この記事では、廃用症候群の一つであり、リハビリ(理学療法・作業療法)の知識としても大切な『深部静脈血栓症』について記載していく。
廃用症候群と絡めての記載なため、廃用症候群自体については後述するリンク先も合わせて観覧してみてほしい。
目次
深部静脈血栓症とは
深部静脈血栓症とは『筋膜より深部にある静脈に発生する静脈血栓症』と定義されている。
四肢の静脈には筋膜より浅い表在静脈と深い深部静脈があり、急性の静脈血栓症は深部静脈の深部静脈血栓症と表在静脈の血栓性静脈炎を区別する。
深部静脈血栓症は、発生部位(頸部・上肢静脈,上大静脈,下大静脈,骨盤・下肢静脈)により症状が異なる。
欧米では、発生頻度の高い下肢の深部静脈に発生するものを深部静脈血栓症としている。
深部静脈血栓症の分類
深部静脈血栓症は、以下の2つに区別されている。
①中枢型:
血栓が膝窩静脈より中枢側にある(腸骨型・大腿型)
②末梢型:
血栓が膝窩静脈より末梢側にある。
肺塞栓症へつながるリスク
深部静脈血栓症とは、ザックリ言ってしまえば「血のかたまりが下肢で出来てしまうこと」なのだが、この「血栓」が血管を通って移動し、肺の血管に詰まってしまう事を『肺塞栓症』と呼ぶ。
そして、肺塞栓症は「息苦しさ」「胸痛」などを招き、(血栓の大きさによっては)時として、意識消失・心停止まで招いてしまう可能性のある危険な疾患と言える。
※結局とのことろ深部静脈血栓症によって、最終的に肺塞栓症に移行してしまうことが最大のリスクとなる。
深部静脈血栓症における臨床症状
深部静脈血栓症の臨床症状としては以下が挙げられる。
- 患肢の腫脹
- 表在静脈の怒張(血管が膨れ上がること)+色調変化
- 疼痛
- 熱感
- ・・・・・・・・などなど
あるいは以下の徴候が認められることもある。
Homans徴候:
膝関節伸展位での足関節背屈強制時に腓腹筋に疼痛が誘発
Lowenberg徴候:
腓腹部を掴んだりなどの加圧で疼痛が増強する
ちなみに、中枢型では急性期には、三大徴候である『腫脹』『疼痛』『色調』変化がみられるが、末梢型では無症状である場合が多いとの意見もある(最新リハビリテーション医学第3版より)。
Virchowの3徴(静脈血栓梗塞症を起こす要因)
深部静脈血栓症では、下肢の深部にある静脈に血栓を生じると前述した。
そして、静脈血栓梗塞症を起こす要因としては『Virchowの3徴』が知られており、具体的には以下を指す。
- 静脈壁損傷
- 静脈血のうっ滞
- 血液凝固能の亢進
①静脈壁損傷
静脈血栓梗塞症が生じる要因の一つである「静脈損傷」は、以下などで起こる。
- 手術による損傷(整形外科・産婦人科・一般外科など)
- 各種カテーテル検査
- 処置
- 静脈炎
・・・・・・・・・など
②静脈血うっ血
静脈血栓梗塞症が生じる要因の一つである「静脈血うっ血」は、以下などで起こる。
- 長期臥床
- 長距離旅行(エコノミークラス症候群)
- 肥満・妊娠
- うっ血性心不全
- 脳血管障害
・・・・・・・・・・・・・など
③血液凝固能の亢進
静脈血栓梗塞症が生じる要因の一つである「血液凝固能の亢進」は、以下などで起こる。
- 悪性疾患
- ネフローゼ症候群
- 経口避妊薬
- エストロゲン製薬服用
- 手術
- 妊娠
- 多血症
- 脱水
・・・・・・・・など
不動・エコノミー症候群と静脈血塞栓症
前項で挙げた通り、「長期臥床による下肢の不動」は静脈血栓梗塞症の原因となり得る。
従って、術後の早期離床は重要である。
また、エコノミークラス症候群も原因となり得る。
エコノミークラス症候群は、南山堂医学大辞典によると以下のように記載されている
『航空機など長時間足を動かさない状況下に発生し、肺血栓を引き起こす』
ただしエコノミー症候群は航空機だけに限らず、
「狭い空間(車内・列車内・映画館内など)で身動きが取れず、下肢が不動を強いられてしまう環境に長時間さらされることで起こる深部静脈血栓症」
の総称を指す。
長時間下肢を動かさずに座っていると、脚部の奥にある静脈に血のかたまり(深部静脈血栓)ができることがまれにあります。
この血栓が怖いのは、歩いている間にその一部が血流に乗って肺にとび、肺の血管を閉塞してしまうことです(肺塞栓)。
当初、深部静脈血栓が航空機内のエコノミークラスの旅客から報告されたため、エコノミークラス症候群の名前で知られるようになりました。
しかし、座席のクラスに関係なく、また航空機内以外の交通機関でも一定の姿勢のまま長時間動かなければ、同様の危険性があることから、旅行者血栓症という名称が使用されています。
以下のような病気や症状をお持ちの方が深部静脈血栓症を起こしやすいとされています。
「下肢静脈瘤・下肢の手術・けが・悪性腫瘍・深部静脈血栓症(既往)・凝固能異常肥満・経口避妊薬の使用・妊娠中・出産後」
このような症状のある方は、あらかじめかかりつけのお医者様に相談することをお勧めします。
~ジャパンエアラインのHPより~
エコノミー症候群は人が密集して身動きがとり難い状況下でジッとしていなければならないケースなどで起こり得る。
なので日本においても、震災後の被災地で発症するリスクとして、政府が警鐘を鳴らしたことでもご存じな人は多いのではないだろうか?
※上記にも示したように、脱水も深部静脈血栓症の原因となる。
※つまり、震災後の「水不足」と「不動」によって血栓症が生じやすい環境下にある点には十分注意しなければならない。
深部静脈血栓症・エコノミー症候群の予防に大切なリハビリ
深部静脈血栓症・エコノミー症候群の予防に大切なリハビリとして特に重要視しされているのは以下の通り。
足をしっかりと動かす
ここまで記事を読み進めればわかるように、深部条約血栓症・エコノミー症候群は「足を動かさないことによって生じやすい」といった側面を持っている。
従って、予防のためのリハビリは「足をしっかり動かすこと」となる。
術後にベッド上安静を強いられる場面であったり、狭い空間で身動きをとれない状況にあったとしても、足首や足部を動かすことは可能であり、これこそが最重要なリハビリとなる。
ベッド上で足首や足部を動かすのであれば、下肢を台の上に乗せて挙上位にしたほうが効果的との意見もある。
以下は下肢を挙手した状態で足首を動かすことで、主に『下腿三頭筋(ふくらはぎ)』のポンピング作用を促している動画となる。
※ちなみに、後半はセラバンドを利用したり、足関節背屈筋のトレーニングなども筋トレとして紹介しているが、深部静脈血栓症の予防そこまでしなくとも良い。
※もちろん、歩いたり出来る状況であるのであれば、活動するに越したことは無い。
十分な水分補給
これも前述したように、水分補給が不十分では深部静脈血栓症・エコノミー症候群を発症するリスクが高くなる。
※イメージとしては、水分不足によって血液がドロドロになって血の塊が出来やすいといった感じ。
その他
病院に入院中であれば、必要に応じて「薬物療法」や「間欠的空気圧迫(メドマーやAV-inpulse)」や「弾性ストッキング」などの対策がなされることがある。
- 薬物療法:
薬物療法としては血栓溶解療法(ワーファリンなど)や抗凝固剤が使用される。
- 間欠的下肢圧迫装置:
間欠的下肢圧迫装置は、足部や腓腹筋部に装置をセットし、圧力をかける装置と、下腿から大腿にかけてゆっくりと加圧する装置がある。
具体的には以下の様なイメージ。
むくみ予防として、市販でも安価なものが売られている。
この圧迫が静脈還流に重要な下肢のポンプ作用を補助しうっ血を防止する。
治療時間は30~60分、圧力は30~120mmHgが一般的。
※後述するが、静脈血栓症をすでに発症している場合は、肺血栓塞栓症を誘発する可能性があるため禁忌となる。
- 弾性ストッキング:
ストッキングを使用する際は、適切な圧迫圧を得るために、症例に合ったサイズのストッキングを使用する必要がある。
下肢の病変のため弾性ストッキングが着用できない時は、弾性包帯を用いたりもする。
下肢静脈血栓が発症した際の禁忌とは
下肢静脈血栓の予防について前述してきたが、下肢静脈血栓が起こった場合についても補足しておく。
下肢静脈血栓が起こった際の治療法としては抗凝固療法が用いられる。
でもって、下肢静脈血栓が発生した際のリハビリ(下肢運動・起立・歩行)については一定した見解が無い。
しかし、「抗凝固療法の効果が出現し、血栓の不動性がないことが運動療法を開始する常識的な基準である」との意見があり、医師の指示に従って慎重にリハビリを進めていく必要があると言える。
また、深部静脈血栓症が起こった下肢へのマッサージは禁忌となる。
※下肢の血栓が血管を通って移動し、肺血栓塞栓症を誘発する可能性があるから。
※同様の理由で、間欠的空気圧迫法も禁忌
深部静脈血栓症が起こったかどうかは医師が診断することになるが、理学療法士・作業療法士も前述した「患肢の腫脹」「表在静脈の怒張 」「Homans徴候」「Lowenberg徴候」などを確認することは重要となる。
※特に介護保険現場では(病院などと異なり)、理学療法士・作業療法士が異常を発見し、医師に報告し、診断が下るということも有り得る。
あとは、うっ血性心不全(前述したように深部静脈血栓症を起こす要因の一つ)で、下肢に浮腫を生じている人もマッサージはしないほうが良いのではないだろうか?
冒頭の「深部静脈血栓症とは」でも記載したように、末梢型の深部静脈血栓症では無症状であることも多いとされいるため、
「良かれと思ってリンパマッサージなどと称して浮腫へアプローチしようとした結果、下肢で形成されていた血栓が遊離して、肺血栓塞栓症を誘発してしまう」といった可能性も無きにしも非ずということになる。
静脈血栓症のリスク階層化・発生率・予防法まとめ
最後に、静脈血栓症のリスク階層化・発生率・予防法についてのまとめ表を引用して終わりにする。
~循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008年合同研究班報告):ダイジェスト版 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン(2009年改訂版)のP52とP50より引用~
各領域の静脈血栓塞栓症のリスクの階層化:
リスクレベル |
一般外科・非尿化・婦人科手術 |
整形外科手術 |
産科領域 |
低リスク |
60歳未満の非大手術 40歳未満の大手術 |
上肢の手術 |
正常分娩 |
中リスク |
60歳以上、あるいは危険因子のある非大手術
40歳以上、あるいは危険因子がある大手術 |
腸骨からの採骨や下肢からの神経や皮膚の採取を伴う上肢手術 脊椎・脊髄損傷 下肢手術 大腿骨遠位部以下の単独外傷 |
帝王切開術 (高リスク以外) |
高リスク |
40歳以上の癌の大手術 |
人工股関節置換術・人工膝関節置換術・股関節骨折手術(大腿骨骨幹部を含む)・骨盤骨切り術(キアリ骨盤骨切術や寛骨臼回転骨切り術など) 下肢手術にVTEの付加的な危険因子が合併する場合 下肢悪性腫瘍手術 重度外傷(多発外傷) 骨盤骨折 |
高齢肥満妊娠の帝王切開
静脈血栓塞栓の既往あるいは血栓性素因の経膣分娩 |
最高リスク |
静脈血栓塞栓症の既往あるいは血栓性素因のある大手術 |
「高」リスクの手術を受ける患者に、除脈血栓塞栓症の既往あるいは血栓性素因の存在がある場合。 |
静脈血栓塞栓症の既往あるいは血栓性素因の帝王切開術 |
リスク階層化と静脈血栓塞栓症の発生率、および推奨される予防法:
リスクレベル |
下腿 DVT(%) |
中枢型 DVT(%) |
症候性 PE(%) |
致死性 PE(%) |
推奨される予防法 |
低リスク |
2 |
0.4 |
0.2 |
0.002 |
早期離床及び積極的な運動 |
中リスク |
10~20 |
2~4 |
1~2 |
0.1~0.4 |
弾性ストッキングあるいは間欠的空気圧迫法 |
高リスク |
20~40 |
4~8 |
2~4 |
0.4~1.0 |
間欠的圧迫法あるいは抗凝固療法 |
最高リスク |
40~80 |
10~20 |
4~10 |
0.2~5 |
「抗凝固療法と間欠的空気圧迫法の併用」あるいは「抗凝固療法と弾性ストッキングの併用」 |
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