普段は「中枢神経感作」という用語を使っているが、「中枢感作」や「中枢性感作」という用語のほうが認知されているようなので、この記事では「中枢感作」という表現を用いてながら理学・作業療法士が知っておくべき疼痛の基礎知識を述べていく。
目次
脊髄後角は一次・二次侵害受容ニューロンがシナプスする変電所
痛み刺激は一次侵害受容ニューロンを伝って、脊髄後角における二次侵害受容ニューロンとシナプスすることで、脳へ痛み情報を送ることになる。
この一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロンのシナプスでは、化学物質による伝達で痛み信号のバトンが渡されることのなるのだが、その際の神経伝達物質として使われているのが『グルタミン酸』である。
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一次侵害受容ニューロンの脊髄側末端部から放出されるグルタミン酸(=痛み信号)を受け取る脊髄後角側のシナプス細胞膜には、グルタミン酸を受け取る受容体が存在する。
この受容体は細胞の内と外を隔てる『チャネル』というゲート(=関門)にもなっていて、普段は閉じているものの、グルタミン酸が受容体にくっつくとゲートが開くようになっている。
このチャネルが開くと、外にあるものが内に流れ込むことになり、この場合に流れ込むものは細胞の外側に高い密度で存在している『ナトリウムイオン(Na+)』や『カルシウムイオン(Ca2+)』である。
イオンとは物質が電気を帯びている状態なので、流れ込めば細胞内の電気の状態も変わることになる。
そして、ナトリウムもカルシウムもプラスのイオンなため、それが流れ込めば細胞内もプラスになる。
この現象を『活動電位』と呼び、これは『インパルス』や『発火』などと呼ばれるものと同義であり、この現象によって神経に興奮が起こる。
グルタミン酸と受容体について
ここからは痛みの変電所(脊髄後角)におけるグルタミン酸と、グルタミン酸を受け取る受容体について詳しく解説していく。
脊髄で痛み系の神経伝達物質として使われているものはグルタミン酸である。
グルタミン酸というと「味の素」などの化学調味料を連想する人もいるかもしれないが、脊髄のみならず脳にも高濃度に含まれていて、大部分の興奮性シナプスで伝達物質としての役割を果たしている。
※神経伝達物質としては、記憶・学習などの高次脳機能にも重要な役割を果たしている。
※一方で、過剰に放出されたグルタミン酸は神経細胞障害作用を持ち、様々な神経疾患に伴う神経細胞死などの原因と考えられている。
話を脊髄後角での神経伝達に戻して・・・・・
脊髄後角において一次侵害受容ニューロンの中枢側末端部より放出されるグルタミン酸を受け取る受容体には下記の2つが存在する。
・AMPA受容体(αアミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾールプロピオン受容体)
⇒グルタミン酸と結合することでNa+チャネルを開く
・NMDA受容体(N-メチル-Dアスパラギン受容体)
⇒グルタミン酸と結合することでCa2+チャネルを開く
グルタミン酸が放出されると、まずはAMPA受容体と結合すことでNa+チャネルを開き、Na+が入り込んで興奮が起こる。
そして、末梢からの痛み刺激が無くなると、グルタミン酸が放出されなくなり、Na+チャネルも閉じて、興奮が中枢へ伝わらなくなる。
一方で、NMDA受容体は、通常マグネシウムが蓋をしていて活動が阻害されているためグルタミン酸と結合することはない。
NMDA受容体が作動するのはどんな時?
前述したようにNMDA受容体は、通常マグネシウムが蓋をしていて活動が阻害されているためグルタミン酸と結合することはない。
しかし、末梢からの痛み刺激が続けざまに沢山やってくると、通常時には活動しなかったNMDA受容体が下記の理由により、活動することになる。
①痛み刺激が次々とやってくると、グルタミン酸がどんどん放出される。するとNa+がどんどん細胞の中に入り、脱分極の度合いが増す。するとNMDA受容体の蓋をしていたマグネシウムを外す働きが生じてしまう。
②痛み刺激が次々とやってくると、グルタミン酸だけでなく、サブスタンスP(SP)という神経ペプチドも伝達物質として放出されはじめる。SPを受け付ける受容体は「NK1受容体」と呼ばれ、この受容体にSPが結合すると細胞内に変化を起こし、その結果「PKC」という物質が作られる。この「PKC」も①で示した脱分極とともに、マグネシウムの蓋を外す働きをしてしまう。
これら①②の働きによりマグネシウムの蓋が外れてしまうと、NMDA受容体にグルタミン酸が結合してしまい、Ca2+チャネルを開いてしまい、細胞内にNa+のみならずCa2+も流入してしまうこととなり、ますます興奮が大きくなり、痛みを強く感じてしまう。
カルシウムイオン(Ca2+)について
カルシウムという物質は骨の材料になるだけでなく、細胞の中で信号を伝えたり調節したりする重要な物質として、グルタミン酸と同様にからだの中の至る所で使われる。
カルシウムのイオン濃度が細胞内で変わると、(神経細胞を興奮させるだけでなく)細胞で起こる反応を仲立ちして促進する色々な物質(酵素)が活性化される。
その活性化の一つの結果として、一酸化窒素(NO)とプロスタグランジン(PG)という物質がつくられる。
そして、これらの両方ともが痛みを促進させる物質として、脊髄後角において一次侵害受容ニューロンの脊髄側末端部あるいは二次侵害受容ニューロンを刺激してしまう。
また、
①PGは脂溶性(脂に溶ける性質)であること
②NOは気体・ガスであり、分子が小さいため細胞の膜を簡単に通り抜ける性質を持ってこと
から、PG・NOともに、ニューロンからその近くのニューロンへと簡単に広がっていくことができる。
したがって、例えば一つのニューロンだけが興奮していたとしてもその周囲のニューロンまで興奮するといことが起こってしまう。
中枢感作(ワインドアップと長期増強)
前述した機序により「痛み刺激が加われば加わるほど痛みを強く感じてしまうこと」を『ワインドアップ(wind-up)』と呼ぶ。
これは焚き火に例えると、本来であれば小さな種火であるにも関わらず、わざわざ痛み刺激という薪をくべてしまうことによって大火にしてしまうイメージだ。
つまり、ワインドアップを起こさせないために大切なのは、種火の段階でわざわざ薪をくべないことだ。
あるいは、既に大火になってしまっているならば、これ以上薪をくべないことで種火に戻すよう試みることだ。
また、ワインドアップが生じるような刺激が繰り返し入力されると、脊髄後角におけるシナプス伝導効率に変化を与えてしまうことになる。
これは焚き火に例えると、本来であれば小さな種火しか生じない程度の薪の量にも関わらず、その薪に油が染み込んでいるために、通常以上の大火が生じてしまうようなイメージだ。
このような現象を平易な表現で『脊髄が痛みを記憶してしまっている』と表現したり、専門的用語としては『(シナプス伝導効率の)長期増強』と表現したりする。
ワインドアップや長期増強は「脊髄における感作」であり、専門用語でいうところの『中枢感作』に含まれる。
関連記事⇒『長期増強・長期抑制と依存性の因果関係』
教訓
中枢感作(ワインドアップや長期増強)は私たちに理学・作業療法士に以下の様な教訓を与えてくれる。
・術後のリハビリで痛みを我慢させ過ぎない。
・むやみやたらと疼痛を誘発させるような評価をしない
(関連記事⇒『被刺激性(イリタビリティー)』
・不快な痛みを伴う手技は極力避ける。
例えば、神経ダイナミックテストや神経系モビライゼーション時に伴う神経系の痛みは非常に不快である。そのため、実施する際は愛護的に慎重に。仮に痛みが出現しないよう工夫するとしても、信頼関係が築けていないと施行中にクライアントへ不必要な恐怖や不安やを与えてしまう可能性があることには留意しておくこと。
※一方で、筋硬結・トリガーポイントなどに対する「痛キモチイイ」と表現されるような刺激であれば、不快な痛みから生じるような感作は生じにくい。
脊髄に作用する薬剤
前述したような中枢神経感作を軽減させる薬剤としては、下記のようなものがある。
①NMDA受容体拮抗薬
関連記事⇒『NMDA拮抗薬』
②Na+チャネルブロッカー
関連記事⇒『Na+チャネルブロッカー』
③Ca2+チャネルブロッカー
関連記事⇒『カルシウムイオンチャネルブロッカー(神経障害性疼痛の第一選択薬)』
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