2026年5月19日、厚生労働省は省内に「リハビリテーション統括調整室」を設置した。報道発表ベースでは小さな扱いに見えるかもしれない。
しかし、この一室の設置は、リハビリテーション業界、とりわけ理学療法士(PT)・作業療法士(OT)にとって、地殻変動の起点となり得るインパクトを秘めている。
なぜなら、PT・OTの根拠法である「理学療法士及び作業療法士法(昭和40年法律第137号)」は、1965年の制定から約60年もの間、根本的・包括的な制度見直しは十分に行われてこなかったとみられる。
その間、リハビリ専門職の活躍領域は病院の機能訓練室から、回復期病棟、在宅、通所、訪問、介護予防、健康増進、産業領域、学校教育、災害支援にまで広がってきた。
にもかかわらず、行政の側でこれらを横串で見る部署が、これまで厚労省内に存在しなかったのである。
上野賢一郎厚生労働大臣は5月15日の閣議後会見で、「省内の関係部局が一丸となって、分野横断的に、総合的にリハビリテーション政策を進めるために、体制の整備を進めることが必要」と語り、「制度的な見直しというものが考えられるかどうかを検討していきたい」とまで踏み込んだ。
つまり、新設された統括調整室は単なる連絡調整役ではなく、PT・OT法そのものの見直しを射程に入れた組織である可能性がある。
💡 この記事の核心
リハビリテーション統括調整室の新設は、単なる行政組織の追加ではない。
「攻めの予防医療」を掲げる高市政権の下で、リハビリ政策が国家戦略の中枢に位置づけ直される入口となる動きであり、
「60年ぶりのPT・OT法を含む制度的見直し」が検討対象として言及された瞬間でもある。
本記事では、厚生労働省の一次資料・国会議事録・報道情報をもとに、リハビリテーション統括調整室がどのような役割を担うのか、そして理学療法士・作業療法士の将来像がどう書き換えられ得るのかを、公開情報ベースで丁寧にひも解いていく。
目次
何が起きたのか——リハビリテーション統括調整室の概要
まず、事実関係を整理する。公表されている情報を集約すると、リハビリテーション統括調整室の概要は次の通り。
- 設置日:2026年5月19日
- 設置主体:厚生労働省
- 目的:医療、介護、障害福祉のリハビリテーション政策を分野横断的に推進する
- 構成人数:17人体制(北日本新聞報道による)
- 主担当領域:高齢者の保健事業や地域の介護関連事業を中心としつつ、医療・障害福祉に横串を通す
厚生労働省関連の情報ソースでは、リハビリテーション統括調整室の所掌として「省内で所掌ごとに組織されている関係部局の連携および調整を図りつつ、リハビリテーション専門職を有効的に活用し、将来にわたり国民の健康増進に寄与するリハビリテーションを国家戦略として推進する」ことが明示されている。
この一文には、重要なキーワードが2つ含まれている。
ひとつは「分野横断的」という言葉だ。
これは、これまでリハビリテーション関連の業務が、医政局、老健局、障害保健福祉部、保険局、健康・生活衛生局など、複数の部局に分散して所掌されてきたという実情を踏まえたものである。それぞれの部局が、それぞれの法律と予算と所管事業のなかでリハビリを扱ってきた結果、政策としての一貫性が確保しづらかったという指摘は、長らくリハビリ関連団体からなされてきた。
もうひとつは「国家戦略」という言葉だ。
ここまで強い表現を厚労省側が公式に用いる場面はそう多くない。後述するが、これは2026年2月の予算委員会で、高市早苗内閣総理大臣自身が「政府一丸となって取り組む」と答弁した文脈と直接つながっている。
つまり、リハビリテーション統括調整室は、単なる事務局的な連絡組織ではなく、
省横断の調整権限を持ち、国家戦略を実装するための司令塔的役割が期待される部署として誕生したと読み取るのが妥当である。
設置までの経緯——わずか3か月で動いた政策決定プロセス
統括調整室の設置は、決して降って湧いた話ではない。
2026年に入ってからの数か月、国会の場で段階的に詰められてきた議論の到達点として、5月19日の設置に至っている。まずは時系列を一覧で示す。
| 日付 | 場面 | 主な動き |
|---|---|---|
| 2026年2月27日 | 衆議院予算委員会 | 山本香苗委員の質疑に対し、高市総理が「政府一丸となって取り組む」と答弁 |
| 2026年4月22日 | 衆議院厚生労働委員会 | 上野大臣が「関係チーム立ち上げ」「ワンストップ窓口」を表明 |
| 2026年5月13日 | 衆議院厚生労働委員会 | 田野瀬議員の質疑に対し、上野大臣が「室」設置を明言 |
| 2026年5月15日 | 閣議後記者会見 | 「来週めど」「PT・OT法の制度的見直しも検討」と表明 |
| 2026年5月19日 | 正式設置 | リハビリテーション統括調整室が省内に発足 |
2026年2月27日:衆議院予算委員会
この日、中道改革連合の山本香苗委員が、リハビリテーションの国家戦略化と、厚労省内にリハビリ統括部署が存在しないという構造的な課題を指摘した。
質疑に立った高市早苗内閣総理大臣は「政府一丸となって取り組む」と答弁。
総理自身がリハビリ政策に明確にコミットした、最初の重要な瞬間であった。
2026年4月22日:衆議院厚生労働委員会
山本委員が再度この問題を取り上げた。
上野厚生労働大臣は、すでに省内関係部署にリハ専門職の資格を持つ職員を配置し、関係課による定期的な打ち合わせを行ってきた現状を説明。
そのうえで、「今回新たに、リハビリテーション政策に係る関係チームのようなものを立ち上げさせていただきたい」「ワンストップで窓口も設けていきたい」と答弁した。
山本委員はこれに対し、「連携だけで薄まる。必ずどこかに置かないといけない」と、独立した統括部署の設置を強く求めている。
2026年5月13日:衆議院厚生労働委員会
自民党のリハビリテーションを考える議員連盟で幹事長を務める田野瀬太道議員(奈良3区)が登壇した。
「行政上は縦割りの影響により、リハビリテーション政策全体として方向性を一つにしにくい側面がある」と指摘し、「“チーム”ではなく、係や担当課、リハビリテーション課のような明確な組織が必要だ」と訴えた。
これに対し上野大臣は、ついに「さらに一歩進めて、『室』を設置したい」「リハビリテーション統括調整室を設置し、体制を強化して、総合的な対策に取り組んでまいります」と明言する。
2026年5月15日:閣議後記者会見
上野大臣は会見で、「来週をめどに設置できるよう手続を進めている」と発表した。
会見ではさらに踏み込んで、「理学療法士及び作業療法士法は昭和40年にできた法律であり、施行後約60年が経過している。
リハビリテーション専門職の皆さんの役割の変化や今後の活躍の場といったものを踏まえながら、制度的な見直しというものが考えられるかどうかを検討していきたい」と表明した。
2026年5月19日:正式設置
そして5月19日、リハビリテーション統括調整室が正式に省内に設置された。
このわずか3か月足らずの間に、「チーム」→「ワンストップ窓口」→「室」へと、組織体の格が段階的に格上げされていったプロセスが見て取れる。これは、医療・介護分野で同様の新組織が設置される際の通常のスピード感に比べても、かなり速い意思決定である。
🔑 ポイント解説
「チーム」「ワンストップ窓口」「室」では、行政組織としての格が大きく異なる。
長年「チームレベル」止まりだった対応が「室」に格上げされたのは、関係者にとって象徴的な進展だと評価できる。
背景には、自民党の「リハビリテーションを考える議員連盟」、関係職能団体(日本理学療法士協会、日本作業療法士協会、日本言語聴覚士協会など)からの継続的な働きかけがあったことが推測されるが、決定打となったのは高市総理自身による「政府一丸」答弁だったと見るのが妥当だろう。
公開情報から見る役割と所掌
それでは、リハビリテーション統括調整室は具体的に何をする組織なのか。現時点で公開されている情報からその役割を整理する。
省内の縦割り解消
これまでリハビリ関連事業は、複数の部局に分散していた。
代表的なものを下記の表にまとめる。
| 部局名 | 主な担当領域 |
|---|---|
| 医政局 | PT・OTの身分法、資格管理、医療提供体制 |
| 老健局 | 介護保険下の通所・訪問リハ、介護予防、地域包括ケア |
| 社会・援護局障害保健福祉部 | 障害者総合支援法に基づく自立訓練、障害児リハ |
| 保険局 | 診療報酬上のリハビリテーション料 |
| 健康・生活衛生局 | 健康増進、疾病予防、子どもの発達支援関連 |
これら複数部局の所掌に「リハビリテーション」というキーワードが点在しているのに、それらを統合的に設計する司令塔がなかった、というのが従前の構造だ。
統括調整室は、この部局間の連携・調整を主たるミッションとして位置づけられている。
国家戦略としての推進機能
統括調整室の所掌として明示されているもうひとつの要素が、「リハビリテーション専門職を有効的に活用し、将来にわたり国民の健康増進に寄与するリハビリテーションを国家戦略として推進する」という点である。
これは、リハビリテーションを単に医療・介護給付の一要素として扱うのではなく、超高齢社会における健康寿命延伸、社会保障費抑制、労働力確保、災害レジリエンスといった国家的課題に資する戦略資源として位置づけ直す、という方向性を示唆している。
制度見直しの検討機能
そして見落とせないのが、上野大臣が5月15日会見で言及した「制度的な見直し」のニュアンスである。
「理学療法士及び作業療法士法は昭和40年にできた法律であり、施行後約60年が経過している」
「リハビリテーション専門職の皆さんの役割の変化や今後の活躍の場といったものを踏まえながら、制度的な見直しというものが考えられるかどうかを検討していきたい」
この発言は、PT・OT法の根本的な見直しの可能性をはじめて厚労省の長が公式に示唆したものとして、極めて重要だ。
統括調整室は、その検討の事務局的な役割を担うことになると考えるのが自然である。
高市内閣の「攻めの予防医療」と国家戦略化の文脈
リハビリテーション統括調整室の設置は、高市内閣全体の医療政策の文脈の中で理解する必要がある。
高市総理は、第219回臨時国会における所信表明演説で、「『攻めの予防医療』を徹底し、健康寿命の延伸を図り、皆が元気に活躍し、社会保障の担い手となっていただけるように取り組む」と明言した。
「攻めの」という語感には、これまでの受動的・対症療法的な医療体制から、能動的・予測的・予防的な体制への転換を志向する強い意志が込められている。
そして「健康寿命の延伸」「社会保障の担い手」というキーワードは、まさにリハビリテーションの本質的な目標と重なる。
寝たきりを防ぐ、要介護状態への移行を遅らせる、フレイルを予防する、サルコペニアに介入する、認知症の進行を緩やかにする——これらはすべてリハビリ専門職の知見が活きる領域である。
上野大臣も5月15日会見で「高市内閣では、攻めの予防医療を標榜しているわけですが、その具体化に今後取り組んでいく中で、リハビリテーション専門職の皆さんが果たされる役割というのは非常に大きいものがある」と発言しており、統括調整室の設置と「攻めの予防医療」政策が直接的にリンクしていることが分かる。
つまり、リハビリテーション統括調整室は、次の3つのレイヤーで機能する組織として誕生したと整理できる。
- 政策レベル:高市政権の「攻めの予防医療」の実装機関
- 行政レベル:医療・介護・障害福祉・健康増進をまたぐ司令塔
- 制度レベル:PT・OT法を含む関連制度の見直し検討の事務局
💡 学習のポイント
「攻めの予防医療」は単なるスローガンではない。
これを実装する具体策の中核として、リハビリ専門職の知見を活用するという方向性が、総理・厚労相のレベルで明確に共有されている。
これがリハビリ統括調整室の政治的後ろ盾になっていることを押さえておきたい。
PT・OTの未来はどう変わる可能性があるのか
ここまでが事実の整理だ。
ここからは、公開情報をもとに合理的に推測し得る、理学療法士・作業療法士の未来像について踏み込んで考察する。
あくまで「現時点で公開されている材料から導ける可能性」であり、確定情報ではない点をあらかじめ断っておく。
PT・OT法そのものの見直し——業務範囲拡大の可能性
最大の論点は、PT・OT法の見直しが本当に行われるのか、行われるとすればどのような方向性になるのか、である。
現行のPT・OT法は1965年(昭和40年)制定。理学療法を「身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、及び電気刺激、マツサージ、温熱その他の物理的手段を加えること」(第2条第1項)と定義している。
しかし、現代のPT・OTの仕事は、これだけでは到底捉えきれない。
例えば以下など、業務の実態は法律の文言を大きく超えている。
- スポーツ現場でのパフォーマンス向上支援
- 産業領域での腰痛予防
- 教育現場での発達支援
- 地域での介護予防教室、災害時の生活機能維持支援
- 緩和ケア領域での関わり
- ロボット・センサー機器を用いた高度な評価介入
統括調整室の設置と、上野大臣の「制度的な見直し」発言を踏まえると、以下のような方向で議論が動く可能性がある。
- 業務範囲の明確化と拡大:医師の具体的指示なしで行える健康増進・予防領域での業務範囲を法的に位置づけ直す
- 対象規定の見直し:「身体に障害のある者」という現行の対象規定を、予防段階や健常者への介入も含む形に拡張する
- 名称独占・業務独占の整理:類似名称を用いる無資格者との区別を明確化し、生涯学習体系を整える
実際、田野瀬議員は5月13日の質疑で「紛らわしい名称」の問題も取り上げており、上野大臣は「実態把握も含めて必要な対応をしていきたい」と答弁している。
活躍領域の制度的拡大——予防・健康増進への本格展開
高市政権の「攻めの予防医療」の文脈で、PT・OTの活躍領域は確実に広がる方向にある。
具体的には、次のような展開が考えられる。
- 特定健診・特定保健指導でのPT・OTの関与拡大
- 介護予防事業(一般介護予防事業・短期集中予防サービス)でのリハ職活用の制度的後押し
- 健康経営領域での産業理学療法・産業作業療法の位置づけ強化
- 学校保健領域での発達支援、姿勢・運動指導での関与
- 災害時の生活機能維持支援におけるリハ専門職の役割明確化
これらが、統括調整室を司令塔として体系的に進む可能性がある。
PT・OTの就業先が「病院・施設」中心から「地域・職場・学校・家庭」へとシフトしていく流れを、政策がはっきりと後押しする構図だ。
処遇改善の本格化
2026年度の介護報酬期中改定では、訪問リハビリテーションも処遇改善加算の対象となり、PT・OT・STの給与改善が制度的に進められることになった。
これは長年の業界課題への一定の回答ではあるが、まだ不十分との声も多い。
統括調整室が設置されたことで、医療・介護・障害福祉を横断した処遇改善の議論が、より一貫した形で進む可能性がある。
たとえば、病院勤務PT・OTと訪問リハ事業所勤務PT・OT、障害福祉サービス事業所勤務PT・OTの間で生じている処遇格差の是正、ベースアップの継続的な仕組み化などが論点に挙がるだろう。
供給過多と養成校再編への影響
一方で、PT・OTにとって楽観できない構造的な課題もある。厚生労働省の社会保障審議会医療部会の資料によれば、PT・OT・ST専門学校・養成施設系列の充足率急速に低下している。
| 職種・養成施設区分 | 2015年度の定員充足率 | 2024年度の定員充足率 |
|---|---|---|
| 作業療法士養成施設 | 77.2% | 52.6% |
| 理学療法士養成施設 | 88.8% | 78.0% |
| 言語聴覚士養成所 | 75.5% | 63.1% |
背景には18歳人口の構造的減少があり、2040年には大学全体の定員充足率が70%台にまで落ち込むと推計されている。
また、厚労省のPT・OT合算の需給推計では、PTは遅くとも2026年に供給過多ゾーンに入り、2040年頃に供給数が需要数の約1.5倍となる可能性が示されている。
2024年時点で約21万人の資格保有者数を考えると、量的には供給超過の局面に入っていく。
⚠️ 注意点
「PTは増えすぎている」「OTは減っている」といった単純な対比で語られがちだが、現実はもう少し複雑だ。
資格保有者数は両職種とも増加傾向だが、養成校の充足率はOTのほうがより深刻に低下している。
需給バランスの議論は、地域偏在・領域偏在も含めて多角的に見る必要がある。
統括調整室は、こうした供給バランスの問題にも踏み込まざるを得ない。
考えられる方向性としては、以下などが論点となってくる可能性がある。
- 養成校の質的水準の引き上げ(指定規則の改定)
- 養成数の地域偏在是正
- 病院勤務以外への就業誘導
- 専門性の階層化(基礎資格+認定/専門資格の体系整備)
多職種連携の中での再定位
直近の診療報酬改定では、リハビリ実施計画書の説明・署名ルールが見直され、医師による説明・患者署名から、多職種による説明・記録確認に転換された(回復期リハビリ病棟など一部例外あり)。
これは、リハビリの現場における多職種チーム医療の実態を法令面で追認する動きだ。
統括調整室が機能し始めれば、こうした多職種連携の枠組みのなかで、PT・OTの専門性をどう位置づけるか、看護師・介護福祉士・栄養士・歯科衛生士・薬剤師などとの役割分担をどう設計するかが、政策レベルで体系的に議論されることになる。
PT・OTにとっては、「自分たちの専門性とは何か」を改めて言語化し、社会に説明していく機会が増えるはずである。
報酬改定の中期的な見直し方向
統括調整室が直接的に診療報酬・介護報酬を所管するわけではない。
診療報酬は保険局、介護報酬は老健局が担当する構造は変わらない。
しかし、各報酬改定の基礎となる「制度設計の思想」や「リハビリ全体の方向性」が統括調整室で議論されることになれば、報酬改定の論点形成段階から影響が及ぶ可能性は十分にある。
たとえば、急性期リハの早期介入評価、回復期リハの実績指数の在り方、生活期(維持期)リハの医療保険・介護保険の役割分担、訪問リハ・通所リハの位置づけ、外来リハの提供体制——こうした論点はこれまで個別の検討会で議論されてきたが、統括調整室が横串を通すことで、「あるべきリハビリ提供体制」の全体像から逆算した報酬設計に近づく可能性がある。
教育・研究・キャリア形成への波及
PT・OT法の見直しが現実的な議論として進めば、養成課程の指定規則も連動して見直される可能性が高い。
現在の指定規則は、臨床実習の単位数や時間数、教員配置基準などを定めているが、予防領域や産業領域での実習をどう位置づけるか、デジタル・データリテラシーをどうカリキュラムに組み込むか、生涯学習の体系をどう整備するかなど、論点は山積している。
統括調整室が制度見直しの司令塔として機能するなら、これらの教育課程の見直しも視野に入ってくる。
卒前教育のみならず、卒後の認定制度、専門資格、大学院教育、研究者育成といった、PT・OTのキャリア全体を見渡した設計が議論される可能性がある。
これはとくに若手のPT・OTや、これから養成校に入る学生にとって重要な意味を持つ。
20年、30年先のキャリアを考えるとき、現在の枠組みだけを前提にするのではなく、制度が動く方向性も視野に入れた選択が求められるようになるからだ。
注意すべきポイントと課題
ここまでポジティブな展望を中心に書いてきたが、現実的な留意点も押さえておく必要がある。
「室」という組織格の限界
統括調整室は「室」であって、「課」や「局」ではない。組織格としては相対的に小さく、17人体制という規模も、医政局や老健局の各課に比べると限定的だ。
当初田野瀬議員が求めていた「リハビリテーション課」のような独立した課レベルの組織には至っていない。
つまり、統括調整室の権限と実行力がどこまで及ぶかは、運用次第の側面が大きい。実態として「連絡調整」止まりに終わるリスクは皆無ではない。
今後、調整室がどれだけ実質的な政策立案・予算要求にコミットできるかが、最初の試金石になるだろう。
制度見直しのスピード
上野大臣は「制度的な見直しというものが考えられるかどうかを検討していきたい」と発言した。
重要なのは、これがあくまで「検討していきたい」というレベルの表現にとどまっている点だ。
PT・OT法そのものの改正は、内容が大きいだけにステークホルダーも多く、法案化までには数年単位の時間を要する可能性がある。
過剰な期待は禁物だ。
まずは政省令レベル、告示・通知レベルでの運用見直し、続いて報酬改定での反映、そして数年後の法改正、という段階的な歩みになると見るのが現実的である。
供給過多時代を見据えた「個」としての備え
統括調整室の設置はマクロの政策動向だが、現場のPT・OT一人ひとりにとっては、「自分のキャリアをどう設計するか」がより重要な問題だ。
養成校の定員割れが進む一方で資格保有者数は増え続けており、いずれ需給バランスの構造的調整が必要になる。
病院勤務だけにキャリアを縛らず、地域・予防・産業・教育領域への展開を見据えた専門性の獲得、認定資格や大学院での研究的素養の獲得、データ・AI・デジタル機器を扱うスキル、起業や独立を視野に入れた経営的視点——こうした「個」の備えは、政策動向と関係なく今から積み上げておく価値がある。
期待値コントロールの大切さ
最後に、業界内での「期待値の取り扱い」について触れておく。
リハビリテーション統括調整室の設置は、長年リハビリ業界が求めてきた「省内に司令塔を」という願いに対する一定の回答だ。だから、当事者である職能団体や現場のPT・OTが期待を寄せるのは自然なことである。
⚠️ 誤解を避けるための補足
「これで処遇改善が一気に進む」「業務範囲が劇的に拡大する」「PT・OT法がすぐに改正される」といった見通しは、現時点で確約されたものではない。
統括調整室の設置は、「これからエビデンスをもとに本格的な議論が始まる入口」と捉えるのが、もっとも現実的で建設的な姿勢である。
行政が動くにはエビデンスが必要だ。
リハビリの効果、専門職の関与による医療費・介護費の抑制効果、健康寿命延伸への寄与、地域社会への波及効果——こうしたデータを蓄積し、説得力ある形で示していくことが、職能団体・関係学会・現場のすべてのレイヤーで求められている。
現場のPT・OTが今から考えたい3つの視点
記事の締めくくりとして、現場のPT・OTが今から考えておきたい視点を、3つに絞って提案する。
視点1:自分の専門性を「言語化」する
統括調整室が動き始めると、PT・OTの専門性が政策レベルでどう位置づけられるかが、改めて問われることになる。
そのとき、現場のPT・OT一人ひとりが、「自分は何のプロフェッショナルか」「自分のリハは社会にどんな価値を生んでいるか」を自分の言葉で説明できるかどうかが、業界全体の交渉力を左右する。
患者・利用者への説明、他職種への説明、家族への説明、地域住民への説明——これらは日々の臨床業務の一部だが、それらを言語化し、データとして残し、対外的に発信する習慣を持つことが、これからますます重要になる。
視点2:「医療・介護以外」のフィールドを覗いてみる
これまでのPT・OTのキャリアは、病院・施設を中心に組み立てられてきた。
しかし、統括調整室が描く未来像は、明らかに「医療・介護以外の領域」への広がりを志向している。
産業領域、学校領域、スポーツ領域、地域包括ケア領域、災害支援領域、行政・政策領域、教育・研究領域——まだ自分が触れたことのないフィールドを、研修や副業、勉強会への参加を通じて少しでも経験してみる。
これが、5年後・10年後のキャリアの可能性を大きく広げる行動になる。
視点3:制度の動きをウォッチする習慣を持つ
政策の動きは、ある日突然「自分の現場」に降りてくる。
診療報酬改定は2年ごと、介護報酬改定は3年ごと、法改正はそれよりさらに長いサイクルで起こる。しかし、改定の中身は、その2〜3年前から検討会・分科会・部会で議論されている内容に基づいている。
統括調整室の動向、社会保障審議会の議事録、中医協の資料、関連職能団体の発信——こうした一次情報を月に一度でもチェックする習慣をつけるだけで、見える景色は大きく変わる。
「制度に振り回される」のではなく、「制度を読み解いて先手を打つ」側に回れるからだ。
✅ 実践のヒント
厚労省の報道発表ページ、PT-OT-ST.NETなどの専門メディア、職能団体のメルマガを月1回チェックするだけでも、政策アンテナは大きく変わる。ブックマークやRSS、メルマガ登録で「自動的に情報が入ってくる」仕組みを今すぐ整えるのがおすすめだ。
まとめ——2026年は分水嶺の年になる
リハビリテーション統括調整室の設置は、地味なニュースに見えるかもしれない。
新しい建物が建ったわけでも、新しい補助金が始まったわけでもなく、17人の役人が新たに省内のあるフロアに集まっただけ、とも言える。
しかし、行政の構造変化は、いつもこうした小さな器のつくり替えから始まる。「課」に至らない「室」であっても、横断的な視点を持つ専属組織が生まれた事実そのものが、これまで分散してきた政策資源を束ねる結節点になる。
1965年に制定されて以来、約60年にわたり手つかずだったPT・OT法。
その見直しの可能性が、ついに厚労省の長の口から公式に語られたという事実だけでも、2026年は理学療法士・作業療法士にとって分水嶺の年として記憶されるかもしれない。
「攻めの予防医療」を掲げる高市内閣のもとで、リハビリテーションが国家戦略の中枢に位置づけられ直す。
その潮流の中で、現場のPT・OTは、自分たちの専門性を社会にどう示し、どう価値を生み出していくのか——これは、行政から与えられる答えではなく、専門職の側から提示すべき問いでもある。
リハビリ専門職にとって、「制度の変化を待つ」のではなく、「制度の変化を読み解き、自分の現場と未来に翻訳する」——そんな姿勢が、これまで以上に求められる時代に入った。
リハビリテーション統括調整室の新設は、そのことを静かに、しかしはっきり
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