この記事では、リハビリ(理学療法)の一つである『牽引療法(腰椎牽引・頸椎牽引)』という物理療法について、適応・禁忌などを記載している。
また、牽引機が無くとも可能な徒手的牽引も動画を交えて紹介している。
牽引療法とは
牽引療法とは、その名の通り「身体を牽引する(引っ張る)」という刺激を用いた物理療法である。
基本的には脊椎(背骨)の牽引療法を指し、以下の2つの医療機器が存在する。
・頸椎(首の骨)牽引する機器
・腰椎(腰の骨)を牽引する機器
脊椎(腰椎・頸椎)牽引によって生じる作用と禁忌
脊椎(腰椎・頸椎)牽引によって生じる作用と禁忌として一般的に言われてものには以下が挙げられる。
脊椎牽引による作用
・椎間関節周囲軟部組織の伸張
・椎間板、椎間関節の軽度の変形、変位の矯正
・椎間関節の離解
・椎間孔の拡大
・椎間板内圧の陰圧化と椎体前後靭帯の伸張による膨隆髄核の復位化
・ストレッチ効果攣縮筋の弛緩
・マッサージ的効果による循環改善・促進
・・・・・・・・・・・・・などなど。
脊椎牽引の禁忌
・悪性腫瘍
・脊椎カリエス・化膿性脊椎炎・強直性脊椎炎・骨軟化症・脊椎分離症・脊椎すべり症
・外傷に由来する症状のうちの急性期
・全身感染症
・重篤な心疾患
・肺疾患
・骨粗鬆症
・重篤な関節リウマチ
(重篤じゃなくてもリウマチに頸椎牽引の指示は出ないような・・・特に頸椎)
・妊婦
・・・・・・・・・・などなど。
頸椎牽引について
頸椎牽引における「一般論」を記載していく。
頸椎牽引の適応
以下などによって生じるとされている頸部痛や上肢痛:
・頸椎椎間板変性
・頸椎後縦靭帯骨化症
・・・・・・・・・・・・・・・・など。
外傷:
頸椎牽引の牽引力・肢位・時間
頸椎牽引の牽引力:
一般的には、『体重の1/10』から開始し、その後に(必要に応じて)徐々に増加していく(ただし12㎏を限度とする)。
※例:体重60㎏の人は、6㎏の牽引力から開始する。
頸椎牽引する際の肢位:
・背臥位
・椅子座位
※職場に設置されている機器に準じる。
患者は座位姿勢で頭囲ベルト(head halter)を下顎と後頭部に掛けて牽引するのだが、体幹軸に対してどの程度の前傾角度で牽引するのが望ましいかは文献によって多少異なる。
上記イラストは15°と記載したが、前傾20~30°の方向で牽引すると椎間孔は開大しやすいとの意見もある。
頸椎牽引の時間:
・頸椎牽引方法は「持続牽引」と「間歇牽引」がある。
・間歇牽引の時間は15~20分程度で、「10~15秒程度の牽引と5秒程度の休止」を繰り返す。
腰椎牽引について
腰椎牽引における「一般論」を記載していく。
下肢を屈曲させることで「骨盤後傾」や「腰椎前彎の改善」が起こり、椎関関節がディバーゲンスされ、椎間孔も拡大する。
※腰椎の前彎・後彎による影響は『椎間板ヘルニアへの対処法』の「腰椎の屈曲・伸展運動のメリット・デメリット」を参照
「腰椎牽引」の適応
以下などによって生じる腰痛:
・腰部の椎間板変性
・腰部の変形性脊椎症
・・・・・・・・・・・・・・などなど。
以下などによって生じる下肢痛:
・椎間板ヘルニア・椎間板変性
※下肢痛に関しては以下も参照⇒『坐骨神経痛って何だ?』
「腰椎牽引」の牽引力・肢位・時間
腰椎牽引の牽引力:
一般的には、『体重の1/3』から開始し、その後に(必要に応じて)徐々に増加していく(ただし体重の1/2を限度とする)。
※例:体重60㎏の人は20㎏の牽引力から開始する(牽引力の限度は30㎏)。
腰椎の牽引姿位:
・背臥位(膝下にクッションを入れ込み膝軽度屈曲位で安楽な肢位にするなど)
・股関節及び膝関節を屈曲させ上半身を約30°挙上させたsemi-Fowler肢位
・痛みに応じて下肢を90°近く十分に屈曲させて腰椎前彎を軽減させた肢位
あるいは、単純に大腿骨軸の方向に牽引するのが理論的だとする意見もある(ただし、できるだけ楽な姿勢をとらせ、膝関節が30~45°程度屈曲した角度で牽引しても良い)。
腰椎牽引の時間:
・腰椎牽引方法は「持続牽引」と「間歇牽引」がある。
・間歇牽引の時間は15~20分程度で、「10~15秒程度の牽引と5秒程度の休止」を繰り返す。
牽引療法のエビデンス
ここまで牽引療法の一般的な解説をしてきたが、頸部痛や腰痛に対する牽引療法のエビデンスは非常に低く、『理学療法診療ガイドライン 背部痛 P71』では以下の様に記載されている。
頚部痛に対する牽引療法:
・推奨グレードD・エビデンスレベル1
機械的牽引の効果を検証したシステマティックレビューにおいて、間歇牽引は急性もしくは慢性の頚部障害や根症状を伴う頚部障害、ならびに退行性変化に対して疼痛を軽減する効果が示され、一方、持続牽引については疼痛の軽減効果がないことが示されている。
また、頚椎牽引が頚背部痛に対して有効または他の治療法に比べても有効であることを示すエビデンスは不十分であり、有効でないとも言い切れない。
腰痛に対する牽引療法:
・推奨グレードD・エビデンスレベル1
急性から慢性の腰痛において、持続または間歇牽引、短期または長期の施行期間の違いによって、症状改善度、特異的腰痛評価(ODI)、復職に対する効果には全く差異がなく、さらには牽引単独が他の治療と比較して効果的であるともいえず、従来の理学療法に牽引を追加してもその効果に違いがないことが示されている。
ただし、椎間関節や椎間板へ加わる過度な圧迫力が弊害をもたらす可能性も指摘されており、牽引(離開)刺激による機械的・神経生理学的刺激による好反応を臨床で実感出来る場合があることも事実である。
また、牽引によって(持続性はともかく)即自的効果がある場合は、他のリハビリ(理学療法)と組み合わせる価値があるのではとの意見がある。
※「牽引機」といった大掛かりなものではなく、徒手的な牽引によって即自的な効果を狙うこともある(徒手的牽引方法の一例は後述する)。
腰痛患者における牽引の臨床効果は無作為化比較対象試験から疑問視されている。
しかし、局所の機械的効果として牽引により身長の高さが改善すること、頸椎牽引を含め椎体間の距離の増加、椎間孔の拡大、椎間関節間の距離の増加が起こる事が知られている。
したがって、椎間関節拘縮、椎間板変性、狭窄症を疑う患者において牽引を選択することが必要であることを示唆している。
牽引には機械的牽引、自動牽引などがある。
近年、牽引力は低下した椎間板の高さを改善すること、変性した組織改善させることが組織学的所見を元に報告されている。
ただし、牽引療法における機械的効果を期待する場合は注意を要する。
牽引力を強くすることで、症状がさらに悪化する例もある。
つまり、一概に悪いとは言えないが、一概に良いとも言えないということ。
医師によって、牽引療法の指示が出た場合であっても、実施後の反応を確認すること。
※徒手的牽引の場合は療法士自身で判断できる。
関連記事
牽引療法の他にも様々な物理療法があり、それらが適用される場合も多い。
そんな物理療法全般における一覧記事は以下になる。
物理療法を使いこなせ!一人職場療法士が知っておきたい物理療法ポイントまとめ
徒手的牽引も紹介
腰椎・頸椎に対する徒手的牽引法(徒手的な関節の離開)に関する動画があったので、紹介する。
牽引力はいずれも『モビラーゼーションのグレード』に準ずる。
※モビライゼーションンのグレードに関しては以下を参照
腰椎の徒手的牽引
非特異的な腰椎牽引は以下になる。
※プラットホームに背臥位で寝てもらい、療法士が片膝をついて、その上に下肢を乗せ、療法士が両手で骨盤の左右を把持して(腸骨稜に手を引っかけて)牽引する方法もある。
※ベルトがあると動画の様に使用できるので便利(マリガンコンセプトの講習会に出たら、シートベルトの様に丁度良い長さに即座に調節できるベルトももらえる)
※動画の広範では、自身で可能な牽引法も紹介されているので、牽引が効果的だと思えば、これらを患者に指導してあげても良い(ただし、牽引が成功するためには、いかに「腰部の力を脱力出来るか」がポイントとなり、指導出来るためにもまずは自身で試してみてほしい)。
※下肢を介しての腰椎牽引(足を引っ張ることによる牽引)は腰椎より末梢の関節を介すため、グレードの判断がつきにくいので、実際に他者に引っ張られるなどして練習してみると良い。(どのくらい引っ張られたら、どの様な感じがするのか体験しておくと良い)。
分節的な腰椎牽引は以下になる。
疼痛が強い場合でもグレードⅠ~Ⅱの範囲で実施することができる。
療法士の手だけでなく、体も使う(クライアントの膝を押して股関節の屈曲⇒腰椎後彎方向への刺激を伝播させる)と牽引しやすい。
療法士の手で 上位椎体・下位椎体を引き離す際は、一度(軽く)皮膚をたわませてからポジショニングしたほうが良い。
※そうしなければ、牽引刺激を加えようとしても単に皮膚が突っ張るだけになることがある。
グレードⅢ(伸張刺激)の牽引を加えようと思った場合、この方法では十分な牽引力は加えられない(あくまでグレードⅠ~Ⅱの神経生理学的な効果を狙った刺激を加える方法と捉えたほうが良い)
※どうしても伸張刺激を加えたいのであれば、前述した背臥位での非特異的な牽引の方がまだ適している。
※過少運動性・過剰運動性が混在した腰椎において、『特定な分節だけに刺激を加えたい場合』は以下の動画の方法が適している。
頸椎の徒手的牽引
頸椎の場合は、神経生理学的効果を狙ってグレードⅠ~Ⅱで実施する場合が多く、即自的な効果も期待できる。
一方で、グレードⅢで実施する場合は、適応かどうかリスクも踏まえて十分注意する必要がある(動画では分かりやすく引っ張りまくっているが、実際の臨床で用いる場合は注意すること!)。
少し『牽引療法』からは脱線するが、見た目は同じような方法でも、後頭下筋のマッサージやリリースなどを組み合わせて実施することもある。