この記事ではSLR(下肢伸展拳上)運動について記載していく。
※以降の記事は「SLR運動」を「SLR」と略して記載。
目次
SLR(下肢伸展拳上)運動とは
SLRとは、膝を伸展した状態で、股関節を屈曲させることで、下肢を浮かせる運動を指す。
SLR運動のイラストと動画を紹介
もしSLRを知らない人は以下のイラストと動画を観覧してみてほしい。
①まずは楽な姿勢であおむけに横たわる(背臥位)
②反対側の膝を直角に曲げる(膝屈曲位)。運動側の下肢は膝伸展位になるよう(大腿四頭筋に)力を入れておく(足関節は背屈位にしておくことを推奨している文献もある)。
③膝伸展位のまま、反対側の膝(立てた膝)の高さまで脚をゆっくと、持ち上げる。
※床から5cm程度挙上した状態で止めておくなど色んな方法がある。
※高く挙上するほど大腿四頭筋(の直筋)より腸腰筋が賦活しやすいと言われている。
④上げ下げを繰り返した後、脚をゆっくりを床に降ろし、力を抜いてリラックスする。
SLR運動の方法としては、前述したように「下肢の挙げ下げ」を繰り返す方法(等張性収縮)」もあるし、以下のように「下肢を挙上した状態で数秒間止めておく方法(等尺性収縮)」もある。
※関連記事⇒『筋の収縮様式(求心性・遠心性・静止性・等尺性・等張性収縮)を解説!』
※後述するが、前者は「床から少し浮かせた状態でキープし、大腿直筋を含めた大腿四頭筋を賦活させる(例えば変形性膝関節症に対するアプローチなど)」といった活用のされ方をすることがある。
※一方で後者は「ある程度の高さまでSLRし、腸腰筋を賦活させる(あるいは様々な筋群の協調性を図る)」などに活用されることがある。
※あるいは両者共に、(低負荷ではあるが)コアマッスルも含めた様々な筋の賦活に活用されることが多い。
※どういう意味かは、この記事を読み進めていけば何となくわかってくると思う。
SLRで認められる筋活動
SLRで認められる筋活動としては以下などが挙げられる。
- 腸腰筋(大腰筋・腸骨筋)
腸腰筋は股関節を屈曲する筋群である。
- 大腿四頭筋(大腿直筋・内側広筋・中間広筋・外側広筋)
大腿四頭筋は膝関節を伸展する筋群である。
大腿直筋は二関節筋なため股関節屈曲作用もある。
- 腹筋群(腹直筋・内外腹斜筋・腹横筋)
腹筋群は体幹屈曲作用があるが、反作用として骨盤を後傾作用もある。
そしてSLRでは、下肢の重みによって骨盤前傾が起こらないよう固定するために、腹筋群が活動する。
- 前脛骨筋
(諸説あるが)足関節の背屈によって大腿四頭筋の筋活動が高まるとする文献もあり、背屈するのであれば前脛骨筋の筋活動も得られる。
・・・・・・・・・・・などなど。
では、そんな様々な筋活動が起こるSLRに関して、強いてあげるなら「どの筋のリハビリ(理学療法)」になっているといえるのだろうか?
一体、どの筋のリハビリ(理学療法)になっているのか?
SLRは「膝を伸展位にキープしながらのリハビリ(理学療法)」なため、大腿四頭筋に効果的なエクササイズと思いがちであるが、
実際は股関節屈筋群(腸腰筋など)のエクササイズといった側面が強い。
また、大腿四頭筋にフォーカスした場合においても大腿直筋(膝伸展+股屈曲に作用)が優位に活動している。
従って、(一般的に)萎縮し易かったり重要視されやすかったりな(大腿直筋以外の)大腿四頭筋(内・中・外側広筋)を鍛える目的では選択されないエクササイズということになる。
Active SLRは股関節屈曲運動を伴うため、大腰筋を含む股関節屈曲筋群のエクササイズとして用いられている。
大腰筋にワイヤ電極を刺入してActive SLR時の体幹・股関節筋群の筋活動様式を計測した研究では、以下のことが分かっている。
・大腰筋は股関節屈曲後期において33.16±19.6MVCと最も活動量が大きく、股関節屈曲角度が大きくなるにつれて徐々にその活動量が増加した。
・股関節屈曲初期では、大腿直筋の活動量が大腰筋よりも大きい(大腿直筋:14.1±5.9MVC、大腰筋:10.3±5.5MVC)
・股関節屈曲中期で大腿直筋と大腰筋の筋活動量が逆転する。
つまり、Active SLRの初期では大腿直筋優位、屈曲後期では大腰筋優位ということになる。
※SLR最終域付近での反復拳上は大腰筋を選択的に活動させるエクササイズになり得る。
※一方で、SLR初期での反復挙上は大腿直筋を選択的に活動させるエクササイズになり得る(必要性がどの程度あるかは別として)。
SLR動作時の大腿四頭筋の筋活動に関して、
①SLR時の股関節の屈曲角度(10°・45°)
②下肢の負荷量
が大腿直筋・内側広筋・外側広筋の筋活動に与える影響について調べた。
その結果、股関節の角度は負荷が少ない場合においてのみSLR10°と45°の違いがみられ、大腿直筋と内側広筋の筋活動量はSLR10°で高く、外側広筋は45°で高い。
ただし、負荷量の増加による筋活動の増加が大きいのは大腿直筋のみであり、 Soderbergらの最大抵抗をかけたSLRにおいても、大腿直筋72%に対し内側広筋は38%という低い筋活動であったとする報告や、膝伸筋のトレーニングとして批判的な指摘から考えて、SLRは膝伸筋トレーニングというよりも股関節屈筋のトレーニングと理解する必要がある。
~運動療法学より~
これらの事から、SLRは股関節屈筋群のエクササイズと言った側面が強いと思われるが、股関節屈筋群(特に大腰筋)を鍛えようと思った場合は、「大腰筋は股関節の屈曲角度が大きい肢位で賦活化される」ことが報告されており、負荷の強いトレーニングを実施しようと思った場合は、端坐位や立位における股関節の深屈曲を利用したトレーニングの方が有効と思われる。
※ただし、股関節屈伸可動域の広範なレンジにわたっての大腰筋の等張性収縮や静止性性収縮と言った様々な収縮様式で筋活動を起こせるといった意味で「機能的」な側面もある。
関連記事
⇒『様々な筋の収縮様式を解説』
SLRのメリットはあるの?
SLRに関しては否定的な意見も多いが、以下のようにメリットを指摘する人もいる。
『術後早期で簡便に実施可能なOKCトレーニングでありながらも、前述したように様々な筋群の収縮が起こり、尚且つそれらの連動した活動能力を維持出来る』
関連記事⇒『CKCとOKCとは?(+違い)』
例えば、前述したようにSLRでは腹筋群の収縮も必要なため、「下肢と骨盤帯の連動した筋収縮のトレーニング」と表現することもできる。
※これら腹筋群の収縮は、予測的姿勢制御としても機能していると言える。
関連記事⇒『インナーマッスルの段階的トレーニング』
そして上記の指摘を、凄く荒っぽい表現として言い換えた場合は、以下の様になる。
「術後早期で大した運動が出来ない時期において、SLRの様に簡便で幾つもの筋を賦活できるエクササイズは廃用の進行予防に重宝する」
セルフエクササイズとしても重宝する点は重要である。
※術後の廃用予防としては、簡単にできるリハビリ(理学療法)を一人でも頻回に実施してもらえるほうが効果がある。
また、SLRの「簡便さ」は大切なポイントの一つで、仮に認知症が進んだ高齢者でも運動を理解してくれる人は多い。
あるいは、独歩可能な高齢者の中にも「妙にSLRを難しそうに遂行する人達」がおり、それらの人達は「個別の筋力が低下している」というよりは、(コアマッスルを含めて)複数の筋を協調して働かせるのが苦手な人も含まれており、それらの人達にSLRは他のエクササイズと組み合わせて実施する価値はある。
もしSLRを実践してもらうのであれば、膝関節の完全伸展を意識てもらったほうが多少でも膝伸筋群の活動を高めることができる。
クライアントの中には、(膝が完全伸展できるにもかかわらず)軽度屈曲のまま、下肢を挙上することにばかり意識が言ってしまう人もいるが、膝の伸展はかなりきっちり意識したほうが膝伸展筋の賦活につながる。
変形性膝関節症に関する疼痛緩和のエビデンスがあるよ
SLRは以前から、変形性膝関節症の疼痛緩和に関して有効とのエビデンスがある。
変形性膝関節症改善のためのSLRの方法は以下の通り。
- 数秒間、下肢を20~30cm挙上するとともに足関節を背屈させる。
- SLR運動20回を1セットとする
- 午前午後各2セット実施する
- 8週間のホームエクササイズとして継続してもらう
すると、消炎鎮痛薬の内服と同等以上の疼痛緩和効果がみられたらしい。
~赤居正美・他:運動器疾患に対する運動療法の効果に関する実証研究 無作為比較試験による変形性膝関節症に対する運動療法の効果.日整会誌,80(5):316-320,2006~
従って、整形外科を受診すると医師にSLRを指導されることは多い。
ただし、上記からも分かるように「SLRで変形性膝関節症が良くなるんだ!」という信念のもとで、ストイックに8週間継続しなければならない点には注意して頂きたい。
SLRの注意点は?
SLRの注意点としては『膝関節の炎症期における筋抑制』が挙げられる。
具体的には、関節滲出液があると関節内圧は膝伸展位で増加するため、SLRが大腿四頭筋に抑制をかける可能性が指摘されている。
なので、『変形性膝関節症などの急性期(炎症期)で膝に腫脹を有している場合』は有効ではない(頑張って実施してもらっても意味が無い)可能性がある。
※当然、痛みが出るならやらない。
※まぁ、これは他の運動療法全般に言えることかもしれないが・・・
SLRに関する注意点及び、それを踏まえた上でのアイデアは以下になる。
腰痛に気をつけよう
passive SLRは対側の下肢を伸ばしておくことが原則であるが、Active SLRでは以下の理由で下肢屈曲位(膝を立てる)で実施することが多い。
- 骨盤後傾位となるため、腰への負担が軽減される。
- 骨盤後傾位となるため、股関節軽度伸展位からの屈曲となりSLRの運動範囲が拡大される。
(ある程度下肢が拳上してからでなければハムストリングスの影響を受けなくなる)
そんなメリットの中で一番重要なのは、「骨盤後傾位による腰部への負担軽減」である。
SLRは下肢の重みで骨盤が前傾してしまい、それが腰椎前彎増強⇒腰部へのストレスに結びつく可能性がある。
だからこそ(無意識に)腹筋群が協調して収縮してくれる訳だが、これらの共調したした収縮が不十分であったり、腰椎前彎によって腰痛が出現する素地を有している場合は、対側の下肢を屈曲(ようは膝を立てておく)によって骨盤をニュートラルに近づけておくことがリクス管理として大切となる。
ちなみに、SLR時に対側下肢を屈曲させておいても、筋活動に差が出ないとの報告がある。
その文献を参考にするのであれば、リスク管理の観点から考えても対側下肢を屈曲することによるメリットはあっても、デメリットは存在しないということになる。
SLR動作時の大腿四頭筋の筋活動に関して、反側の膝関節肢位(屈曲位・伸展位)が大腿直筋・内側広筋外側広筋の筋活動に与える影響について調べた。
その結果、対側の膝関節肢位による大腿四頭筋筋活動量の違いはなく、SLR時に対側の膝関節を屈曲位にして行っても伸展位と同様のレーニング効果があると思われる。
~運動療法学より~
腰痛の心配が無ければレシプロカルエクササイズとして活用しても良い
対側下肢を伸ばした状態でSLRをしても過度の腰椎前彎曲が出現しなかったり腰痛の心配が無いのであれば、左右交互にSLRを実施する『レシプロカルエクササイズ』も(一側下肢筋群の連動した収縮のみならず)左右の連動した収縮機能を維持することが可能となる。
※歩行時に必要な収縮様式とは全く異なるが、レシプロカルな運動と言う意味では共通しており、最低限の負荷ではあるが機能的なリハビリとなり得る。
腰痛の心配がない人はこういうのもアリかも
腰痛の心配が無かったり、よっぽど体幹インナーマッスルが強化されているのであれば、「更なる腹筋群との協調した運動」を目的として「対側下肢の踵を少し浮かせた状態でのSLR」といった方法もある。
対側下肢を浮かすとその重み分だけ更に骨盤が前傾しやすくなるため、それを防ぐために更にSLR時の腹筋群の活動性が高まることとなる。
関連記事⇒『インナーマッスルの段階的トレーニングを紹介』
SLRを評価として活用
「他動的なSLR」はハムストリングスのストレッチングとして活用される他、「SLRテスト」として用いられることでも有名であり、このテストは理学療法士にとっては常識的な知識と言える。
関連記事⇒『SLRテストとは?』
一方で、自動的なSLRも評価して活用されることがある。
例えば、ドローイン(お腹を凹ませる)を行わせながらSLRを実施し、腰椎骨盤帯を評価する方法である。
※安定性が獲得されている場合、骨盤の動きは生じず股関節の屈曲運動のみが起こるが、安定化作用が不十分な場合、骨盤の運動が生じてしまう。
あるいは、「通常のSLR」と「仙腸関節に圧迫を加えた状態でのSLR」を比較することで、仙腸関節障害の有無を検証する際に用いることもある。
関連記事
⇒『仙腸関節障害を治療しよう』
SLR運動の関連記事
パテラセッティングは、SLR運動と同様に、下肢のリハビリ(理学療法)として馴染み深いエクササイズの一つと言える。
パテラセッティングって効果あるの?
SLR運動が「(大腿四頭筋の中でも)大腿直筋の筋活動が高く、内・外側広筋の筋活動が低い」という特徴を持っているのに対して、パテラセッティングは「大腿直筋と比較して、内外側広筋の筋活動が高い」という特徴を持っている。
そして、SLR運動にパテラセッティングの要素を加えることで、大腿四頭筋の賦活に有用なアプローチにもなり得る。
具体的には、「パテラセッティングの状態(つまり膝完全伸展で大腿四頭筋に十分な等尺性収縮を起こした状態」を維持しつつ、SLR運動を実施するということである。
大腿四頭筋がどの程度賦活するかは、自身でも是非一度試してみてほしい。
大腿四頭筋に関する総まとめは以下を参照。
大腿四頭筋トレーニングを解説!
また、SLR運動はパテラセッティングと同様に、「負担の少ない運動」として生活不活発病(廃用症候群)のリハビリ(理学療法・作業療法)にも活用されることがある。
そんな生活不活発病については以下も参照してもらいたい。