この記事では、「人間関係の依存」にフォーカスを当てて『依存』について解説していく。

 

依存の種類

 

依存は以下の様に分類される。

 

①物質への依存(ニコチン・アルコール・薬物・食べ物など)

 

②プロセスへの依存(ギャンブル・インターネット・セックス・買い物・仕事など)

 

③人間関係への依存(恋愛・カルト宗教・DV・虐待など)

 

この中で、今回は人間関係への依存に関して記載する。

 

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人間関係への依存について

 

人間関係への依存は、他人から得られる承認や愛情などの社会的報酬によって脳の報酬系が活性化することが原因である。

 

したがって、本人だけを観察していても気づきにくく、「その関係を作っている人物」とセットにして考える必要がある。

 

※セックスも、恋愛関係の延長上と考えれば「人間関係への依存」に分類されると思われがちだが、必ずしも恋愛関係の延長上でなくともセックスという「行為」は出来る(例えば風俗など)。

なので、プロセス依存となる。

 

人間関係への依存でよくみられるのは、単純で一方通行な人間関係である。

 

私たちは通常、何の制限もなければ友人関係、恋人関係など、対等で双方向の人間関係を築く。

 

ところが稀に、友人・恋人関係であっても、片方がもう一方を強く支配したり、逆に完全に従属したりしている縦の人間関係がみられ、これは依存を疑わせる特徴と言える。

 

 

一方通行な人間関係依存の例

 

一方通行な人間関係依存には以下のような種類がある。

 

 

依存性人格障害

 

大人になっても親離れができない人が該当する。

また、特定の宗教団体や教祖を心酔してしまうことも該当する。

 

 

利他的従属

 

誰にでも親切で優しく、頼まれたら嫌とは言えず、時にはお金も貸してくれるという人がいる。まるで好かれる人物の見本とも言えるが、このタイプの人も依存症である可能性がある。

これらの人の中には、相手に何かをすることで「賞賛や感謝という社会的報酬」をもらう嬉しさの虜になっているケースが存在するからである。

例えば相手が自分の人の良さに付け込んでいることに気づいていても、社会的報酬の甘美さに逆らえないといった重症なケースも存在する。

また、同情を買うような話につられて多額の商品を買ってしまったり、怪しげな事業に出資したりして全財産を失うこともある。

 

 

世話型依存

 

例えば、母親の教育熱心が度を越すケースの一部が該当する。

この種の母親の中には、「子供のため」ではなく「自分が社会的報酬を得たいがため」に子育てをしている場合がある。

人間関係では下位であるはずの子供に依存してしまっていることになる。

世話型依存を長い間受けた子供は、自分では何もさせてもらえず、依存型人格になる危険性があるとされる。

 

 

共依存的な人間関係依存の例

 

一方通行的な人間関係依存は、依存する側・される側が明確だが、共依存的な人間関係依存はどちらも相手に依存している関係である。

 

例えば、ギャンブルにはまって抜け出せない夫に対して、それを支える妻の組み合わせなどが該当する。

 

この場合、夫はプロセス依存の一つであるギャンブル依存になっているものの、それが共依存の理由ではない。

 

夫は妻に貢がせ、世話をさせることで、ギャンブル依存を克服できない自分の無力感を忘れ、王様のような気分になりたい可能性がある。

 

その場合、無理な要求を繰り返し、かなわないと手を上げたりもする。

 

妻の方は夫のギャンブルと暴力の犠牲者のように見えるが、実際には「この人を支えられるのは私だけだ」と思い、夫の仕打ちに耐えて尽くすことで満足感を得ていると考えられる。

 

他にも「わがままな子供とそれに耐える母親」「働かない彼氏を支える同棲中の彼女」などにも、この共依存関係がみられる。

 

 

病的依存:ミュンヒハウゼン症候群

 

ミュンヒハウゼン症候群とは、嘘、または大げさな病状を吹聴して、周囲の関心や同情という社会的報酬を得ようとする症候群を呈する。

 

この症状を有している人は、病気の時に手術を受け、周囲の同情や賞賛という社会的報酬を得た経験のある人に多いと言われている。

そして、その経験が忘れられずに再び同情や賞賛に包まれたいとの思いから病院を渡り歩くこともあるという。

 

また、関連した症候群に「代理ミュンヒハウゼン症候群」がある。

 

これは自分が病気だと偽るのではなく、子供を病気に仕立て上げて周囲の同情を買うという行動がみられる。

 

そのために実際に子供に毒物を服用させたり、注射をして病気にさせてしまったり、時には殺してしまったりすることもあるという。

つまり、子供を殺し手でも社会的報酬を得たいと考えていることになる。

 

このような病的な状態に陥ることは稀だと思われるが、私たちが遭遇する慢性疼痛を有したクライアントも『痛み行動』として(程度は違えど)似たような行動をとることで、社会的報酬を得ようとしてしまうことがある。

 

 

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