今回は、「書籍:マニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニングのすべて」を紹介しつつ、書籍内で「中枢神経系の重要性について言及されている症例」を発見したので、その症例の雑感も記載していく。
理学療法士・作業療法士の皆さんで、マニュアルセラピー(徒手療法)・クリニカルリーズニング(臨床推論)に興味のあるかは是非一度(立ち読みでも良いので)手に取ってみてほしい一冊である。
目次
マニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニングのすべて
「書籍:マニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニングのすべて」では、様々なマニュアルセラピストが、クリニカルリーズニングをしながら症例へ治療を展開していく様が記載されている。
ある徒手療法講習会に参加した際に、この書籍を多くの受講生が持っていた事から、徒手療法(あるいはクリニカルリーズニング)に興味がある方なら既に持っている人も多いかもしれない。
一方で、この書籍は「それぞれのセラピストが一症例ずつ持ちよって、どの様にクリニカルリーズニングをしていったかが、質疑応答形式で進行していく」という独特な特徴を持っており、独特であるが故に好き嫌い(あるいは読みやすいか、読みにくいかも含めて)で意見が分かれる書籍な印象も受ける。
確かに書籍の中に登場するセラピストは、徒手療法の世界ではビッグネームな人達であり、その人達のクリニカルリーズニングを垣間見れるのは非常に意義深いと感じる。
しかし、どうも「質疑応答形式の文体」は私に合っていないようで、読み進めていくうち睡魔に襲われてしまい、セラピストが提示する症例を最初から最後まで通して読み終えることが出来たのは数例のみとなっている。
そんな私が読み終えた数少ない症例の一つは、デイビッドバトラーの症例だ。
以降の記事は、そんなデイビッドバトラーの症例を介して「マニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニングのすべて」で感じた事を記載してみる。
ちなみに目次は以下の通りで、ビッグネームが名を連ねている。
もし、現在学んでいる徒手療法の概念と関連のあるセラピストが載っているのなら、その症例を通してインスピレーションを受けることもあるかもしれない。
また、各々の評価や治療を手当たり次第に試すのではなく、それらアプローチの行間に存在するマニュアルセラピストの「思考」に触れることができるという点でも、斬新な書籍だと思われる。
※そんな斬新な書籍なのに、何でおまえは睡魔に襲われているんだというツッコミはしないで頂きたい。
~目次~
第 I 部 徒手療法におけるクリニカルリーズニングの原理
第1章 クリニカルリーズニングへの導入(Mark A. Jones, Darren A. Rivett)
第 II 部 実践におけるクリニカルリーズニング
第2章 63歳女性の腰痛と両下肢痛(Mark Bookhout)
第3章 テニス肘と頭痛を伴った慢性的に持続する腰部,下肢,胸部の障害(David Butler)
第4章 13年以上にわたる慢性腰痛(Dick Erhard, Brian Egloff)
第5章 55歳主婦にみられた必要以上の恐怖回避と身体的能力障害(Louis Gifford)
第6章 整備士の慢性肘痛(Toby Hall, Brian Mulligan)
第7章 慢性の腰部・尾骨痛(Paul Hodges)
第8章 14歳女性の足関節捻挫(Gary Hunt)
第9章 熟年運動選手の頭痛(Gwendolen Jull)
第10章 秘書業務とスポーツ活動の制限を余儀なくされた胸椎の痛み(Diane Lee)
第11章 16歳長距離水泳選手の両肩関節痛(Mary Magarey)
第12章 内側側副靱帯修復後のプロアイスホッケー選手(David Magee)
第13章 プロテニスプレーヤーの膝蓋大腿関節痛(Jenny McConnell)
第14章 方向選択と中心化をもとにした,腰部・下肢痛患者に対するセルフマネージメント(Robin McKenzie, Helen Clare)
第15章 交通事故後の頭蓋脊椎関節機能異常(Erl Pettman)
第16章 事故後金属固定を行った裁判官の橈骨骨折(Robert Pfund, Freddy Kaltenborn)
第17章 慢性顔面痛を呈した大学生(Mariano Rocabado)
第18章 成長期の股関節痛(Shirley Sahrmann)
第19章 腰痛と坐骨神経痛を呈したスポーツ愛好家のソフトウェアプログラマー(Tom Arild Torstensen)
第20章 鼠径部痛により「自宅に閉じ込められた」高齢女性(Patricia Trott, Geoffrey Maitland)
第21章 慢性産褥期骨盤痛(John van der Meij, Andry Vleeming, Jan Mens)
第22章 慢性腰痛患者に発症した急性腰痛(Richard Walsh, Stanley Paris)
第23章 筋骨格系疾患を装う非骨格系疾患(Peter E. Wells)
第24章 余暇活動を妨げる前腕痛(Israel Zvulun)
第 III 部 教育理論と教育開発
第25章 クリニカルリーズニング学習に関する教育論と原理(Joy Higgs)
第26章 徒手療法におけるクリニカルリーズニング(Darren A. Rivett, Mark A. Jones)
デイビッドバトラーが症例を通して伝えたかったこと
ここから先は、デイビッドバトラーの症例に関して記載していく。
デイビッドバトラーは神経系への機械的な刺激を、「神経系モビライゼーション」として臨床へ応用した人物として有名だ。
ただし、この本に登場する症例には、神経系モビライゼーションを用いていない。
※神経ダイナミックテストとしてスランプテストなどは評価として出てくるが、多くの理学検査と同レベルの扱いである。
もちろん、デイビッドバトラーだからといって、神経系モビライゼーションを用いた症例を提示する義理は無いが、徒手理学療法を学んでいる者の立場からすれば、神経系モビライゼーションなどを用いてスマートにクライアントの症状を改善してしまうような内容を読んでみたかったという人もいるのではないだろうか?
しかし、残念ながらほとんど言及されていない。
では、この症例において何がメインテーマになっているかと言えば、個人的には「痛みにおける中枢神経系の重要性」についてだと思っている。
そもそもバトラーは現在、自身が提唱していた末梢神経に対する神経系モビライゼーションよりも、痛みと中枢神経系の関与に対するエビデンスに注目しており、このエビデンスに則した介入を研究していると聞いたことがある。
そして、この症例を読む限り、その情報はあながち間違っていない印象を受ける。
もちろん、この事が=神経系モビライゼーションを否定している訳では全く無いが、
一方で中枢神経系の重要性を強く感じていることは間違いないと思われる。
デイビッドバトラーのマニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニング
デイビッドバトラーが提示した症例に関して、どの様なマニュアルセラピー・クリニカルリーズニングが展開されているのだろうか?
話のオチとしては、デイビッドバトラーは主観的評価・客観的評価を通して、クライアントとの対話を重要視した介入を行っている。
※バトラーは初診時に主観的評価・客観的評価に45分の時間を費やしている。
つまり、マニュアルセラピーを「徒手的な治療法」と訳すのであるならば、マニュアルセラピーを実施していないということになるのかもしれない。
※ただし、最近の潮流として「マニュアルセラピー」と言う用語は、もっと広い意味で用いられるようになっている。
関連記事⇒『マニュアルセラピーとは』
そして、この症例は(バトラーが意図していたかどうかに関わらず)マニュアルセラピーを用いずに、対話によるクリニカルリーズニングによって問題解決に導いていったケースと言える。
※ちなみにバトラーは、この症例を「臨床所見に対する考え方とプロとしての方向性に重大な変化をもたらした数少ないクライアントの一人」と位置付けており、非常に印象深い症例であったことが推測される。
「マニュアルセラピーを用いずに問題解決に導いていった症例」と記載したが、このクライアントの訴える症状は、2回にわたるバトラーのセッションによって、結局のところ完全に消失するには至らなかった。
にも関わらずバトラーは、3回目の治療予約で訪れたクライアントから「私はもう通う必要はないと思うわ」と治療の打ち切り(卒業?)を提案されている。
このクライアントの発言の意図は「症状が完全に消失したから通う必要がない」でも「症状が全く改善されないから通いたくない」でもない。
この場面でのクライアントの発言を以下に抜粋する。
「私はもう通う必要はないと思うわ」と彼女は言った。
「夜通し考えていたわ。私はずっと医師や専門家、セラピストのところに通い続け、もううんざりしているのよ。
私が本当に望み続けてきたことは2つのことだったの。
ちゃんとした検査を受けたかったということと、もとどおりになって自分自身をいためつけることなくもっと庭いじりをし、もっと動きたかったということ。
今ならそれができると思う。
毎日少しずつ仕事を増やしていくわ。
ちょっとした痛みなら大丈夫だけど、30分くらい止めて、次の週から穴掘りや種まきなどをして時間を伸ばしていくつもりよ。
今の時期は日が長くなってきているから、ぴったりだと思うのだけれど、仕事での活動も増やしていきたいし、子供たちと一緒にテニスも少しやってみたいの。
あなたが必要になったら電話します。」
また、後日談として以下のような内容が記載されている。
『(バトラーは)主治医から、彼女は以前よりもうまくやっていると聞いた。
およそ半年後、彼女の娘が膝の怪我でクリニックを訪れた。
母親であるルビーからの紹介であった。
「お母さんはどう?」と聞くと、彼女は「ああ、そんなに悪くないみたいですよ。
庭にたくさん出ているし、ちょっとテニスもしているし、仕事も楽しいみたいです。まだ腰が痛いとかってぶつぶつ言っていますけど」と答えた。』
なぜバトラーは膨大な臨床経験の中から、わざわざ「この様な症例」を選んだのだろうか?
もっとカッコ良く、スマートに痛みを消失出来た症例を選んでも良かったのではないだろうか?
理学療法士・作業療法士が運営するブログでも「ここを、こーして、あーしたら、あっと言う間に膝痛が治った」とか「先日もドクターショッピングをしていたクライアントを1回の施術で改善させて大感激された」とか、カルテに書いておけばそれで済むような情報をわざわざ意味不明にブログに投稿する人々は大勢いる。
しかし、彼らが読者に伝えたい情報と、バトラーが伝えたい情報とでは、根本的に違うのだと思われる。
※私が記載するような自己満足記事とも全く異なっている印象を受ける。
デイビッドバトラーほどの大御所が、「マニュアルセラピーのクリニカルリーズニング」などと題された書籍に、なぜ「あえてこの症例を投稿したか」を考えると、非常に意義深いものを感じずにはいられない。
マニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニング:終わりに
「マニュアルセラピーに対するクリニカルリーズニングのすべて」でデイビッドバトラーが語っている内容の中で、特に印象深かったのは以下の内容だ。
『私が考えた末にくだした判断は、彼女は即座に「治す」というよりも、情報とその裏付けが欲しいという要求のほうが強いだろうということでした。
主観的評価で患者がモビライゼーション、牽引、超音波などを望んでいることが分かっているとき、セラピストと患者がこれらの治療が唯一必要な治療だと信じ込むような罠に引っ掛かりさえしなければ、これらの治療を行うことに意義はあると思います。
このような治療技術を行い、短期的な効果が得られた場合、組織の損傷が唯一の原因であるかのようなバカげた考えが強まってしまうことが危険なのです。
治療者がそうでなければならないように、患者は身体所見に対して大きな視野で見ていかなければなりません。』
また、この症例におけるメインテーマは「痛みにおける中枢神経系の重要性」だと私は感じたが、だからと言って末梢組織による身体機能障害を軽視しても良いと言っているわけではない。
あくまで慢性疼痛と対峙する際の、様々に考慮すべき要素の一つとして「中枢神経系」もリストに入れておくことが望ましいのではないかと感じているだけである。
この点に関して「マニュアルセラピーのクリニカルリーズニングのすべて」における質問者とデイビッドバトラーやり取り引用して終わりにする。
デイビッドバトラーは書籍の中で以下のような指摘に関しての見解を求められた。
『慢性疼痛に関する理解が深まるにつれて、しばしば評価で確認された身体的な徴候や機能障害が二次性痛覚過敏やアロディニアによる偽陽性所見であり意味がないとする意見も存在します。
一部の人は慢性疼痛を持つ患者に対して具体的な身体機能の治療を行うことに反対しており、それは他動的解決方法に対する依存をさらに増加させる原因になり、過剰サービスになりかねないとされています。』
この指摘に対するデイビッドバトラーのコメントは以下である。
『身体的な所見が慢性疼痛に対して意味をなさないと私が考えていたとしたら、このような詳細な客観的評価に時間を費やすことはなかったと思います。
また、急性あるいは慢性疼痛における身体機能障害に関する治療を無視するような「大先生」など一人も知りません。』
マニュアルセラピー(徒手療法)・クリニカルリーズニング(臨床推論)の関連記事
クリニカルリーズニングについての詳細は以下の記事で言及しているので、合わせて観覧することをお勧めします。
クリニカルリーズニング(臨床推論)とは?
慢性疼痛に関する中枢神経系の重要性については以下のリンク先でも言及しているので、理学療法士・作業療法士で徒手療法・臨床推論に興味のある方は、補助的な知識として是非観覧して頂きたいと思います。
慢性疼痛に対するクリニカルリーズニングの前提条件とは