この記事では、理学療法士・作業療法士が遭遇しやすい、廃用症候群について『生活不活発病』という用語にフォーカスを当てて、解説していく。
この記事を読めば、廃用症候群と生活不活発病に違いがあるかも含めて理解してもらえると思う。
目次
『disuuse syndrome』は『生活不活発病』ではなく『廃用症候群』として日本に輸入された
『生活不活発病」』は、アメリカのリハビリテーション専門医であるハーシュバーグ博士が、はじめ『disuse syndrome』と名付けたものの日本語訳である。
『disuse syndrome』という用語が日本のリハビリテーションに入ってきて当分の間は、「疾患や障害による機能不全から活動性が低下し、身体部位が不使用(=廃用)になることで生ずる二次的障害に対する予防および機能訓練」に関連した用語として発展してきた。
そのため『disuse』は廃用という意味合いが強く、対象疾患や機能障害が明確な医療現場では、disuse syndromeを『廃用症候群』と訳して使用されることが多かった。
しかし、現在の高齢化社会において、高齢者の介護や介護予防などの領域で、(一つの疾患や障害に限らず)ADL能力の低下によって生じる幅広い意味での二次的障害であってもdisuse syndromeと解釈でき、現在では「廃用症候群」ではなく「生活不活発病」と表現されることが増えている。
※例えば脳卒中(疾患)後のdisuseもあり得るが、加齢とともに生きがいを無くすことでのdisuseもあり得る。そして、後者は疾患や障害とは関係ないが、disuse syndromeに該当する。
廃用症候群という表現の問題点
『廃用症候群』という表現は以下のような問題点が指摘されるようになった。
- 高齢者に伝える際に、「はいよう」という言葉を耳で聞いても、漢字が頭に浮かばず、分からない
- 説明を聞いて「はい」が「廃」だと分かると、とたんに「廃人」「廃業」「廃棄物」などを連想してしまい、不愉快になる
- この病気は「用を廃した」、つまり「全く使わなくなった」時にだけ起こるのではなく、「使い方が減った」だけでも起こるものなのに、それを正しく示していない
※とくに、③は重要で、学問的にも不正確な、誤解を招きやすい用語だということである。
生活不活発病という表現が考え出された理由
前述した理由により『廃用症候群』よりも適した言葉は無いのかということから考え出されたのが『生活不活発病』という言葉である。
『生活不活発病』という表現の良い面として、以下のような点が挙げられる。
- 生活のあり方・仕方に関係があるので、「生活」を使っている
- 不活発なことが原因であることが分かり易い
- 不活発なことが原因で、「不」をとって活発にすることが予防・改善のポイントであることを理解してもらう
※「生活不活発病」という言葉は、耳で聞いただけで意味が分かるし、「原因は生活が不活発なこと」ということから、どうすれば解決できるのかの方向性も感じ取れる。
生活不活発病と廃用症候群の違い
ここまでの内容を読んで頂ければ、生活不活発病と廃用症候群に違いがあるかが理解していただけたのではないだろうか。
結局のところ、生活不活発病も廃用症候群も『disuse syndrome』を日本語に訳したものであり、そういった意味では同義と言える。
単に、医療業界では廃用症候群という名称を使っているものの、患者に表現してもピンときにくいため新たに生活不活発病なる言葉を作っただけである。
そして、医療業界においては生活不活発病よりも廃用症候群というキーワードの方が用いられ易く、介護業界においては少し生活不活発病というキーワードが用いられる比重が増えてくるといった感じだろうか?
そして、高齢者に対して「disuse syndromeの怖さ・予防の重要性」を説く場合には、廃用症候群よりも生活不活発病という用語が使われることの方が多い。
※あるいは、これらの用語を用いず、もっと具体的に説明するパターンも多い。
生活不活発病(廃用症候群)と機能障害
生活不活発病は、以下の3つに大分類される。
- 体の一部(局所)に影響するもの
- 全身に影響するもの
- 精神や神経に影響する者もの
体の一部(局所)に影響するもの:
|
機能障害 |
症状・症候 |
関節 |
関節の可動域減少 |
関節拘縮 |
骨 |
骨萎縮 |
骨粗鬆症 |
筋肉 |
筋委縮 |
筋力低下・耐久力低下 |
皮膚 |
皮膚萎縮 |
褥瘡 |
全身に影響するもの:
|
機能障害 |
症状・症候 |
心臓 |
心機能低下 |
起立性低血圧・頻脈 |
肺 |
肺機能低下 |
息切れ・肺活量減少 |
消化器 |
消化器機能低下 |
食欲不振・便秘 |
膀胱 |
排尿機能低下 |
尿量増加・膀胱炎・結石 |
精神や神経の働きに影響するもの:
|
機能障害 |
症状・徴候 |
脳・神経 |
感覚運動調節機能の低下 |
姿勢保持・協調性困難 |
脳・神経 |
認知機能障害 |
認知症 |
神経 |
自律神経機能低下 |
自立神経不安定 |
精神 |
精神活動の低下 |
うつ状態 |
「動かなさすぎ」はリスクである
とある理学療法研修会での一コマ。
その研修会で使われた資料が以下になる。
これは運動療法を実施する上での「リスク」を示している。
「安全性限界」、つまりは「過剰な運動(オーバーユース)」は身体を傷めるリスクを伴う(専門用語で過用症候群と呼ぶ)。
で興味深いのは「有効下限」であり以下を意味する。
これも「リスク」に該当するという。
過用症候群の様に「組織損傷が生じる」っといった分かりやすい「リスク」ではないのでピンとこないかもしれないが、
身体機能が目に見えて低下していく可能性(生活不活発病)を考えると「リスクだ」といいうことを示している。
特に高齢者のリハビリでは、無難な内容に終始しがちであるが「有効下限に満たない運動はリスクである」っということは、覚えておいて損は無い。
生活不活発(過度な安静)が痛みに及ぼす影響
「痛い時には安静にする」という考えが一般的に存在する。
確かに、骨折などの術後では、組織の損傷によって固定や安静が必要な場合もあり、適切な安静期間は確保されるべきである。
一方で、根拠がない(安易な判断による)「安静」な場合は、時として痛みを含めた関連症状を長引かせ、予後を悪化させる可能性が知られている。
例えば、急性腰痛(いわゆるギックリ腰)は「魔女の一撃」とも称されるほどの激痛を伴うため、数日間の安静が余儀なくされる場がある。
しかし、そんな痛みであったとしても、「痛みの回復度合いに応じて、無理のない範囲で(多少痛くても)活動していく」という考えが推奨されており、「完治するまでひたすら安静にする」という一昔前の考えは否定されてきている。
安静(bed rest)⇒推奨グレードD エビデンスレベル1
急性腰痛では、積極的で持続的な活動や、普段の生活活動レベルを維持することが、仕事への復帰、慢性的な障害や再発予防に繋がり、良好な腰痛の転帰を生む。
一方、ベッド上の安静臥床は、回復を遅延させるだけで治療効果はない。
~引用:理学療法ガイドライン 背部痛P88~
急性腰痛(ぎっくり腰)については以下の記事で詳しく述べているので、興味がある方は参考にしてみてほしい。
※医療・介護従事者も発症しやすい疾患の一つなので、是非予備知識として持っておいてもらいたい情報である。
⇒『急性腰痛(ぎっくり腰)の対処方法を変わりやすく解説しします』
重複するが、痛みの持続、増悪の原因の一つに「不活動」が挙げられる。
臨床においてギプス固定、術後安静、寝たきり、運動麻痺などにより活動性が低下した患者に対してROMエクササイズやストレッチングを実施する際、「非常なソフトな刺激であるにもかかわらず、異常な疼痛を訴えること」がある。
また、ヒトや動物モデルによる研究結果でも、骨折などの組織損傷があろうとなかろうと、局所を固定して活動性が低下すると痛覚過敏を呈することが明らかにされている。
疼痛の発生や持続の原因に「安静や不活動」が深く関わっていることが、いまでは常識となっているのだ。
※画像引用:ペインリハビリテーション
したがって、近年の疼痛ガイドライインでは、安静は最低限にとどめ、出来るだけ早期からADLや軽度の運動を再開することが推奨されている。
「痛い時には安静に」「動くと悪くなる」といった迷信や誤解を改め、安心感を与えるべく十分な助言や指導、教育を行ったうえで、活動の維持並びに科学的根拠のあるリハビリおよび運動療法を導入することが重要である。
痛みに関する包括的な理解に関しては、以下のサイトの観覧もおススメする。
関連記事
⇒『徒手理学療法におけるクリニカルリーズニングンの前提条件とは?』
また、「活動=悪」だと思い込んでいる人に対して、「活動しても痛くないのだ(むしろ痛みが楽になるのだ)」といったパラダイムシフトを起こすための(簡便に実施可能な)ヒントは『痛み日記』として以下に記載しているので、こちらも観覧してみてほしい。
生活不活発病(廃用症候群)のおススメ書籍
この書籍は、「生活不活発病」という言葉の生みの親でもある大川弥生医師が生活不活発病について分かりやすく解説した本である。
なぜ、動かないと人は病んでしまうのか?
難しい言葉は避けているためクライアントやご家族にもすすめられる一冊である。
そのため、私自身も訪問リハビリとして関与した際には、ご家族に手渡して読んでもらうこともあり、「ためになった!」と好評頂けたことも何度かある。
生活不活発病対策の中には理学療法士・作業療法士が直接言うと上から目線になってしまうこともあり、書籍を使って間接的に伝えるという手段は、ご家族にとっても受け入れてもらい易いので、私にとっては良い手段となっている。
※ただし、読んでもらう相手は慎重に選ぶ必要がある。
生活不活発病に対する運動
生活不活発病は「動かないこと」によって生じるため、「動くことそのもの」がリハビリになる。
そして、病院などでは術後に「動きたくても動けない場合」などに、低負荷な運動が(生活不活発病・廃用症候群の予防目的に)処方されることが多い。
そんな「低負荷な運動であり、比較的活用されやすいもの」は、例えば以下などが挙げられる。
・SLR運動
・パテラセッティング
SLR運動(下肢伸展挙上運動)
下肢伸展挙上運動は、仰向けになった状態で、「膝を伸ばしたまま、足を浮かせる」という方法になる。
繰り返し実施するパターンと、浮かせた状態で止めておくパターンがある。
もっと詳細なSLR運動の情報に関しては以下も参照。
パテラセッティング
パテラセッティングは以下のイラストの様に「膝を軽度屈曲位(あるいは膝伸展位)からピーンと膝を伸ばす方向へ力を入れる運動」となる。
~画像引用:関節痛の予防理学療法~
もっと詳細なパテラセッティングの情報に関しては以下も参照。
低負荷な運動から段階的に負荷を高めて生活不活発病予防!
SLR運動・パテラセッティングともに、「寝た状態でできる低負荷な運動」となる。
注意点は、息を止めずに、自然な呼吸で実施することである。
一生懸命になりすぎて「息を止めながら力むこと」があるが、それでは血圧が上がってしまう可能性がある(高齢者は高血圧症も有している場合が多いので注意する)。
ついつい力んでしまう人は、数を数えるなど発声しながら実施する方法をおススメする。
(発声するということは、息を吐くという事なため、息を止めることが出来なくなる)
「ききむ(息を止める)こと」を運動に活用しようとする試みを『バルサルバ法』と呼ぶが、リハビリとしては割けることが望ましい。
関連記事⇒『バルサルバ法( Valsalva maneuver)に注意せよ(リスク管理)』
そして、これらは術後のみならず、在宅でも簡単に出来る運動の一つとしておススメである。
ただし重要な点は、これらは「必要最低の運動」であり、運動に慣れてきたらもっと積極的な運動(あるいは活動)に切り替えていく必要がある。
これは、上記の運動を「筋トレ・何らかの動作改善」として考えた場合は重要であり、リハビリ(理学療法・作業療法)では特性の原則として有名である。
関連記事⇒『過負荷の原則+特性の原則を徹底解説!』
また、高齢者における「低負荷な運動の効果」は筋力向上(筋肥大・筋出力)だけの問題ではない。
- 抑うつ症状の減少
- 自己効力感の向上
- 気力の改善
・・・・・・・・・・・・・・などなど。
なかなか理想と現実は違うとは思うが、(理屈上は)上記のような運動の効果によって「これくらいなら出来るんだな」「じっとしてたら楽だと思っていたが、運動すると気持ちが良いな」「もう少し動いてみようかな」などの気持ちが芽生え、その様な気持ちがターニングポイントとなることも有り得る。
したがって、低負荷ではあっても「今できる、無理のない範囲(脱落しない範囲)での運動」を実施することは、「積極的な活動へのきっかけ作り」としても重要となる。
ちなみに、生活不活発病の原因は「痛み」である可能性もあるが、前述したように「過度の安静」が痛みを助長する可能性があり、低負荷な運動から段階的に負荷量・活動量を増やしていくという考えは重要になってくる。
この様な考えは「認知行動療法」としても重要なポイントと言える。
関連記事⇒『外部リンク:認知行動療法を徹底解説!』
生活不活発病予防に積極的な運動を!
ここで示してきたリハビリ(理学療法・作業療法)よりも積極的な運動についての記事は以下になる。
⇒『永久保存版!転倒予防に重要なバランストレーニングまとめ』
また、補足として以下の記事も合わせて観覧すると、生活不活発病についての理解がさらに深まると思う(廃用症候群の詳細記事も合わせてリンクしておく)。
⇒『起立性低血圧・深部静脈血栓症・褥瘡などを完全網羅!看護・介護で常識な「廃用症候群」を復習しよう!』
・起立性低血圧 (廃用症候群シリーズ)―対処法や予防法も紹介するよ!
・褥瘡(床ずれ)の予防と管理(廃用症候群シリーズ)ー『背抜き』も紹介するよ)