昨今の理学療法・作業療法において、エビデンス(科学的根拠)を重視したアプローチが叫ばれている。
確かに私達が提供している理学療法・作業療法がエビデンスを有したものであることを示すことは、対外的に優位性を示す上でも、クライアントに適切なアプローチを提供する上でも重要となってくる。
しかし一方で、クライアントは機械ではなく個別性・多様性を持っているが故に、エビデンス(科学的根拠)だけに頼ったアプローチには限界があり、だからこそエビデンス至上主義に陥らないよう注意しなければならないとも考える。
今回はそんな「エビデンスの限界」に関して、徒手理学療法を題材に、幾つかの例を提示してみる。
目次
エビデンスの限界の例① 神経系モビライゼーションの有用性に関するエビデンス
神経系モビライゼーションの理論的根拠は「解剖生理学に基づく仮説」「徒手的操作によって神経系に刺激が加わる(滑走・伸張・癒着の剝離などが起こる)という事実」「徒手的操作によって症状が再現される」という点だけに終始し易い。
バトラーが神経系モビライゼーションを提唱してから時間が経過しているにもかかわらず、有効性を証明する質の高いエビデンスの報告が乏しいのは何故なのか?
この問いに対し、日本における(運動器疾患に対する)神経系の評価・治療コンセプトの第一人者は以下のように語っている。
- 臨床において、神経系単独でアプローチすることは少なく、包括的な筋骨格系アプローチに組み込まれるといった使われ方がほとんどである。
- そのため、RCTを含めたエビデンスを神経系モビライゼーション単独で出していくのは難しい。
- 他と比べて歴史が浅く、超音波を使って生体で神経系がどういう風に動いているかなどの基礎研究レベルでのものがほとんどとなっている。
エビデンスの限界の例② 理学療法は、一つの刺激、手技で完結するわけではない
日本の理学療法士の間では以前、「マニュアルセラピー(徒手理学療法)=関節モビライゼーション」という誤解を持っている人が多かったらしい。
これは、徒手療法の導入初期に間違った認識から広まってしまった事が影響しているという人もいる(誰が広めたかは大方予想がつくが、間違っていてはいけないので割愛する)。
しかし実際は、例えば(少なくとも)「評価・治療の流れ」に記載したもの全てがマニュアルセラピーである。
すなわち、マニュアルセラピーでは、関節にも、軟部組織にも、神経にもアプローチするし、そして更には、stabilizationエクササイズを含めた運動療法・予防のための教育や指導もしていく。
これら全てを含めて実施していくので、このなかの一つをとってエビデンスを出せと言われると難しい面がある。
・・・・・・・とのこと。
エビデンスの限界③ 肩関節のインピンジメントへのアプローチ
例えば肩甲上腕関節にインピンジメントが生じている人の中には、肩甲骨周囲筋への機能的マッサージで一時的に肩甲上腕リズムがきれいに改善されてしまい、症状が消失することがある。
ただ、それは即時的効果なだけであり、しばらくすると、またもとへ戻ってしまう。
つまり、この症例から「機能的マッサージは即効性という意味での効果はある」と表現できる一方で、
「持続性という意味では効果がない」とも表現できるということになる。
そして臨床においては機能的マッサージだけで理学療法・作業療法を完結することは少なく、持続性まで考えて、対側のインナーマッスルへの着目であったり、アウターマッスルとのバランスを整えるであったり、別の手法も加味してアプローチしていこうという発想は当然のように生まれてくる。
そう考えると、マニュアルセラピーの手法を一つ切り取って、「即自的効果としてのエビデンスはある」だとか、
「短期的な効果としては他と優位差がないが、長期的にみた場合は優位さを示す」だといった効果の証明も重要ではあるが、
臨床でもっと重要になってくるのは、クリニカルリーズニングであったり、それぞれの手技を組み合わせたりによる相乗効果という着眼点な場合も十分あり得る。
このことから、一つの手法だけを切り取って、これらの議論に終始するのは、臨床での活用と言う点では、あまり意味がないとの意見もある。
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エビデンスに対する私見
上記はマニュアルセラピーを含めたリハビリ(理学・作業療法)エビデンスに対する私見を含めた記事一覧である。
これらの記事を観覧して頂ければ、私のエビデンスに対するスタンスが何となく理解して頂けると思う。
※そして、エビデンスに対するスタンスは療法士によって大きく異なるため、多様な考えに触れて、自身のスタンスを確立してみてほしい(どれが正しくて、どれが間違っているといった絶対的なものはない)。
また、以下の記事でもエビデンス(+臨床推論)について触れているので、こちらもリンクしておく。