この記事では、失調症に対するリハビリ(理学療法・作業療法)の一手段として活用される『フレンケル体操』について解説している。
フレンケル体操とは
フレンケル体操(Frenkel's exercises)は、1887年にフレンケル(Frenkel HS)が開発した体操である。
フレンケルは脊髄癆(せきずいろう)患者を検査している際に、指-鼻テストが不良であることに気付いた。
しかし、1カ月後の再検査でその患者の協調性は著明に改善していた。
なぜ協調性は改善していたのだろうか?
後日談として以下のことが分かった。
フレンケルは「どのような訓練をしていたのか?」が気になり、患者に訓練した内容を聞き、その意味付けをしていった。
これがフレンケル体操の起こりと言われている。
フレンケル体操の検証と発展
フレンケルは、失調症に対する体操を検証・発展させていった。
でもって、これら運動の成果を1889年脊髄癆による下肢の固有感覚障害性協調障害の治療法として報告した。
フレンケル体操のオリジナルでは、120以上の運動項目がある。
ただし、それをすべて実施しなければならないとの報告は報告は皆無である。
※協調性訓練の原理を活かし、フレンケル体操の一部を実施することが多い。
フレンケル体操は、障害部位の代償のため感覚系の残存部位の利用、とくに視覚・聴覚・触覚の利用によって運動を随意的にコントロールしようというもので、本質は注意の集中、正確、反復学習にある。
でもって、フレンケル体操の目的は以下の通り。
フレンケル体操におけるネガティブな報告
運動には「繰り返し」と「正確さ」が必要であり、遮断された深部感覚受容器からの信号に対して「視覚情報が代償」として必要である。
これは以下の表現に言い換えることもできる。
また、この体操は実際に行った運動や動作の改善は認めるものの、異なる運動や動作への波及効果(転移)が少なく、改善を目的とした動作をそのつど繰り返す必要がある。
(フレンケル体操は感覚障害性の運動失調のために考案された体操であり)小脳性失調症には効果が低いと言われている(視覚代償効果の認められない小脳性運動失調に対しては適応に限界があると言われている)。
しかし、難易度の低いものから高いものへ進めていくというフレンケル体操のの原理は、協調運動障害全般の運動療法として広く適応できる(この原理の詳細は後述する)ものである。
またフレンケル体操で学習した動作パターンが改善しても、他のADL動作に転移しにくいという指摘もある。
なので、フレンケル体操で得られる効果・現象を活用して、日常生活活動に直結するような課題動作も頻回に経験させることが重要となる。
※また、協調運動障害にだけ注目するのではなく、筋力増強、耐久性向上を追求する姿勢を常に保持しておくことも大切となる。
以下は『運動療法学』より引用
フレンケル体操は視覚のフィードバックと運動学習を基本としている。
もともとは脊髄癆による感覚障害性の運動失調に対して考案されたものである。
脊髄癆による脊髄後索の病変により深部感覚入力が減少し運動が拙劣になることに対して、視覚を用いて代償的にフィードバック能力を高め、協調性を改善しようとする。
運動学習の基本である簡単な課題から複雑な課題への課題の難易度の調整、運動の反復を重視している。感覚障害性の運動失調のみでなく協調性運動障害全般に対する運動療法として行われているが、練習した課題の協調性は改善するが他の動作への転移に問題があるとされる。
フレンケル体操の実際
フレンケル体操のオリジナルでは120以上の運動項目あるが、その中の一例を紹介してみる。
可能な体操があれば、失調症へのアプローチとして活用してみてほしい。
また、活用する際の難易度調整(フレンケル体操のみならず、失調症に対するアプローチ全般に当てはまる原理)については後述するので、こちらも合わせて観覧してみてほしい。
臥位でのフレンケル体操
臥床(背臥位)でのフレンケル体操の一例は以下などが挙げられる。
- 踵をマットにつけ、踵を滑らすように一側側下肢を屈伸する。
- 踵をマットにつけ、膝屈曲位で踵を滑らすように股関節を内外転する。
- 一側下肢全体をマットにつけ、膝伸展位で股関節を内外転する。
- 踵をマットから浮かして、下肢を屈伸する。
- 一側の踵を対側の膝に乗せ、足部と膝の間踵を滑らすように往復する。
- 踵をマットにつけ、踵を滑らすように両側の下肢を屈伸する。
- 一側下肢を屈曲しながら、対側下肢を伸展する。
- 一側側下肢を屈伸しながら、対側下肢を内外転する。
上記は全て「表面が滑らかで、足の滑りやすい治療台」「上半身をバックレストまたは高い枕で十分持ち上げて背臥位(運動を視認するため)」
最初は最大限に視覚情報を利用して行い、運動の協調性を引き出す。
で、協調性の改善に伴い、徐々に視覚情報を減じても可能なようにすすめる。
※例えば以下のイラスト①は視覚情報を十分利用し、②は視覚情報を減じた状態での運動
念のため、イラストによる一例を添付しておく。
簡単そうに感じるかもしれないが、失調症患者には難しい場合もあり、「単に動かせば良い」のではなく、「注意の集中」「正確性」を意識しつつ反復してもらう。
座位でのフレンケル体操
座位でのフレンケル体操の一例は以下などが挙げられる。
- 数分間しっかりと座位姿勢を保つ
- セラピストの手に足部を乗せる(位置を1回ごとに変える)
- 下肢を上げ、床に描いた足形の位置に足部を移動する
支持物を用いた「椅子からの起立・着座体操」
支持物を用いて「椅子から立ち上がり、再び着座する」という方法のフレンケル体操もあり、具体的には以下の通り。
立位・歩行によるフレンケル体操
歩行によるフレンケル体操の一例は以下などが挙げられる。
- 体重を左右に移動する(立位でのフレンケル体操)。
- 直線上で前後に足を踏み出す。
- 2本の平行線の間から足が出ないように歩く。
- 床に描いた足形に沿って歩く。
以下イラストの①は床に引いた2本の線上を歩く、②は床に引いた1本線上を歩く、③は床に幾つか印をつけ、順番に足を置いていく。
歩行は転倒リスクもあり、最初は平行棒を手で支えながら歩くところから始める(重要なのは運動の量ではなく質になる)。
ゆっくりした号令で歩幅を大きくゆっくり出させると、片足での支持期が長くなり、不安定になるので、最初は比較的速い号令で行う。
フレンケル体操を動画で紹介
フレンケル体操が分かり易い動画を2つほど紹介しておく。
どちらも、臥位・座位・歩行のフレンケル体操全てを紹介ているが、とくに前者の動画がオススメである(後者の動画は、時間がある人は飛ばし飛ばしザックリと観覧してみてほしい)。
フレンケル体操における「難易度調整」
フレンケル体操における「難易度調整のポイント」について記載していく。
特に難易度調整は、失調症へのアプローチ全般に言われることなので、この点だけでも覚えておいて損はない。
フレンケル体操における「難易度著調整のポイント」
フレンケル体操の基本として、視覚の利用注意力の集中、運動の正確性、同一運動の反復練習があげられる。実施する際には、つぎの点に注意しながら進めることが望ましい運動は確実に実施できるようになればつぎの段階へ移行する。
系統的順序で行う:
姿勢保持の難易度が低い姿勢より開始する。
例えば、支持基底面が広く、重心の位置が低い臥位姿勢より、座位から立位へと段階的に進めることが必要である。
※軽症例でも臥位より始め、習熟してから座位での体操を行う。
1つの運動を十分に習熟してから難しい動作へ移る。
運動の複雑性(優しい動作より始める):
運動は難易度が低い単純な運動より開始し、徐々に複雑な複合運動へ進めていく。
例えば、一側肢の運動から両側肢による同じ運動、両側肢による協調的な運動へ進める。
運動の範囲と速度:
広い範囲の運動は狭い運動の範囲より優しい。
速い運動は緩徐な運動より優しい。
広い範囲・速いもの⇒狭い範囲・ゆっくりしたもの。
ゆっくりのときの号令は単調、滑らかにかける。「いーち」「にーい」というように。
開眼から閉眼へ:
最初は視覚による動作の確認を行いながら進め、徐々に視覚を用いないで実施できるようにする。
「フレンケル体操=視覚による代償を活用する」と前述したが、最終段階では閉眼での体操に挑戦することになる。
最初の臥位での動作では下肢が良く見えるようにバックレストを上半身におく。
障害の軽い側より始める:
障害に左右さあがある場合は軽い方から始める。
両側同程度の障害の場合は右より始める。
動作の回数:
一つの動作約3~4回行う。
両側同程度の障害の場合は右より始める。
休息:
1つの運動が終わったら、その運動に要した時間分休む。
ダラダラと記載してきたが、フレンケル体操のコンセプトには失調症に対する難易度調整の基本が詰まっているため、これらを覚えておけば失調症のリハビリとして(フレンケル体操という名称云々は関係なく)活用出来る。
でもって、フレンケル体操も含めた失調症の難易度調整に重要な要素は以下になる。
っというか、上記の難易度調整は運動療法の基本とも言える。
例えば以下の記事でも、難易度調整について言及しているが、同じような解説をしているので合わせて参考にしてもらうと「運動療法」というもの自体の理解が深まるかもしれない。
⇒『バランストレー二ングを総まとめ!高齢者の転倒予防に効く!』
⇒『PNFの臨床活用法まとめ | 理学療法士・作業療法士は必見!』
フレンケル体操の注意点
フレンケル体操における注意点は以下などが挙げられる。
- 正常可動域範囲内で運動を行う:
深部感覚のみの低下が多く、筋力は低下しない場合が多い
激しい運動で関節可動域の範囲を超える場合がある
- 転倒予防:
下肢に失調があるものには十分注意する。
立位歩行訓練を平行棒外で行う際には理学療法士・作業療法士などが必ず横につく。
フレンケル体操の現在
最後に、『書籍:運動療法学テキスト 』より「フレンケル体操のエビデンス」に言及した部分を引用して終わりにする。
フレンケル体操について:
現在において、フレンケル訓練そのものが使われる機会は少ないが、その運動や動作訓練方法や手順などに関する厳密性、患者自身の主体的参加などは日常の運動療法の基礎として、協調性の改善を目的とする概念は十分存在している。
[星文彦:フレンケル体操の再考.理学療法18:694-699,2001][武富由雄:理学療法のルーツその継承と新たな創造のために.メディカルプレス. pp.144-145,1997]
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