この記事では、ストレッチングと関連深い用語である伸張反射・Ib抑制・Ia抑制(相反神経抑制)について記載していく。
目次
筋紡錘とゴルジ腱器官
骨格筋やその腱には伸展受容器(stretch receptor)が存在する。
そして、骨格筋に存在する伸展受容器を『筋紡錘(muscle spindle)』と呼ぶ。
また、腱に存在する伸展受容器を『ゴルジ腱器官(golgi tendon organ)』と呼ぶ。
これら伸展受容器は、骨格筋や腱の「長さ変化」や「張力変化」を感知し何らかの反応を示す。
そして、筋紡錘やゴルジ腱器官と密接な関わりがあり、筋をリラクゼーションする上でも理解しておく必要がある専門用語が、今回解説する『伸張反射』『Ib抑制(自己抑制)』『Ia抑制(相反神経抑制)』である。
例えばスタティックストレッチングでは、「いかに伸張反射を誘発せずに、Ib抑制によって筋を弛緩させることができるか」が重要となってくる。
あるいは、「単なるIb抑制だけによる筋弛緩ではなく、拮抗筋の収縮によるIa抑制(相反神経抑制)」も筋リラクゼーションに活用できるポイントとなる。
以降は、伸張反射・Ia抑制・Ib抑制について順に解説していく。
ストレッチング時に避けるべき伸張反射
筋紡錘は筋の伸張を感知して、反射的に「伸張された筋」を収縮させる作用があり、これを『伸張反射』と呼ぶ。
伸張反射は以下の機序で起こる。
・筋が伸張されることを筋紡錘が感知する
↓
・すると、筋紡錘に接続されているIa線維が興奮して、刺激を脊髄へ伝える
↓
・脊髄内へ入ったIa線維は、同じ筋(伸張された筋線維)を支配する多数のα運動ニューロンとシナプスする。
↓
・α運動ニューロンに伝わった興奮は、同じ筋(伸張された筋線維)の収縮を起こす。
この伸張反射を利用した検査が『深部腱反射テスト』である。
腱を打鍵器で叩くと(腱を介して)筋が瞬間的に伸張される。
すると、上記の「伸張反射」が直ちに働き、筋を収縮させる。
腱反射で有名なのは、膝蓋腱反射であり、打鍵器で膝蓋腱を叩くと、(大腿四頭筋が収縮して)膝がピーンっと伸びるのがイメージしやすいのではないだろうか?
この伸張反射は、ストレッチングをする際にも考慮する必要がある。
急激に筋を伸長すると伸張反射が起こってしまい、十分なストレッチング効果が得られなくなる。
※例えば、『他動的なSLR』などでハムストリングスをストレッチングする際に、伸張反射に注意して、ジンワリと時間をかけて筋を伸長していくのがイメージしやすいのではないだろうか?
※これを、ギュッと一気に伸ばそうとすると伸張反射が働いてしまい、なかなか筋が伸びてくれないといった事が起こる。
伸張反射と同時に起こるIa抑制(相反抑制)
伸張反射は前述したように「筋の伸張を筋紡錘が感知し→筋紡錘に接続されているIa線維が興奮→刺激を脊髄へ伝える 」といった順序を辿る。
そして、脊髄内に入ったIa線維は伸張反射として動筋(伸張された筋線維)へ興奮性の刺激を送るだけでなく、拮抗筋へ抑制性の刺激も送っており、この刺激によって起こる「拮抗筋の弛緩」を『Ia抑制(相反神経抑制)』と呼ぶ。
Ia抑制(相反神経抑制)の機序は(途中まで伸張反射とかぶってしまうが)以下となる(赤字からが伸張反射と異なる)。
・筋が伸張されることを筋紡錘が感知する
↓
・すると、筋紡錘に接続されているIa線維が興奮して刺激を脊髄へ伝える
↓
・脊髄内へ入ったIa線維は、介在ニューロン(Ia抑制ニューロン)を介して拮抗筋を支配するα運動ニューロンとシナプスする。
↓
・抑制性の介在ニューロンを介した刺激は、α運動ニューロンから拮抗筋に伝わり、拮抗筋の緊張を抑制する。
つまり、前述した『膝蓋腱反射の例』では「打鍵器で叩いた刺激が、膝伸展運動の主動作筋である大腿四頭筋を(伸張反射によって)収縮させる一方で、拮抗筋であるハムストリングスを(Ia抑制によって)抑制させている」と言える。
このIa抑制(相反神経抑制)のおかげで伸張反射の働きは増強され、運動時の四肢の屈曲や伸展が円滑に行えることとなる。
以下は膝蓋腱反射における伸張反射とIa抑制を示した動画となる。
前半はこの記事と関係ない映像でなのですっ飛ばし、伸張反射・Ia抑制は3分30秒から観覧してみて欲しい。
動画における色使いは以下を示す。
①緑⇒Ia線維
②青⇒α運動線維
③赤⇒介在ニューロン
そして、介在ニューロンを介すかどうかでα運動線維に伝わる刺激が「興奮性」になるか、「抑制性」になるか違ってくる。
※大腿四頭筋には興奮性の刺激が入り、膝が伸ばされる。
※一方でで、ハムストリングスには抑制性の刺激が入り、膝が伸ばされるのを邪魔しないよう働く。
Ib抑制
Ib抑制とは「骨格筋の腱へ伸張刺激が加わることで、その筋の緊張が低下する(抑制さえる)」という現象を指し、『自己抑制』とも呼ばれる(自分で自分を抑制している)。
冒頭でも示したように、腱に存在する伸展受容器を『ゴルジ腱器官(golgi tendon organ)』と呼ぶのだが、例えば以下の様な際にゴルジ腱器官が伸張を感知する。
・筋がストレッチングされる
⇒筋と一緒に腱も伸張される
・筋が収縮する(=縮む)
⇒筋が縮むと、それだけ腱は伸張刺激を受けることとなる。
Ib抑制の作用機序は以下の通り。
・ゴルジ腱器官が前述したような際(ストレッチングや筋収縮した際)に伸張(厳密には張力)を感知する。
↓
・すると、腱紡錘に接続されているIb線維が興奮して刺激を脊髄へ伝える
↓
・脊髄内へ入ったIb線維は、同じ筋(伸張された筋線維)を支配する多数のα運動ニューロンとシナプスする。
↓
・脊髄内へ入ったIa線維は、介在ニューロンを介して同筋を支配するα運動ニューロンとシナプスする。
↓
・抑制性の介在ニューロンを介した刺激は、α運動ニューロンから同筋に伝わり、自己抑制(同筋の抑制)が起こる。
伸張反射・Ia抑制(相反抑制)・Ib抑制をイラストで紹介
ここまでダラダラと記載してきた内容を、イラストで解説したのが以下となる。
上記イラストを参考にしながら、ここまでに記載してきた内容とも読み比べて観てほしい。
少しずつ理解が深まると思う。
ここから先は、Ia抑制(相反神経抑制)とIb抑制について、もう少しリハビリ(理学療法・作業療法)とも絡めながら記載していく。
Ia抑制(相反抑制)はダイナミックストレッチングにも利用される
Ia抑制(相反抑制)は伸張反射とセットで前述してきた。
ただし、リハビリ(理学療法・作業療法)で活用するために押さえておきたいIa抑制のポイントは、(伸張反射とセットで語られるIa抑制ではなく)『主動筋の収縮(過緊張)は拮抗筋の抑制に繋がる』という作用だと思う。
※主動筋を収縮させた場合に、主動筋を支配している神経線維は促通インパルスを送る一方で、拮抗筋には抑制インパルスを送る。
※これにより「主動筋が収縮すればするほどに、拮抗筋が弛緩する」というという現象が起こり、これは『相反神経支配』のなせる業なのだが、これもIa抑制が関与している。
そして臨床では、例えば「ハムストリングスの筋緊張が高い⇒Ia抑制によって大腿四頭筋の筋出力が落ちてしまっているケース」においては以下の様な考えに活用できる。
活用例:その①
このケースにおいて、大腿四頭筋の筋出力の向上を考えたとする。
そんな際は、「大腿四頭筋の筋トレ」のみならず「ハムストリングスの筋緊張抑制」も重要と言える(いくら筋トレしても、ハムストリングスからのIa抑制によって筋出力が再び低下してしまう)
活用例:その②
このケースにおけるハムストリングスの反射的短縮を改善しようと、SLRによるスタティックストレッチングを施行したとする。
そして、反射的短縮が改善し、SLRの可動域も改善したとする。
ただし、そこで終わらずに「得られた可動域内でのSLRの自動運動(大腿四頭筋の収縮)させてIa抑制によるリラクゼーションも施しておくことは大切となる。
「新しく得られた可動域内での運動を施すこと」により以下の効果が期待できる。
- 新しく得られた可動域内での大腿四頭筋の収縮が学習できる。
- SLR自動運動による機械的なハムストリングスの伸張効果に加えて、大腿四頭筋収縮によるIa抑制により、更にハムストリングスの緊張を抑制できる可能性がある。
- 大腿四頭筋が強化されることで、マッスルインバラスが改善される。
※いままで、日常においてマッスルインバランス(大腿四頭筋の弱化・ハムストリングスの過緊張)が起こっていたものが、大腿四頭筋の強化によってマッスルインバランスが改善され、ハムストリングスの過緊張が(大腿四頭筋からのIa抑制によって)正常化する。
Ib抑制はストレッチングの基本
スタティックストレッチングでは、「いかに伸張反射を誘発せずに、Ib抑制によって筋を弛緩させることができるか」が重要となってくると冒頭で述べた。
つまり、Ib抑制はスタティックストレッチングによって反射的短縮が改善される機序そのものと言える。
また、等尺性収縮後弛緩テクニックによる反射的短縮改善の機序でもある。
例えば、ハムストリングスに等尺性収縮を行うと、ハムストリングスが縮む分だけ腱には伸張刺激が加わる。
するとIb抑制(自己抑制)が生じて、ハムストリングスの緊張が緩む。
この「等尺性収縮後弛緩テクニック」にはホールドリラックス・PIR・マッスルエナジーテクニックなど様々な名称がつけられているので興味がある方は以下の記事も参考にしてみてほしい。
外部リンク:等尺性収縮後弛緩テクニックを網羅して解説!
また、以前は「Ib抑制を起こすには最大収縮が重要である」と言われていたこともあるが、最近では軽微な収縮でもIb抑制は起こせることが分かってきている。
なので、ストレッチングの様な「筋の伸張によって疼痛が誘発しやすく、逆に防御性収縮を助長してしまうケース」においても「軽微な筋収縮」をりようすることで安全にリラクゼーションが起こせたりもする。
この様に、Ib抑制や相反抑制などを知っておくことで、用途に合わせて様々な手法を使い分けることができるようになってくる。
Ib抑制の最新の知見
ここからは、Ib抑制に関する様々な知見を以下に紹介して終わりにする。
Ib抑制は収縮力に関係なく生じる(Binderら1977)
Ib抑制は収縮力に関係なく生じることが分かっている。
つまり、昔のように最大収縮を用いなければIb抑制が生じないという考えは一般的ではない。
5gの収縮であってもリラクゼーションが生じるというPIRの考えにも繋がる。
※ただし、最大収縮には(Ib抑制のみならず)腱へのストレッチングも起こせるという利点がある。
なのでPNFでは、「痛みのある際はホールドリラックス(痛みの出ない範囲での等尺性収縮)」、「痛みが無い際はコントラクトリラックス(最大収縮で腱のストレッチングも狙う)」という使い分けをしている。
筋を伸張位でなくても、収縮すればIb抑制が生じる(Sharman et al.,2006)
筋を伸張位でなくても、収縮すればIb抑制が生じることが分かっている。
つまり、筋を伸長させた肢位で実施しなくても効果がある。過敏性疼痛が認められる場合は、短縮位で患者に安心感が得られている状態でもIb抑制を狙えることが示唆される。
ドイツ徒手医学のPIRでは筋を最大伸張位にしていないが、自動運動の最終域であるため「伸張位」であることには変わりない。
なぜ伸張位にするかというと、Ib抑制をより効果的に狙うのが目的ではなく、Ib抑制が生じたかどうかを確認し易い(自動運動最終域で実施しているので、新たな可動域が生じるかどうかが分かり易い)という意味で用いていると解釈すれば良い。
中間域での静止性収縮の有用性
昔のPNFでは、伸張位での最大静止性収縮を実施するよう教えられてきた。
しかし、この方法だと関節や筋損傷の危険性があり、下記の報告も加味した上で、エンドレンジから少し戻した状態でホールドリラックスの施行が推奨されるようになってきている。
- 伸張位でなくとも、収縮すればIb抑制が生じる
- 筋損傷後の筋収縮は伸張位で収縮しない方が安全(Garrett,1996;Ferber,2002)
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