この記事では、私たちの日常やリハビリ(理学療法・作業療法)とも密接に関係している『報酬系』という用語について解説していく。
目次
すべては、この実験から始まった
1945年、モントリオールのマギル大学で博士研究員をしていたジェームズ・オールズと、大学院生だったピーター・ルミナーは、「ラット(ねずみ)の恐怖反応を引き起こす脳領域」に電極を埋め込みショックを与え、その行動を研究していた。
この研究で彼らが期待していた行動は以下の通り。
しかし、彼らが期待していた反応は起こらなかった。
どうやら「恐怖反応を引き起こす脳領域」とは異なった部位に電極を埋め込んでしまったらしい。
でもって、ラットは電気刺激によって以下の反応を示した。
なぜラットは、「嫌がり逃げ回る」のではなく、この様な反応を示したのだろうか?
じつは、彼らが電極を埋め込んだ場所は「刺激を受けると恐怖が生まれる」とは真逆な反応を司る脳部位だった。
そして、オールズとルミナーはその脳部位を『快感中枢』と呼ぶことにした。
さらなる実験
この実験の後に、オールズらは「ラットが自ら電気ショックを操作できるようにしたら、どの様な反応を示すのだろうか?」と考えた。
そして、その反応を確かめるため「ラットがレバーを押すと、自身の脳の快感中枢が電流で刺激される仕掛け」を作った。
するとラットは、レバーを押すと何が起きるかわかった途端、5秒おきに自身へ電気を与え始めた。
この行動は他のラットも同様で、皆が飽きることなくレバーを押し続け、最後には疲れ果てて、動けなくなってしまった。
更には以下の実験で『ラットは脳に電気ショックを受けるためなら、苦痛さえも我慢すること』が確認された。
電流の通った網(触れると痛い)の先にレバーを設置し、ラットがレバーにたどり着くまでに必ず網を踏むように仕向けた。
するとラット達は、ひるむことなく電流の通った網の上を行ったり来たりして、とうとう足がやけどで真っ黒になり、動けなくなるまで辞めようとしなかった。
この実験によってオールズらは「この様な行動を引き起こすのは、脳内で快感が生じているに違いない」との確信を更に深めていくことになる。
人間ではどうなるか?
ロバート・ヒース(精神科医)は、オールズらによるラット実験を、人間を使って検証した。
具体的な実験内容は以下の通り。
患者たちの脳に電極を埋め込み、新しく発見された快感中枢を刺激するコントロールボックスを与えた。
すると、オールズとルミナーの実験用ラットと同じ行動を、患者たちは示した。
何回でも好きなだけ刺激を受けてもいいと指示したところ、患者たちは平均で1分間に40回以上も脳を刺激したとされている。
※休憩のために食べ物を載せたトレーが置かれても、患者たちはお腹が空いていたにもかかわらず、刺激を止めたくないばかりに食べようとしなかったとされている。
※あるいは、担当者が実験を終了して電流を止めようとするたびに猛烈に抗議した患者もいたと言われている。
「快感」だけでなく、「快感への期待」も行動へ駆り立てる
ヒースも、オールズやルミナーと同じように考えた。
つまり、被験者たちは電気ショックによって「しびれるような快感」という『報酬』を手にしているのだろうという考えだ。
そして事実、患者たちは「電気ショックを受けると気持ちが良い」と言っていた。
しかし一方で、被験者の行動を注意深く観察すると、「快感を覚えているというよりは、何かに突き動かされているような印象」も受けた。
「快感中枢」から「報酬システム」へ
ここまでの実験によって示された現象(動けなくなったり、クタクタになるまで刺激を受け続けたいと行動に駆り立てられる現象)に、快感以外の要素があるとするなら、いったいどんな要素なのだろうか?
それは『期待感』だとされている。
※厳密には「興奮によって起こる快感」だけでなく、「期待感によっても快感が起こる」というのが適切な表現
そして、「オールズとルミナーが発見した領域」に関して、科学者らは現在「快感中枢」ではなく以下のように表現している。
『報酬システム(報酬系)』
何故なら、前述した実験でラットが刺激し続けていた脳の領域は、ラットにしびれるような快感を刹那的(瞬間的)に与えるだけでなく、次回も快感を得たいという(あるいは更なる快感が得られるのではないかという)「期待」も与えていたということが後に分かったからだ。
※「快感」だけでなく「期待感」にも関与した部位であるということ。
※厳密には「期待感」も「快感」に繋がる。
そして、彼らが刺激を与えた部分は、快情動をもたらすだけでなく、脳の中でも最も原始的なモチベーションのシステムで、私たちの行動や消費の促進にも作用することが分かっている。
結局、オールズとルミナーが刺激した脳部位はどこだったのか?
最後に、ここまでの内容を、若干の専門用語を交えて解説して終わりにする。
オールズとルミナーが予定していた実験(ラットに恐怖反応を起こさせる実験)は、ラットの中脳網様体に電気刺激を与える実験であった。
しかし誤って視床下部に隣接した『中隔野』に刺激電極を埋め込んでしまった事が、報酬系における研究の出発点となった。
この実験では、視床下部を通る神経線維の束である内側前脳束に入った刺激電極が、強い脳内刺激を誘発したのだと考えられている。
内側前脳束にはノルアドレナリン神経やドーパミン神経が通っているが、ノルアドレナリン神経の主要な起始核である青斑核を破壊しても脳内自己刺激が消失しないことや、ノルアドレナリン再取り込みを選択的に阻害する薬物には報酬効果がないことから、ノルアドレナリンは報酬中枢に関与していないことが分かった。
ドーパミン神経の主要なものには以下の2つが存在する。
- 黒質(A9)から側坐核へ投射する系
- 腹側被蓋野(A10)から側坐核や前頭皮質へ投射する系
上記の中で②が報酬中枢に関わっており、側坐核が刺激されると快情動が引き起こされることが分かっている。
そして、ドーパミンによって快情動が引き起こされるのは、何も「興奮している最中」だけでなく、「興奮を予感している最中」にも引き起こされ、この「興奮を予感している際中のドーパミン」こそが、私たちを行動に駆り立てる原動力となっている。
A10神経が脳内報酬系であることが明かしたのはオールズの弟子でアリエ・ラウテンバーグである。
ドーパミンは中枢神経系に存在する神経伝達物質であり、運動調節、認知機能、ホルモン調節、感情意欲、学習などに関わる。
ドーパミン神経細胞は中脳の黒質および腹側被蓋野で興奮するが,このうち腹側被蓋野の細胞群のほうから伝達されるA10ドーパミンが広範囲調節系として働く。
特に関与するのは前頭前野と前方の大脳辺縁系である。
このドーパミン作働性投射は、ときに中脳皮質辺縁ドーパミン系と呼ばれており、報酬系に主に関与しているといわれている。
つまり、この経路はある種の適応行動の重要性を評価したり、強化したりする役割をもっている。
~『ペインリハビリテーション』より引用~
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報酬系とドーパミン
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