。

 

重要なことは目標を定め、運動をするたびに、その回数を記録すること。

 

記録がだんだん良くなるのを目の当たりにすると、自信が付き、恐怖を和らげるのに効果をもたらすのだという。

 

最後に、あるクライアントの集中治療前後における変化が映像で流され、改善を実感している女性の感動的な様子が流される。

 

 

日本でも実施すべき啓蒙活動

 

記事の冒頭で以下の様に記載した。

 

例えば海外では腰痛への不安を解消するコマーシャルをTVで放送しただけで、腰痛の患者数が減り、医療費が大幅に減ったという。

 

でもって、NHKの番組においても、映像などで腰痛に対する正しい情報を伝えると同時に、運動に関する正しい情報(必ずしも伸展運動が正しいとは限らない)も提供することで、ある程度の腰痛が減らせることが示されている。

 

そして、少子高齢化社会によって医療費を含めた社会保障費が問題視されている日本においても是非とも参考にしてもらいたい内容であると言える。

 

腰痛など運動器疾患に対しての治療と予防を社会還元活動として、理学療法士が担えるというキャンペーンを実施していくことも重要となる。

 

実際、オーストラリアのビクトリア州では、腰痛関連のコストが10年間で3倍となった際に「腰痛に屈するな!」と銘打った大規模キャンペーンを実施して、教育パンフレットを広く配布するとともに、マスコミ、芸能人、一流プロスポーツ選手も使って新しい治療戦略の啓発活動を行った。

結果、欠勤・保険請求・医擦費が大幅に減少して、33億円を超えるコストの削減に成功している。

 

この結果を受け、スコットランドやノルウェー、カナダなどでも同様な取り組みを行って同様の効果をあげている。

 

オーストラリアの2.4倍以上の日本の人口で、国民生活基礎調査の有訴受診率(保険を使って医療機関を受診した率)が10年以上も男性で第1位、女性でも第2位となっている我が国で、国民気質と保険制度が違うからこそ、このようなキャンペーンを主導する効果は計り知れないと思われる。

 

~『運動器の10年における腰痛の理学療法,理学療法学第,37巻,第8号,630~635頁(2010年)』より引用~

 

 

終わりに

 

最近の研究として、こうした認知行動療法は実際に脳へ変化をもたらすこともわかってきた。

 

例えば、長引く腰痛に悩まされていた患者の脳画像で、治療前後のDLPFCの活動に変化が現れるなどである。

 

治療プログラム開発者であるシドニー大学教授のマイケル・ニコラス氏は以下のように語る。

「これまで改善が難しかった患者を治療できる新たな方法が示されました。
大切なのは、患者自身の力を信じることです。
医師はその手助けをすれば良いのです。」

 

日本においても「腰痛診療ガイドライン」では認知行動療法が掲載されており、慢性腰痛の推奨度としてはグレードA(強く推奨できる)とされている。

 

他方で、オーストラリアのように認知行動療法を含めた大掛かりな取り組みは日本では(制度上)実践しにくい現状がある。
※番組では認知行動療法を行う病院として福島県立医科大学が紹介さた

 

 

菊地 臣一先生は以下のように語る。

『ずいぶん若いころで毎日手術をしていた際に、「手術は完璧、会心の出来であった」にも関わらず、痛みが良くならないケースについて考えた。
その際の「手術だけでは治らない何かがある」ということへの気付きが、他の治療方法に着目し始めたきっかけである。
今まで治せなかった患者さんを元に戻せるかもしれない。
そういった意味で、認知行動療法は新たな可能性を秘めた治療法だと言える。』

 

 

読書療法としてもおススメ!

 

『腰痛・治療革命』のダイジェストを記載してきた。

 

そして、冒頭でも紹介した「脳で治す腰痛DVDブック」が関連書籍として発売されたのでリンクを貼っておくので、認知行動療法に興味がある方は参考にしてみてほしい。

 

(当然のことながら)平易な表現で分かりやすい解説がなされているので、読書療法としてクライアントに読んでもらうことにでも効果が得られるのではないだろうか?

 

出版社である『主婦と生活社』では、この書籍+DVDに関して「読む(見る)だけ!で腰痛が改善する“クスリ(薬)”を目指しました!」と表現し、アマゾンレビューにおいても高評価を得ている。

 

また、「主婦と生活社」では以下の動画(NHK番組内容の一部と思われる)も紹介しており、、この書籍に興味がある方は是非観覧してみてほしい動画となる。

 

 

 

 

読書療法に関しては、以下の記事でも解説しており、おススメ書籍もまとめている。
また、この記事は「世界一分かりやすい痛み動画」も紹介しているので、合わせて観覧してみることをおススメする。

 

認知行動療法に活用!「読書療法」と「動画(ドイツ子供痛みセンター作)」で分かる痛みの対処法

 

認知行動療法の関連記事

 

以下の記事では、認知行動療法について詳細にまとめている。

痛みに対する認知行動療法について知りたい方は、こちらも合わせて観覧することをおススメする。

 

認知行動療法は腰痛に効果があるのか?

 

認知行動療法とは?痛みに対するリハビリ(理学療法・作業療法)への応用