この記事では『胸郭出口症候群』について解説している。
胸郭出口症候群とは
胸郭出口は以下で構成されている。
- 前・中斜角筋
- 鎖骨(下部)
- 第一肋骨(上部)
で、これらの部位での『腕神経叢』『鎖骨下動・静脈』の圧迫や牽引により諸症状が生じる。
※腕神経叢は前・中斜角筋の間を通り、鎖骨上部に達する(この領域で腕神経叢は上・中・下幹に分かれる)。
※C8とT1の前枝は集合して腕神経叢の下幹を形成する。で、下幹の神経線維は鎖骨と第一肋骨の間を通り抜け、「小胸筋と烏口突起下」を走行し、末梢組織に達する。
※上部腕神経叢の絞扼は斜角筋の筋スパズムによって生じることが多く、下部腕神経叢では肋鎖領域と小胸筋の下で起こりやすい。
胸郭出口症候群は、診断、評価、治療計画の立案が難しい
胸郭出口症候群は診断、評価、治療計画の立案が難しい疾患であり、その理由としては以下が挙げられる。
- 『頚肋症候群』『斜角筋症候群』『過外転症候群』『肋鎖症候群』など異なる病態が考えられること(後述)。
- 症状が多様(肩こり、頭痛、上肢痛、しびれ、冷感など)であること。
胸郭出口症候群が女性に生じやすい理由
胸郭出口症候群は、若い女性に多いと言われている。また、教師や美容師、理容師など、腕を上げた状態で仕事をすることが多い人によく見られる。
でもって、胸郭出口症候群が女性に生じやすい理由としては以下などが言われている。
- 胸骨の上縁は男性よりも女性の方が低い位置にある(つまり、鎖骨の内側が女性の方が低い位置にある)。従って鎖骨と第一肋骨の間隙が男性よりも狭くなる。
- 上記に加え、胸大きな女性では肩甲骨下制がより増大しやすい。この影響で胸郭出口の間隙が減少する。
胸郭出口症候群:4つの病態
ここからは胸郭出口症候群の4つの病態として、以下をザックリと解説していく。
・斜角筋症候群
・肋鎖症候群
・過外転症候群
もう少し詳しい解説は以下でしているので合わせて観覧してもらうと理解が深まると思う。
斜角筋症候群
『斜角筋症候群』は、腕神経叢の絞扼に加え、鎖骨下動脈と鎖骨下静脈が関与しているということもある。
※前方の斜角筋隙は「胸鎖乳突筋と前斜角筋の間」を指し、鎖骨下静脈がそこを通過する。
※後方の斜角筋隙は「前斜角筋と中斜角筋の間」を指し、そこから腕神経叢と鎖骨下動脈が出ている。
肋鎖症候群
『肋鎖症候群』は、第1肋骨と鎖骨の間が絞扼部になる。
絞扼の原因は以下などが挙げられる。
- 頚肋
- C7横突起の過形成
- 鎖骨骨折後の仮骨形成異常
- (拘縮や呼吸筋の過活動などによる)第1肋骨の吸気位での挙上
・・など。
鎖骨下静脈、リンパ管、鎖骨下動脈、腕神経叢(主に微小循環と交感神経線維)が圧迫される。
過外転症候群
小胸筋と上部肋骨の間が絞扼部となる。
※そこにある烏口突起のすぐ下を腕神経叢・鎖骨下動脈・鎖骨下静脈が走行する。
※小胸筋の極度な短縮や過緊張により、鎖骨下動脈と鎖骨下静脈、そして腕神経叢が圧迫される。
※長時間の頭上作業や、上肢を頭の上にした状態での睡眠により、筋が伸張し、症状が誘発される。
胸郭出口症候群の鑑別テスト
また、症状が多彩な事から類似する症状を呈する以下などの疾患との鑑別も重要となる。
- 頚部疾患(椎間板ヘルニア)
- 手根管症候群
- 肘部管症候群
- 円回内筋症候群
- レイノー病
・・・・・・など。
で、胸郭出口症候群の鑑別テストとして代表的なのは以下などであり、これらを他の評価とも組み合わせしながら鑑別していくこととなる。
・ライトテスト(Wright test)
・アドソンテスト(Adson test)
・モーリーテスト(Morley test)
・エデンテスト(Eden test)
・アレンテスト(Allen test)
・ハルステッドテスト(Halsted test)
※どの検査も高い信頼性を示すものではなく、胸郭出口症候群の検査は正常でも脈拍の減弱を認めることもあるため、脈拍の減弱を検査するのではなく、症状の再現を見つけることが重要である。
これらテストの詳細は以下の記事で紹介しているので合わせて観覧してみてほしい。
⇒『アドソンテスト・ライトテスト・エデンテストを紹介(胸郭出口症候群)』
⇒『モーリーテスト・アレンテスト・ハルステッドテストなどを紹介(胸郭出口症候の鑑別検査)』
胸郭出口症候群の症状(特徴)
前述したように、胸郭出口症候群と一口に言っても、複数の病態が考えられる。
で、症状は圧迫されているものによって異なるが、一般論として以下などの症状が生じると言われている(症状というよりも特徴を記載している)。
- 片腕または両上肢の痛み。小指や後頭部に痛みが広がることもある。
- C8-Th1、ときにはC2-C7のデルマトームにしびれ。
- 主に負荷時及び負荷後の虚脱感
- 手にむくみが感じられることも多い
- 手を動かすことで血行が改善し、症状が緩和することがある。
胸郭出口症候群は「腕神経叢の問題」によるものなので、頸神経根の圧迫によるものではない。
なので、症状は頸部には無いことが多く、むしろ上肢に沿って症状が起こる事が多い(ただし、前述したように、関連痛として頭頸部に症状が出現する可能性はある)。
症状は上肢全体に拡がって領域を特定しにくいこともあるが、異常感覚に関しては以下の部位に訴えるケースが多い。
運動障害は常にある訳ではないが、「脱力感」や「指の動きがぎこちない」などのが生じる場合がある。
※長期間の罹患によって、手指固有筋を支配しているC8・T1神経根に由来する神経線維が障害されることにより、指の動きがぎこちなく感じるとされている。
胸郭出口症候群のリハビリ(理学療法)
胸郭出口症候群のリハビリ(理学療法)におけるポイント・アプローチとしては、以下などが挙げられる。
ポイント:
・肩甲帯のバランスを矯正すること
・腕神経叢下幹を第一肋骨から除圧すること。
・胸筋群から神経に対する圧迫を取り除くこと
アプローチ:
・姿勢の再教育
・選択的な筋力強化
・選択的な軟部組織のリラクゼーション
・・・などなど。
胸郭出口症候群は、リハビリ(理学療法)により症状が悪化しないよう、穏やかに進めていく必要がある。
※もし治療によって痛みが出れば、その方法を修正するか中止する。
即自的な効果だけでなく、長期的な効果も考えると、治療には1ヵ月くらいの期間を要する。
で、この1ヵ月の間に、以下を達成するようにする。
- 症状のコントロール
- 短縮した組織の正常化
- 筋のバランスの正常化
- 機械的ストレスをコントロールする術をみにつける
- 姿勢の改善
・・・・・など
具体的なリハビリ(理学療法)の一例
ストレッチング:
短縮した軟部組織に対してストレッチングを行う。
短縮しやすい筋としては、例えば肩甲挙筋、小胸筋、全ての頸部筋群など。
リスク管理のため、ストレッチの強度は徐々に強くしていく。また、筋緊張や痛みに配慮する。また、頸部では、まずは横断マッサージ・機能的マッサージなどで頸部筋群を非特異的にマッサージしてリラクゼーションさせてから、特定部位のストレッチに移行するなどの配慮をすると治療がスムーズにいく場合もある。
セルフストレッチを指導する際は、症状が悪化しないよう「徐々に強度をふやしていくこと」を十分伝える(炎症により症状悪化な可能性に注意)。
頸部の運動:
頸部の運度によって斜角筋の長さを正常化させることができる。
運動としては、側屈・屈曲・伸展など、無理のない範囲で動かす。更に、リトラクションは後頭下筋群の伸張や、頸胸移行部の柔軟性改善など、不良姿勢を改善させるための要素が詰まっているためオススメな運動となる。
腕神経叢の滑り運動:
具体的にはElveyテストを治療に活用し、上肢内の神経の可動性を維持するために穏やかに動かす。
不快感が最小限もしくはまったくない領域から少し不快感が増すところまで動かし、少し不快感が増すところまで動かし、元の肢位に戻す。
可動制限が改善してくれば、肩外転・外旋の運動をより大きくしていく。
治療の最終段階では「手関節背屈」や「頸部側屈」を加え、さらに可動性を増す方法を取り入れることも出来る。
ただし、この滑り運動は、急性期の炎症症状のある胸郭出口症候群の治療には不適切である点には注意する。
※腕神経叢が炎症をお越し、その周辺の組織と癒着することがあり、これを治療するのが目的。
胸郭出口症候群に関しては、腕神経叢と神経根(正中神経)の可動性が評価できる。
操作としては、以下の運動を組み合わせて評価する。
①肩外転・外旋
②前額面を超えた水平伸展
③前腕回外、肘伸展
④手関節及び手指伸展
これは神経ダイナミックテストでいう所の『ULNT1』に該当し、以下では動画も挿入して解説しているので興味がある方は合わせて観覧してみてほしい。
短縮した筋の拮抗筋強化:
(肩甲骨の後退及び下制筋群(菱形筋及び中下部僧帽筋)をストレッチする一方で)肩甲骨前方突出および挙上筋群を適切に強化する。
関節モビライゼーション:
以下などの関節モビライゼーションを試験的治療として用いる。
・胸鎖関節の腹背側滑りへのアプローチ
・肩甲骨モビライゼーション
・第1・2肋骨モビライゼーション
・・・など
胸郭出口症候群に対する日常生活指導・姿勢指導
胸郭出口症候群は「ADL(日常生活活動)そのもの」や「姿勢」が影響している場合が少なくない。
っとなると、いくらリハビリ(理学療法をしようとも)上記の要因を考慮しなければ意味がなくなる。
なので、患者自身が胸郭出口症候群の原因を理解し、自らも意識的に治療に関わってもらう必要がある。
生活指導
胸郭出口症候群はADLそのものが症状を引き起こしていることが少なくない。
胸郭出口症候群へのアプローチの基本となるのは『生活指導』となる。
ADLでは自覚症状が軽減する肢位をとらせるようにすることが重要。
重量物の挙上や荷物を下げる動作を控えるなど、環境設定の観点から症状改善のためのアドバイスを実施する。
例えば以下など。
- 腕神経叢、鎖骨下動静脈を圧迫する肩甲帯を下制する動作を長時間行わせない。
- 例えば、上肢長時間挙上する仕事や、つり革につかまるなどの動作に注意する。
- デスクワークなどの長時間の頚椎・胸椎の前屈姿勢に注意をする。
- 長時間重い物を持つ動作や重いショルダーバッグ、リュックサックの使用を避ける。
姿勢指導
生活指導に次いで簡易かつ重要な指導として『不良姿勢の改善』となる。
不良姿勢による弊害は以下の通り。
- 胸郭出口症候群は不良姿勢(前方頭位姿勢)が症状を引き起こすことが多く、これが上部交差姿勢症候群を引き起こし、頭部・頚・肩に影響を及ぼす。
この上部交差姿勢症候群はデスクワークの方が多く、特徴は胸椎後彎、頭部前方変位、そして頚部前彎曲が減少する。
↓
- このことより絞扼性障害や神経症状を引き起こす。
特に長時間の同一姿勢は頚部から両肩にかけての血流低下を引き起こし、筋疲労を生じる原因になり得る。
なので、自覚症状が出現する前に姿勢を変化させたり、肩回しなどの簡易な運動を行うことを指示する。
不良姿勢の特徴でもある前方頭位の改善には、リハビリ(理学療法)でも記載したリトラクションは有効な矯正法の一つである。
また、試験的治療として肩をすくめる(僧帽筋上部線維を収縮させる)肢位にて症状が緩和される場合は、(筋力強化ではなく)肩を少しすくめた肢位を意識することも有効である(「辛い際には、その様な対策もある」「意識すれば、無意識化でもある程度可能となったり、長期的には肩をすくめなくとも症状が消失する可能性も伝えておく)。
※胸郭出口症候群は予後が良いものが多く、保存的治療法により50~90%の症例で早期に良好な結果が期待できるとの文献もある(一方で、改善されない場合は、外科的手術、心理療法などが為されるケースもある)。
関連記事
⇒『アドソンテスト・ライトテスト・エデンテストを紹介(胸郭出口症候群)』
⇒『モーリーテスト・アレンテスト・ハルステッドテストなどを紹介(胸郭出口症候の鑑別検査)』