この記事では、痙縮の抑制に有用だとされている『ボツリヌス療法(ボツリヌス注射)』に関して、効果や適応疾患・禁忌・副作用などについて、解説している。
目次
ボツリヌス菌とは
ボツリヌス療法とは、ボツリヌス毒素を体内へ注射する治療法の事である。
でもって、「ボツリヌス菌」に関して理学療法学事典では以下の記載がある。
ボツリヌス菌とは:
食中毒(ボツリヌス中毒)を起こす細菌で、腸詰菌とも呼ばれる。
免疫学的にA~Gの7型があり、いずれも強力な神経毒素を生成するが、易熱性で加熱(80℃、20分間)で失活する。
ヒトのボツリヌス中毒例ではA・B・E・F型が記録されている。
でもって、「ボツリヌス菌が生成するタンパク質」が『ボツリヌス毒素』であり、このボツリヌス毒素を注射するのが『ボツリヌス療法』という事になる。
ボツリヌス療法による痙縮抑制の理屈
前述したように、ボツリヌス毒素(botulinum toxin)はボツリヌス菌が産生する蛋白質である。
でもって、以下の理屈で痙縮が抑制される。
- 運動神経終末の細胞膜にある毒素受容体蛋白質に結合し、エンドサイトーシスにより小胞に包まれて細胞内に取り込まれる。
↓
- 毒素は小胞内で切断され、細胞質内に活性サブユニットが遊離する。
↓
- その活性サブユニットが、アセチルコリンの詰まったシナプス小胞のエキソサイトーシスに必要な3種類のSNARE蛋白質の1ないし2種類を切断することにより、シナプス間隙へのアセチルコリン放出を阻害する。
※ボツリヌス毒素には、A・B・C・D・E・F・G型があり、日本で使用されているA型毒素はSNAP-25(synaptosomal-associated protein 25)と呼ばれるSNARE蛋白質を切断する。
ザックリ解説するならば、ボツリヌス療法による痙縮抑制は以下によってなされる。
ボツリヌス療法の禁忌と副作用
ボツリヌス療法の禁忌と副作用は以下の通り。
ボツリヌス療法の禁忌:
- 全身性の神経経筋接合部の障害をもつ患者
(重症筋無力症、ランバート・イートン症候群、筋萎縮性側索硬化症など)
- 痙性斜頚においては高度の呼吸機能障害のある患者
- 妊婦および授乳婦ボツリヌス毒素に対し過敏症の既往歴のある患者
ボツリヌス療法の副作用:
主な副作用は施注部局所の炎症であり、通常は軽度かつ一過性。
その他の副作用としては以下が起こり得る(あくまで可能性)
- 全身の発熱
- 倦怠感
- アナフイラキシ一
- 過剰な筋弛緩による筋力低下
- 抗体産生による無効化
(反復投与による抗体産生を防ぐため、投与を継続するならば、投与間隔を3カ月以上あける必要がある)
また、ボツリヌス療法の「痙縮(筋緊張亢進)を抑制する」という効果はメリットであると同時に、デメリットに働くこともある。
※例えば、下肢筋へボツリヌス療法を施行することで痙縮は改善されるが、筋力の低下を招き、立位や歩行の機能が低下することがあるなど。
ボツリヌス療法の効果は永続的?
先ほど以下の様に記載した。
でもって、これらの再神経支配により効果は無くなる(アセチルコリンの放出が阻害されなくなる)。
でもって治療効果は、通常は数日後から現れ、2週~1カ月でピークとなり、徐々に減衰する。
つまり、ボツリヌス療法の効果は永続的ではない。
適応疾患は?(ボツリヌス療法は、脳卒中治療ガイドラインでも推奨)
ボツリヌス療法は、「脳卒中治療ガイドライン2015」で脳卒中後上下肢痙縮の治療に強く推奨されるなど、リハビリ テーション治療における期待度は高い。
ポツリヌス毒素はγ運動線維終末にも作用し、筋紡錘を弛緩させるのでIa群求心性線維の活動が低下し痙縮が軽減する。
なので、ボツリヌス療法は以下などで上下肢に痙縮を呈している疾患に適応がある。
・脳卒中
・外傷性脳損傷脊髄損傷
・脳性麻揮などにより上肢あるいは下肢痙縮を呈した症例はポツリヌス療法
・眼瞼痙攣
・痙性斜頸(⇒痙性斜頸の治療)
・書痙などの局所性ジストニア
※小児脳性麻痺患者に対しては、下肢痙縮による尖足に対するボツリヌス療法が保険診療において認可されている。
脳卒中や小児麻痺に対する痙縮にフォーカスすると、以下などによる歩行障害に有効である。
- 内反尖足
- 槌趾
- はさみ足(股関節内転)
- ハムスリングス(あるいは大腿四頭筋)下腿三頭筋の過緊張
また、上腕二頭筋の緊張亢進による肘屈曲は、患者にとって外見上の問題点となり得る。
なので、上肢機能の改善を望めなくても(廃用手かどうかは別として)、容姿の改善を求める患者の希望によってボツリヌス療法が施行されることもある。
※費用がかかるが、容姿の改善は『QOLを高める』との意見もある。
ボツリヌス療法とリハビリの併用で痙縮を抑制
最後に、脳卒中片麻痺に対する「ボツリヌス療法とリハビリの併用」に関して記載して終わりにする。
ボツリヌス療法は、前述したように効果が永続するわけではない。
でもって、ボツリヌス療法で痙縮が抑制されている状態でリハビリを併用することで、(ボツリヌス療法の効果が薄れてきても)痙縮を抑制することが期待できる。
そもそも痙縮が起こると、相反抑制で拮抗筋が弱化してしまう。
裏を返せば、ボツリヌス療法で痙縮が抑制されている間に拮抗筋の収縮を促すことは重要である。
※拮抗筋に対する伸張反射やタッピングも活用
その他、筋の持続伸張(Ib線維やⅡ線維を介するγ運動系の抑制)の併用も有用である。
この記事では、痙縮の抑制に関して『ボツリヌス療法』を取り上げたが、ここで述べた内容も含めたリハビリや物理療法(温熱療法、拮抗筋への電気刺激や振動刺激など)も活用される。
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