この記事では、理学療法の一分野であるマニュアルセラピー(徒手療法・徒手理学療法)について解説している。
記事の後半では、マニュアルセラピー(徒手療法・徒手理学療法)に関する「オススメ書籍」や「講習会情報」のリンクも掲載しているので学習のための参考にしてみてほしい。
目次
マニュアルセラピー(manual therapy)とは
マニュアルとは「手引き・便覧・取扱い説明書」などと訳されることがある。
私たちの身近なところでは、電化製品に付属している説明書であったり、
この世に溢れかえっている「この手順通に行えば必ず上手くいく」といった書籍も、
「マニュアル(本)」と言える。
一方で、マニュアルという用語には「徒手的な」という意味も含まれている。
そして、マニュアルセラピー(manual therapy)は後者を意味し、「徒手的な操作による治療法」を総称した用語とされている。
したがって、「マニュアル化された治療法」を意味しているわけではない。
私たちの体は電化製品の様な精密機械ではなく、非常に多様性を持っており、「マニュアル化された治療法」は通用しない。
そのため、私たちが提供するマニュアルセラピーは、エビデンスをベースとし、
「評価-治療-再評価」の一連の論理的過程であるクリニカルリーズニングによって成される必要がある。
また、可能な限りメタ認知を行い「果たしてこれが最善の選択なのだろうか?」と常に自分を戒めながら、思考を前へ進めていく姿勢も求められる。
整形外科徒手療法・徒手理学療法
マニュアルセラピーは「徒手療法」と直訳することができ、徒手的な操作による治療法を総称した用語といえる。
そして、マニュアルセラピーは徒手的な治療法の中でも、中枢神経疾患に対してではなく、整形外科的疾患(運動器疾患)に対して用いる治療法の総称を指していることが多い。
そのため、マニュアルセラピーは「整形外科的疾患に対して用いる徒手療法」ということで、『整形徒手療法(OMT:Orthopaedic Manual Therapy )』と表現されることもある。
ただし、整形外科的疾患に対して用いられる治療法であっても、オステオパスやカイロプラクターなどは自身が用いる治療法をマニュアルセラピーとは呼ばず、それぞれの固有の名称で表現することがほとんどである。
※彼らの「整形外科的といった限局した物の見方をしている訳ではない」という主張はとりあえず脇に置いておく。
そのため、マニュアルセラピーは整形外科的疾患に対して「理学療法士が用いる徒手療法」を指していることが多く、『(整形)徒手理学療法』と表現されることもある。
マニュアルセラピーは幅広い概念である
なぜ理学療法士が、オステオパスやカイロプラクターと同様に固有名称を使用せず、マニュアルセラピーと表現するのだろうか?
それは、個別の治療方法を、一連のクリニカルリーズニングにより問題解決を図るための単なる引きだしと捉えている側面があるからだと思われる。
※単なる引出の一つとしてオステオパシーなどの手技を用いることもある。
※一部のコンセプトを特別視している理学療法学派の考えは除く。
すなわち、料理に例えるならば、個別のコンセプトは単なる「素材」や「スパイス」に過ぎず、大切なのは料理を組み立てる能力、すなわちクリニカルリーズニングと言える。
さらに言えば、最近は「理学療法士が徒手的に用いる治療法」すらも一つの要素に過ぎず、運動療法、心理学など多くの要素を含めた概念の総称を(広義な意味での)「マニュアルセラピー」と捉える向きもある。
このように広義な意味で捉えた場合、マニュアルセラピーは非常に幅広い要素を含んだ用語と言える。
※中枢神経疾患に対する徒手的な治療法の代表とされるファシリテーションテクニックに比べて、(狭義な)マニュアルセラピーは「徒手的で尚且つ他動的な治療法」という意味合いが強いため、中枢神経疾患に対する用語として使われないのかもしれない。
※ただし、中枢神経疾患であったとしても、筋骨格系の問題を合併していることは多く、これらの要素への介入はマニュアルセラピーと表現されることになると思われる。
※まぁ、どうでも良い話ではあるが・・・
IFOMPTにおけるマニュアルセラピーの定義
ここからは、IFOMPT 2008によるマニュアルセラピーの定義を記載していく(~マニュアルセラピー 臨床現場における実践より~)。
※IFOMPT(International Federation of Orthopaedic Manipulative Physical Therapists:国際整形徒手理学療法士連盟)という組織は、マニュアルセラピーを牽引している組織であり、WCPT(世界理学療法連盟)のサブグループを指す。
マニュアルセラピー(整形徒手療法)とは
- 理学療法学における、神経・筋肉・骨格症状の治療のために専門化したものである。
- 臨床推論(Clinical Reasoning)に基づき、治療において、徒手技術と治療トレーニングを含む非常に特殊な措置を用いる。
- 利用可能な科学的・臨床的エビデンスと、個々の患者の生物心理社会モデルがマニュアルセラピーを形作り、推し進める。
マニュアルセラピー(整形徒手療法)の適用
- マニュアルセラピーの適用は、神経・筋・骨格システムと患者の機能的能力の包括的検査に基づいている。
- この検査は、すでに存在している関節・筋肉・神経・その他システムの機能障害の定義に役立つ。
- それら障害は国際生活機能分類(ICF)における活動制限または機能制限と関連して考えられる。
- 検査はマニュアルセラピーまたは患者にとって適用、または禁忌なのか、予防措置を講じるのか、また構造上の機能異常や病理学的経過においてマニュアルセラピー措置を制限または導くのか、それら状態を区別することを目指すものである。
マニュアルセラピーの内容
- マニュアルセラピーは受動的運動(モビリゼーション・マニピュレーション)やリハビリトレーニング、またはその他の介入・実行方法のような多岐にわたる治療形態を含んでいる。
- マニュアルセラピーの主要な目標は、疼痛を和らげ、患者の機能的能力を改善することにある。
徒手理学療法(マニュアルフィジカルセラピー)とは
理学療法学 第43巻第3号には「エビデンスに基づく理学療法-理学診療ガイドラインを読み解く」と題して、徒手理学療法に関する記事が掲載されている。
そして、この記事では「徒手理学療法」のことを「マニュアルフィジカルセラピー(manual physical therapy)」と表現している。
※この「マニュアルフィジカルセラピー」という用語は、日本理学療法士学会徒手理学療法部門で用いられているものである(らしい)。
この記事でもIFOMPTにおける徒手理学療法の定義や内容が記載されていたので以下にまとめておく。
徒手理学療法(マニュアルフィジカルセラピー)における2大キーワード
徒手理学療法における2大キーワードは「クリニカルリーズニング能力」と「エビデンス推進」とされている。
クリニカルリーズニング能力:
徒手理学療法は、クリニカルリーズニングに基づき、運動療法を含む徒手的治療主義を用いて、神経・筋骨格系コンディションをマネージメントする理学療法の専門分野である。
エビデンス推進:
徒手理学療法は、科学的・臨床的に有効なエビデンスと、対象者における生物心理学的な背景を十分に考慮し包括的に実施する。
徒手理学療法(マニュアルフィジカルセラピー)の種類
徒手理学療法は、セラピストの手(hand)を用いた直接的理学療法主義の総称であり、運動療法に包含される。
広義では徒手的関節可動治療、徒手的伸張運動、徒手抵抗運動、治療マッサージ、PNF手技、動作介助やハンドリングもこの範疇に含まれる。
狭義には、生理学的運動範囲内で柔和な外力を用いるモビライゼーション、運動可動最終域で急激な外力を適用するマニピュレーション、局所安定作用筋の機能賦活を目標としたスタビライゼーション、神経系による運動制御を図るモーターコントロールが代表的な手法である。
モビライゼーションは徒手理学療法の一治療手技であり、治療対象により関節モビライゼーション、神経モビライゼーション、軟部組織モビライゼーションなどの方法がある。
マニュアルフィジカルセラピーのエビデンス
先ほど、理学療法学 第43巻第3号に、「徒手理学療法における2大キーワードはクリニカルリーズニング能力とエビデンス推進である」と記載されていると前述した。
しかし一方で、エビデンス至上主義に陥ってしまうことは避けなければならならず、理学療法学には以下の様な記述もなされてある。
臨床家はRCTで治療効果が証明された治療手技のみに頼るべきでない。
最前線で治療結果を問われる臨床を行っている臨床家にとって、薬剤の治験結果から承認経過を経るようなRCT立証まで対象者を待たせることは出来ない。
日常的に広く用いられているMPT(マニュアルフィジカルセラピー)がRCTで証明されていないからといって片隅に追いやられることは避けたい。
RCTを実施する以前の段階として、エビデンスレベルが低い症例研究、症例シリーズ研究を的確に行い、評価基準と治療プロトコルを定めることが大切である。
理療経済学的視点から「根拠に基づいた医療」は、今後さらに推進されることは無視できない方向性である。
その意味で、「根拠のない理学療法」は保険対象外(アメリカの現状)となる危険性を払拭できない現実がある。
CPG(clinical practice guideline:診療ガイドライン)は、医療経済学を実行するうえで最大の威力を発揮するツールである。
ただ、理学療法の対象者は、ヒトという生命体である。
不確定要素の混在する人の機能障害とその治療介入を統計学的数値で議論するエビデンス至上主義は、相応の危険性を孕んでいる。
CPGは、100%の対象者に対応するスタンダードではなく、70%から95%の対象者をカバーするものである。
各種のCPGの活用に関し、関係者の主観的現実を背景とした活用する側の認識が最重要である。
文献をそのまま読みたい方はこちら
⇒『(外部リンク)理学療法学 第43巻第3号』
参考文献
この記事の主な参考文献は以下になる。
・マニュアルセラピー 臨床現場における実践
・系統別治療手技の展開第2版
・考える理学療法 評価から治療手技の選択
・理学療法学第43巻第3号
・マニュアルセラピー講習会資料
マニュアルセラピーを構成する要素
ここまで、マニュアルセラピーは幾つもの要素で成り立つ床を示してきた。
そんな様々な要素の一例を列挙しておくので、興味がある記事があれば観覧してみてほしい。
関節モビライゼーション
まずは「マニュアルセラピー」と連想されやすいのが、関節モビライゼーションである。
上記リンク先では、脊柱は記載してないものの、四肢に関する簡単なモビライゼーションを取り上げて、分かりやすく解説している。
ブログレベルで学習可能なものが多いので、是非臨床でも活用してみてほしい。
ストレッチング
ストレッチングも、体系化されたマニュアルセラピーを構成する要素の一つである。
上記リンク先では、ストレッチングの概要に加えて、複数の骨格筋に対するストレッチングについても言及している。
ストレッチングもブログレベルでは表現しやすい内容なので、何らかの形で活用してもらえればと思う。
マッサージ
マッサージも、体系化されたマニュアルセラピーを構成する要素の一つである。
そして、上記リンク先では(非常にザックリとではあるが)マッサージを包括的に解説している。
※ちなみに、ストレッチング・マッサージの他にも筋筋膜リリース・等尺性収縮後弛緩テクニックなどは『軟部組織モビライゼーション』として体系化されている。
神経系モビライゼーション
神経学的検査の一つである神経動力学テストを、神経系モビライゼーションに応用することが出来る。
上記リンク先では、神経動力学テストの一覧を記載している。
コアマッスルの段階的トレーニング
PNFを臨床で活用しよう
上記で記載してあるような、局所安定作用筋の機能賦活を目標としたスタビライゼーション、神経系による運動制御を図るモーターコントロールといったことも考慮する。
つまり、徒手療法のみならず、運動療法もマニュアルセラピーの範疇に入るという事になる。
マニュアルセラピー(徒手理学療法)の書籍を探している人へ
マニュアルセラピー(徒手理学療法)の関連書籍を探している人は以下の記事を参照してみてください。
マニュアルセラピーの有名学派に関する書籍(+DVD)は以下を参照
徒手理学療法学派の書籍を紹介します
各学派にとらわれないマニュアルセラピー全般に関する参考書籍は以下を参照
必読! 徒手理学療法の関連書籍を厳選紹介!
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※時間がない方は『エビデンスって必要か?』だけにでも目を通してみて欲しい。
これらの記事を観覧して頂ければ、私のエビデンスに対するスタンスが何となく理解して頂けると思う。
※そして、エビデンスに対するスタンスは療法士によって大きく異なるため、多様な考えに触れて、自身のスタンスを確立してみてほしい(どれが正しくて、どれが間違っているといった絶対的なものはない)。
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分かりやすく解説できていると思うので、クリニカルリーズニングを知らない方はぜひ観覧してみて欲しい。
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このシリーズの中にも、徒手療法に関するエビデンスやクリニカルリーズニングに言及した記事があるので合わせて観覧してみて欲しい。