この記事では、『スキャプラプレーン(scapular plane)』と『ゼロポジション(zero position)』について記載していく。
目次
スキャプラプレーン(scapular plane)とは
スキャプラブレーン(scapular plane)とは「肩甲骨面」のことである。
肩甲骨は板状の骨で背中の高い位置の左右にあるが、丸みがかった胸郭の表面に乗っているため、肩甲骨の作り出す面は身体の前額面に対して約30°~40°でこの面をスキヤプラブレーン(scapular plane)とよぶ。
~『画像引用:プロメテウス解剖学アトラス』~
スキャプラプレーンには個人差がある。
前述したように、スキャプラプレーンは『前額面上より30°前方』を記載されている教本が多い。
ただし、スキャプラプレンには個人差があるので、これだけ知っていても臨床の役に立たない場合がある。
個人差の例として、例えば以下などが挙げられる。
- 構築学的円背を有した高齢者(猫背)のスキャプラプレーンは30°以上前方である可能性がある。
- 鳩胸な女性のスキャプラプレーンは30°も前方ではない可能性がある。
scapular planeとは:
以前は、前額面上より30°前方として規定されていた。
しかし、肩甲骨は胸郭上を動くため、肩甲骨の向く方向が変化することから、角度を規定すべきではないと、信原先生がscapular plane-Nとして、肩甲骨関節窩の向く方向の面として提示されたものが、現在では、scapular planeとして用いられている。
~『書籍:結果の出せる整形外科理学療法』より引用~
先ほどは極端な例を示したが「スキャプラプレーン=前額面より30°前方」というのはいったん忘れて、以下の触診を基準にすると各々のスキャプラプレーンを特定できる。
scapular plane上での上肢挙上(肩甲骨面挙上)
スキャプラプレーン(scapular plane)上での上肢挙手上を『肩甲骨面挙上』と呼ぶ。
- ROMテスト(関節可動域測定)においても、肩関節の外転可動域を測定する際の別法として、「関節包への負荷軽減のため」にscapular planeでの測定方法(肩甲骨面挙上)もある。
関連記事⇒『肩関節のROMテスト | 参考可動域・代償運動・制限因子』
- MMT(徒手筋力検査法)においても、『肩関節の屈曲』や『肩関節の外転』の他に、『肩甲骨面挙上』というテスト項目がある。
関連記事⇒『肩関節のMMT(徒手的検検査法)を網羅します』
肩甲骨面に沿って上肢を挙上すると、関節包や腱板にねじれや歪みを発生せずに挙上できると言われている。
なので、人が自然に上肢を挙上する際に使用しているルートと言える。
例えば、バンザイをする際に、純粋な外転運動で行ったり、屈曲運動で行ったりするひとはいないだろう。
自然にバンザイをする際は、おそらく前額面より少し前方の位置で上肢を挙上するはずで、これが肩甲骨挙上である。
スキャプラプレーン上での『上肢の挙上(=肩甲骨面挙上)運動』を動画で紹介
以下がスキャプラプレーン(scapular plane)上での上肢挙手上(肩甲骨面挙上)運動の動画となる。
10秒くらいからの水平面上での運動が、肩甲骨面挙上(肩関節水平内転30~40°程度での上肢挙上)を理解しやすい。
ちなみにスキャプラプレーンは、上肢挙上の初動から(微妙にではあるが)刻々と変化している(挙上によって肩甲骨面は、前方に向いた後に、後方へ向くとの意見もある)。
なので、動画の様に真っ直ぐ上肢が挙上されている場合は、厳密には肩甲骨面挙上とは言えない。
じゃあ、正確な肩甲骨面挙上(スキャプラプレーンになぞって上肢を挙上していく)を再現することは可能なのかと言われたら、それは非常に難しい。
※スキャプラプレーンとは「如何様にも変容する面」という風に考えなければならない。
ただし、前述した触診方法を用いることで「挙上○○度におけるスキャプラプレーンは向き」は特定できる。
スキャプラプレーン(scapular plane)は機能的なポジション
スキャプラプレーン(scapular plane)は、肩関節の関節包や靭帯などのバランスが整い、障害を受けにくい機能的なポジションである(特に30~45°付近が一番機能的なポジションだと言われている)。
なので、日常生活でも、多くの上肢運動の際に使われている。
例えば、鉛筆やお茶碗ハンドルを持つ、ゲーム機のコントローラーを握る、髪を撫でる、顔を洗うなど、すべてスキャブラブレーン上での動作である。
絶対知っておきたい、スキャプラプレーン上での運動療法!
立位(抗重力位)において上肢を挙上するようなエクササイズを想定してみよう。
その際のクライアントは以下をイメージしておいてほしい。
で、立位で自動介助・あるいは他動運動にて上肢を挙上しようとしても疼痛が誘発されてしまうとする。
そんな際、ここまでの内容からも分かる通り『スキャプラプレーン上での挙上運動=肩甲骨面挙上』が一番疼痛を誘発しにくいため、まずはこの運度から始めるとうのは、一つの考えとしてアリだと思う。
で、思い出してほしいのだが「スキャプラプレーンは一般的には前額面より30°前方と言われているものの個人差がある」と前述した。
更に、以下の方法でスキャプラプレーンを特定する方法をオススメした。
もっと、肩甲骨挙上を実施する上での直接的な表現にすると以下になる。
なぜ「セラピストの一側手で」と記載したかと言うと「反対手で肩甲骨面挙上をアシストするため(自動介助運動をするため)」である。
その人に合ったスキャプラプレーンを上記の触診で特定しつつ、それを確認しながら肩甲骨面挙上をすると、(他の手法では疼痛が誘発されるケースであるにもかかわらず)疼痛を誘発させずに背臥位で可能であった可動域程度にまで挙上可能な場合が多い。
その他、この運動療法のコツは以下になる。
- まずは他動運動、そこから徐々に自動運動の要素を入れていくことで、肩関節周囲筋の協調した収縮を促していく(筋収縮自体が疼痛を誘発するケースも存在するので)。
- 肩甲骨を触診している手は、肩甲骨面挙上の角度上昇とともに、肩甲上腕リズムも加味しながら肩甲骨上角を押し下げるようにアシストする(軽微な力でアシストすること!)。
- 上肢を把持する場所は、肘よりやや遠位(=前腕近位)が望ましいが、前腕遠位を把持したほうが疼痛が誘発されないこともあるので、クライアントの反応に合わせて調整する(挙上は前腕遠位、挙上位から戻す際は前腕近位というように切り替えたほうが疼痛を誘発させない場合もある。)。これは関節窩に対する骨頭の求心性が破綻して不安定になっているから生じているものと思われる。
もちろん、このアプローチを繰り返すだけで良くなるというものではないが、運動療法のとっかかりとしては非常にオススメと言える。
例えば、立位姿勢にて、(他人にアシストされているとはいえ)自身の力で上肢を(無痛なまま)最大限挙上出来ると「気持ちが良い」というコメントが得られることも多々あり、運度療法へのモチベーションも高まる。
※なぜ同じ抗重力位である「座位」ではなく「立位」でエクササイズをするかと言うと、肩甲上腕関節は肩甲胸郭関節、更には胸椎のアライメントの影響も受けるので、不良姿勢になり易い座位姿勢よりも、エクササイズをする肢位として適しているから。(もちろん、姿勢を矯正した座位エクササイズをしても良いが)。
肩甲骨面挙上時の「運動の質」から分かること。
スキャプラプレーン上の運動(肩甲骨面挙上)をしているにも関わらず、すっと上がれば良いが、そこで上手に上がらないのであれば、その意味を考える必要がある。
例えば、「立位・上肢下垂位」で、セラピストは以下の2パータンで上肢を挙上する。
①手首を把持する
②肘のやや近位を把持する(質量中心を持っている)
すると①②いずれかで軽さが異なる場合がある。(もちろん①②で軽さが変わらない人もいる)。
で、②よりも①のほうが軽く感じる人に対しては「立位のまま、極軽な尾側牽引(足側への牽引)を肩甲上腕関節に加える」といったアプローチをした後に、再び①②を実施してみる。すると①②で変わらない、あるいは②のほうが軽いといった事が起こる場合もある。
この原理は「普通は、手首を把持して挙上することでレバーアームが長いので、挙上することで関節副運動として上腕骨頭が尾側へ移動しすぎるのでスムーズに感じない。しかし、関節腔が狭い人は、手首を把持してレバーアームが長い遠位を把持して骨頭が尾側滑りしながらの挙上のほうが楽な可能性がある(丁度良い具合に上腕骨頭に対する尾側滑りの刺激が入るのでスムーズに上がるように感じる)」ということが起こっている可能性がある。
※上記はあくまで一例であり、肩甲骨挙上時に肩甲上腕リズムを考慮した刺激を入れることで運動の質が変化するといった事もある。
ゼロポジション(zero position)とは
ゼロポジション(zero position)とは以下を指す。
『scapular plane(肩甲骨面)内において上腕骨軸と肩甲棘が一致する肢位(約150°の挙上位)』
※ちなみに外転角度は以下など色々な意見がある。
・Saha :155°
・Doody :140°
・尾崎 :150°
・池田 :130°
ゼロポジション(zero position)とは:
この肢位は、1961年にSAHAにより提唱され、内・外旋が生じない肢位、一般的にscapular plane上で155°付近(肩甲棘と上腕骨軸が一致する肢位)とされる。
もともとは、1961年にSAHAが提唱した肢位であり、その後、国内外でその肢位を調査され、さまざまな角度報告がなされている。
類似表現としてCodmanのハンモック肢位がある。
~『書籍:結果の出せる整形外科理学療法』より引用~
ゼロポジションは、肩甲骨周囲の筋群の走行がほぼ一直線上にあり、上腕骨の回旋運動も少ない非常に安定した状態を保つことができる。
また、「肩甲骨の肩甲棘」と「上腕骨の長軸」もゼロポジションでは同一線上にあるというのも特徴の一つと言える。
①⇒棘上筋の作用
②⇒棘下筋の作用
③⇒小円筋の作用
※回旋筋腱板ではないが④⑤は以下になる。
④⇒上腕二頭筋
⑤⇒上腕三頭筋
上記イラストの様に、ゼロポジションは関節包や靱帯ばかりでなく、肩関節の回旋筋腱板(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)のバランスが最適なポジションである。
ちなみに、以下のイラストの様に僧帽筋下部線維と三角筋は、ゼロポジションにおいて肩甲骨を中心に互いに引き合う関係となる。
僧帽筋下部線維は、挙上位における三角筋の収縮効率を高めるための固定筋と捉えることが出来る。~画像引用:運動療法のための 機能解剖学的触診技術 上肢~
※『肩甲骨の下制と内転』のMMT(徒手筋力テスト)では腹臥位にてゼロポジションにて抵抗を加えることで筋力を評価する(主に僧帽筋下部線維の筋力を評価している)。
関連記事⇒『肩甲骨のMMT(徒手筋力テスト)』
また(腱板断裂・腱板損傷などの)術後における、この肢位での固定の利点は以下などが挙げられる。
・棘上筋・三角筋が弛緩するため生理的修復が期待できる。
・固定中でも肩関節周辺の筋力地強訓練が行える。
・固定除去後は上肢の重量を利用して容易に下垂位が得られる。
・・・・・など。
ゼロポジションは、投球動作や頭上でのスイング動作時に重要なポジションである。
※これらの動作は、スキヤブラブレーン上で肩甲骨の後面上方にある肩甲棘と上腕骨軸が一致する位置にある。
スポーツによる肩機能障害のリハビリでは、ゼロポジション上でのパフォーマンスを回復・改善させるため、肩関節のみならず脊柱から股関節や足の指先まで評価・治療を行なわれる。