この記事は『仮説演繹法』と『パターン認識』について解説している。
これらは、徒手理学療法における臨床推論過程で使われる用語であり、
私達が「臨床で何気なく展開している思考法」を言語化してくれている。
なので、自身の思考を「視える化」する意味でも知っておいて損は無い。
臨床推論における『仮説演繹法』
演繹法(deduction)とは以下を指す。
一般的な法則や論理の規則を用いて仮説を先に設定し、実験や観察によって得られた特定のデータを用いてその仮説を検証する方法。
~理学療法学事典より~
クライアントから得られる情報から、様々な想定(=仮説)が導き出される(=演繹)。
仮説は順番に検証され、仮説が確証として残るまで順番に消去されていく。
医師を例にした仮説演繹法
例えば、患者が上肢挙上の際に肩に疼痛が生じるため医師のところへ来たとする。
この初期症状から以下のように仮説が推論される。
- 関節リウマチ
- 凍結肩
- 腱板断裂
- 頸肩腕症候群
・・・など。
そして医師は、この推論に基づき、適した検査を通して検証し、
段階的に仮説が診断として残るまで他の推論を消去していく。
関連記事⇒『逆転裁判! 病院敗訴の鍵は『診断的治療』にあった!』
理学療法を例にした仮説演繹法
例えば患者が上肢挙上の際に肩に疼痛が生じるため理学療法士のところへ来たとする。
この情報から最初の仮説が以下のように推論される。
- 滑液包炎・棘上筋腱炎
- 腱板機能不全
- 肩関節副運動の異常(過剰運動性・過少運動性)
- 脊柱アライメント不良
- 頚椎機能障害の影響
・・・など。
そして理学療法士は、この推論に基づき、適した評価を通して検証し、
段階的に仮説を証明していく。
また、「試験的治療を試みて仮説検証することにより、有用な治療手技を選別する」っといった手法も仮説演繹法に該当する。
関連記事⇒『診断的治療と試験的治療』
仮説演繹法の特徴
仮説演繹法の特徴として以下などが挙げられる。
初学者が用いやすい
パターン認識が出来ない初学者が用いやすい
知識に依存する
仮説演繹法の「仮説の数」や「確実性の度合」は理学療法士の知識に依存している
知識と臨床経験が少ない理学療法士は、さらなる推論を導き出せず、場合によっては他の原因を見過ごしてしまう可能性がある。
思考に時間がかかる
パターン認識に比べて、問題点を1つずつ処理していくため時間がかかる(ただし、知識・臨床経験とともに効率は良くなる)。
難渋するケースで活用
困難なケースの場合、パターン認識に依存しては問題が解決できないことがある(あるいはベターな選択が取れない場合がある)。
この様な事態を避けるために仮説演繹法は有用となる。
検証作業に時間を要す
パターン認識と異なり検証が必要なため、時間がかかる。
知識が豊富≠演繹法が上手
知識が豊富でも、多大な可能性を上手に整理して、混乱しないようにしなければならない。
この点も臨床経験が左右する(学生が有しているはずの「学校で学んだ知識」が「臨床実習で上手く活かせない」などは分かりやすい)。
「仮説演繹法」は後方視的評価
仮説演繹法は、検証することで証明される。
つまり例えば、主観的検査・客観的検査を通して形成された仮説は,治療後の再評価で証明される。
分かりやすい表現をすると「やってみて、はじめて証明される」っということ。
一方で「やらないことで、証明さえる」っという事もあり得る。
例えば、複数の刺激を入力した後にクライアントが良くなったとする。
ただし「どの刺激が効果的だったのか(何が問題だったのか)」は分からない。
そのため「刺激の種類を減らすことにより検証する」っということも検証となる。
例えば「○○が問題だと思って○○という刺激を加えた」っと考えているなら、
クライアントに分からないように「前回とは(似て非なる)刺激」を加えてみる。
それで良くなった場合、思い込みから解き放たれることとなる。
関連記事⇒『理学・作業療法士が知っておくべき「プラセボ効果」のまとめ一覧』
パターン認識
パターン認識(pattern recognition)とは、以下を指す。
様々な対象に存在する単一の特徴的な要素の集団ではなく、各要素間で共通に認められる性質全体をパターンといい、それらの対象にパターンの存在を確認すること
~理学療法学事典より~
パターン認識では、「目の前にで起こっている現象」と「理学療法士自身の経験」の類似性を全体的に認識するものである。
例えば、以下の様な「雰囲気」を持った高齢者を目にしただけで、パッとパーキンソン病が頭をよぎるのことなどが良い例だ。
- 前傾姿勢
- 小刻み歩行
- 仮面様顔貌
パターン認識の特徴
ベテランが用いやすい
経験が蓄積されたベテランが用いやすい。
ここでいう「ベテラン」とは、専門領域におけるベテランを指す。
経験年数を重ねた理学療法士も、今までの専門とは外れた問題に直面すると、初学者と化し、より仮説指向的な方法による推論に頼るようになる。
なので厳密には「経験のある臨床家が、馴染みのある症例に用いることが多い」っというのが正しい。
判断が迅速下される
仮説を検証する作業は無く、経験に裏付けされた直感も関与するため、判断が速い。
なので効率が良い
バイアスを生む可能性
性急な主観的仮説に固執してしまい、臨床的に重要な所見の見落としにつながることもある。
双方向的な「水平思考」の重要性
ここまで記載してきた「仮説演繹法」や「パターン認識」は一方向性な思考である。
一方で「思考を行ったり来たりさせる」的な双方性な思考も重要であり、これを「水平思考(lateral thinking)」と呼ぶ。
水平思考とは:
まったく異なった観点から思考してみようとする独創的な考え方。既成の考え方にとらわれない自由な発想転換が斬新なアイデアを生み、問題解決に有効とされる。
~理学療法学事典~
下記の「仮説演繹法」や「パターン理論」の矢印が一方向なのに対して、
上記の「水平思考」は双方向なのが特徴。
水平思考のポイント
水平思考のポイントは以下の通り。
- 一度決定をしても思考を中止せず継続する
- 特別な目的を持たずに思考を巡らせる
- 関係ないと思われる情報も歓迎する
- 現在の作業仮説に疑問を持つ
・・・など。
仮説演繹法・パターン認識・水平思考の組み合わせ
ここまで、以下を解説してきた。
- 一方向性の思考(仮説演繹法+パターン認識)
- 双方向性の思考(水平思考)
そして臨床においては、(当然のことながら)これらの思考が各々で独立しているわけではない。
臨床では、無意識に「仮説演繹法・パターン認識などの様々な思考を展開しつつ、さらには水平思考で別の視点も探してみる」っといった事がなされている。
しかし一方で、思考バランスが悪く、極端に一つの思考をしていることがあり、注意を要す。
そして、「自身はバランスよく思考しているかどうか」と思考を巡らせるには、「自身の思考を思考する(自分を俯瞰してみる)」という『メタ認知能力』が必要不可欠となってくる。
クリニカルリーズニングでは、①経験に裏打ちされた知識、②情報を捉え、それを基に考える能力、③メタ認知、の3つの要素が重要である。メタ認知とは自らのリーズニング(推論)を冷静にモニターし、リーズニングのなかに思い込みや憶測が入り込んでいないかを判断するセルフモニタリングスキルである.この場合の「メタ」は「高次の」という意味である。
メタ認知を意識して、バランスの良い思考を心がけよう。
関連記事⇒『徒手療法とクリニカルリーズニング(臨床推論/批判的思考)』
クリニカルリーズニング時に生じるエラーまとめ
最後に、クリニカルリーズニング時に生じるエラーをまとめて終わりにする。
エラーとしては以下などが挙げられ、これらを「メタ認知」によって予防していくことが重要となる。
- 明確でない仮説の作成
- 少なすぎる仮説での検討
- 十分な情報を標本としない失敗
- 偏った考えや自分の好みの理論に基づくもの
- 症候の関連性に関する発見の失敗
- 原因と結果の間の関連性の混乱
- 演繹的論理とパターン認知との間の混乱
- 不正確な情報の結果生じる乏しい質問や技術
- 第一印象(しばしば他の情報の解釈のバイアスとなる)
関連書籍
関連記事
この記事に散りばめられているリンク先の記事も含めて、関連記事として掲載しておく。
⇒『診断的治療と試験的治療』
⇒『理学・作業療法士が知っておくべき「プラセボ効果」のまとめ一覧』