今回は、「寄付」という行為について解説していく。

 

寄付とは?

 

皆さんは「寄付」に対して、どんなイメージを持っているだろうか??

 

個人的には「街頭で募金活動をしている人達」をイメージしてしまう。

 

つまりは「寄付=お金」というイメージだ。

 

そして、確かに広辞苑には以下のように記載されている。

 

寄付とは、公共事業または社寺などに金銭・物品を贈ること

 

つまり「寄付=金銭・物品を贈ること」と言える。

 

ただし、経済学的には、金銭・物品を渡すことだけを寄付とは呼ばず、以下を指す。

 

寄付とは、相手に見返りを求めず、金銭(物品)を渡したり、ボランティアをすること

 

すなわち「ボランティアであっても寄付に該当する」ということになる。

 

「自身のお金儲けをすることもできる貴重な時間を、ボランティアという形で寄付している」と言い換えることが出来ることからも、金銭と同様に「寄付」と表現できる。

 

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アンケートに答えて下さい

 

早速だが、あなたが以下の2択を迫られた際は、どちらの選択を選ぶだろうか?

A:あなたが1000円もらえる

B:赤の他人が7500円もらえる

 

このアンケートを多くの人にしてもらったとこと、Aと答えた人が多かったようだ。

 

※私もAと答えると思う。見ず知らずの他人はどうでも良いので、自分が1000円もらいたい。

 

 

じゃあ、この質問は??

 

では、以下の2択ならどうだろう?

A:自分が0円もらう

B:見ず知らずの他人が7500円もらう

 

※「0円もらう」というのは日本語的に変だが、あまり気にしないでほしい。

 

 

このアンケート結果でも、Aと答える人が3割もいたそうだ。

 

※自分が結局お金を貰えないなら、他人が7500円をもらっても構わないのではと考えがちだが、結果はそうなってない。

 

※「自分を差し置いて他人だけが幸運をつかむのがシャクに触る」ということだろうか?(汗)

 

 

更に質問を続けます

 

最後に、以下の2択で、どちらを選ぶか考えてみてほしい。

A:自分が1000円もらう

B:彼女or奥さんが7500円もらう

 

この質問だと、先ほどの質問に比べると、Bと回答する人が増えたらしい。

 

※これは、自分の近しい人がお金をもらうのであれば、(仮に自分が貰えないのだとしても)嬉しいという気持ちが芽生えるという事を意味しているのではと考えられている。

 

 

同様な質問を、他国でも検証した結果

 

ここまで3つのアンケートを実施してきたが、このアンケートは日本のみならず、以下の国々でも同時に行われた。

 

  • アメリカ
  • ドイツ
  • マレーシア
  • 韓国
  • 香港
  • シンガポール

 

その結果、日本人はアメリカやドイツ人と比べて「近しい・親しいと思っている人の範囲」が狭いということが分かった。

 

※分かりやすく言えば、アメリカ人やドイツ人は、「近所の人」「恋人の友人」なども近しい人と捉える人が多い一方で、日本人はこれらを近しい人とは捉えないなど

 

 

日本人の金銭的な寄付は少なめ

 

日本人の金銭的な寄付は少なめとされている。

 

これは、何らかの被災が生じた際に「かわいそう」などの感情が湧くものの、日本人の「近しい・親しいと思っている人の範囲が狭い」といった特徴から、(海外と比べると)寄付が集まりにくいといった例が分かりやすいかもしれない。

 

また、海外のセレブは積極的に寄付をしているが、この姿勢も日本のセレブとは少し異なった印象を受ける人が多いのではないだろうか?

 

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寄付をした人の幸福度が上がる件

 

経済学における『寄付』の意味は以下であると前述した。

 

相手に見返りを求めず、金銭を渡したり、ボランティアをしたりすること

 

つまり、ボランティアも寄付になるということだ。

 

そして、寄付は「相手に見返りを求めない」という点においては「奉仕の精神の成せる業」であり、相手から直接何かを受け取るわけではないのだが、それでも寄附には便益がある。

 

それを示した研究として、カナダで行われた以下のような研究がある。

 

被験者に現在の幸福度を尋ねて5ドル渡す。

 

半数には「今日中に自分のためにお金を使うこと」、もう半数には「今日中に他人のために贈り物を買うか寄付してください」と伝えた。

 

その日の実験が終わった後に、再度幸福度を尋ねると明らかに後者の方が、幸福度が高かった。

 

これは条件を5ドルを20ドルに換えても、結果は同じであった。

 

すなわち、他人に何かをあげるという行為そのものが、「自分の喜び」という便益に繋がるということになる。

 

この実験はカナダの68分の1のGDPしかないウガンダでも、他人のためにお金を使うと幸福度が高まるという結果が得られた。

 

つまり貧富の差に関係なくこの現象は起こるということになる。

 

一般論として「お金持ちほど幸福度が高い」と思われがちである。

 

で、確かに「(日本円にして)750万円までなら、年収と幸福度が比例する」といった研究結果が出ている(ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンネマンが説いている)。

 

これは、裏を返せば「年収750万円以上の年収であれば、いくら収入が増えても幸福度が高まるとは限らない」ということを意味する。

 

しかし一方で、他者に何か(時間も含む)を分け与えるという行為が、幸福度上昇に貢献できるという事は意外と知られていない。

 

でもって、(このレベルの年収の人は少ないとは思うが)その様な人たちはが幸福度を上げる手法としては「他者への寄付」が挙げられる。

 

 

もちろん、年収云々に関わらず、寄付は金銭的な貢献だけを指さないので、お金持ちでなくとも他者貢献(=寄付)をすることで幸福度は高まる。

 

私たちの仕事であるリハビリ業務は、他者貢献という意味では「お金ももらえて、尚且つ他者貢献により自身の幸福度も高めやすい」といった素晴らしい職業と捉えることが出来なくもない。

 

※もちろん、100%感謝されるばかりではなく、大変な側面もあるかもしれないが、クライアントと関わっていて自身の幸福も実感した事がある人は多いだろう。

 

 

終わりに:ブログによる情報発信は寄付になる??

 

ブログを通して社会貢献をしようとする行為は、幸福度に関係してくる可能性がある。

 

※少し表現を補足すると、「ブログという寄付が、本当に他者へ影響をもたらしているか」に関わらず、幸福度に関与する可能性がある。

 

もちろん、収益化できるに越したことは無いのだが「自身の幸福感を高める」といった側面においても使えるツールなのだと思う。

 

※その他、自身の知識整理、健忘禄など、収益化以外にも(自分にとって)様々なメリットがあると思う。

 

※ただし、他にもっと自分の幸福感を高めるものを持っている人は、無理にブログをする必要はないし、単なる時間の浪費にもなり得る(念のため)。