この記事では、体幹インナーマッスルの一つである多裂筋に関して、触診・トレーニング・ストレッチなどについて記載していく。
リハビリ(理学療法・作業療法)従事者も是非参考にしてみて欲しい。
多裂筋の基礎情報
多裂筋の基礎情報は以下となる。
起始 |
第2頸椎~第7頸椎の関節突起 全胸椎の横突起 全腰椎の乳頭突起 仙骨の後面 |
---|---|
停止 | 第2頸椎~第5腰椎の棘突起 |
作用 |
頚部と体幹の伸展 片側が働くと、頚部と体幹の反対側への回旋(+同側への側屈) ※その他の機能は、後述する「多裂筋の特徴」を参照 |
神経 |
脊髄神経の後枝の内側枝 (C3~S3) |
筋連結 | 多裂筋は、最長筋(筋膜)、腸肋筋(筋膜)、大殿筋(筋膜)、回旋筋(腱)、棘筋(腱)と連結する |
以下の画像2点は『プロメテウス解剖学アトラス解剖学総論/運動器系 第2版』より引用。
多裂筋の特徴
多裂筋は脊柱における各分節を結んでおり、各分節における挙動をコントロールする要素の一つに該当するため、体幹インナーマッスル(コアマッスル・ローカルマッスル)に分類される。
そして、その他の体幹インナーマッスル(腹横筋・骨盤底筋群など)と協調して姿勢制御に重要な役割を果たしている。
関連記記事『インナーマッスルの段階的リハビリ(理学療法)』
腰部における多裂筋の特徴
多裂筋は腰部脊柱起立筋群の中で最も内側に位置し、各高位に存在する筋束の集合からから構成されている。
個々の多裂筋は腰椎横突起もしくは仙骨に起始をもち、2~4分節上位置の棘突起に位置する。
両側性に収縮すると腰椎を伸展させ、一側性に収縮すると同側への側屈、反対側への回旋が生じる。
多裂筋は筋束が分節的に配置されていることから、背部ローカル筋の中でも分節的安定性制御に重要な筋と考えられており、屍体を用いた実験においても「多裂筋の収縮が腰椎の挙動を抑制し、ニュートラルゾーンにおける腰椎の合成を増加させること」が報告されている。
多裂筋はタイプ1線維を多く含んでおり、常に活動しているが、以下などの理由で活動が抑制され機能異常をきたす場合がある。
・急性腰痛が起こった場合(腰痛が治っても多裂筋の機能は意識してトレーニングしなければ回復しないとも言われている)。
・脊柱起立筋の筋緊張が亢進すると多裂筋が抑制される。
特徴を踏まえた上で、腰部多裂筋を触診
前述したように、、多裂筋は2~4分節上位置の棘突起に位置する。
そして、「腰椎乳頭突起」から「3分節上位の棘突起に位置する」と想定した多裂筋の場合、以下の様なイメージとなる。
※ツリーのようなイメージ
腰部多裂筋の触診をしようと思った場合は、イラストをイメージしつつ、脊柱起立筋など他の軟部組織を介して触れることとなる。
触診方法としては、腹臥位でリラックスした状態が基本となる。
その状態で、上記の多裂筋の走行をイメージしつつ、その走行に対して垂直方向への圧をかけることで触診していく。
青い矢印が圧の方向となる。
ただし、イラストは胸椎、つまり起始部が肋骨突起(横突起)なのに対して、腰椎では乳頭突起が起始部なため、棘突起と多裂筋で成す角度はイラストよりも鋭角となる。
※多裂筋が機能異常を起こしている場合は触診しやすい。
※もし脊柱起立筋が過緊張な場合は、腰部筋群に対する非特異的軟部組織モビライゼーションなどを施行して、全体的に筋緊張を緩めた後であれば深部の多裂筋も触診しやすくなる。
もう少し、ちゃんとしたイメージを持つために以下の画像を引用しておく(引用画像:運動療法のための 機能解剖学的触診技術 下肢・体幹第1版)。
上記イラストでは、腰部多裂筋は以下の6つの走行形態をもっているとして解説している。
①各棘突起と2つ下位の乳頭突起ならびに椎間関節をつなぐ多裂筋
②L1棘突起と上後腸骨棘(PSIS)周辺をつなぐ多裂筋
③L2棘突起と上部背側仙腸靱帯をつなぐ多裂筋
④L3棘突起と下部背側仙腸靱帯をつなぐ多裂筋
⑤L4棘突起と仙骨下部背面外側をつなぐ多裂筋
⑥L5棘突起と正中仙骨稜の両側をつなぐ多裂筋線
手書きイラストは①をイメージしている。
触診時は、特に①②をイメージするとすると良い。
いずれにしても、上記イラストのように腰部多裂筋はツリー状に走行していることをイメージしつつ、この筋線維を横断するようにして触診していく。
※後述するマッサージ(ストレッチ)も同様。
骨盤前傾運動と多裂筋の関係をリハビリ(理学療法)に活用
また、多裂筋は骨盤前傾運動時に大きく活動することが報告されていることから、多裂筋が骨盤前傾・腰椎前彎角度の制御に関与している可能性がある。
また、立位にて骨盤前傾の自動運動を行った場合、脊柱起立筋および多裂筋の活動量が他の筋(腹直筋・外腹斜筋)に比べて優位に大きかったとの報告がある。
※腹横筋は、脊柱起立筋や多裂筋ほどではないが、腹直筋・外腹斜筋よりは活動量が大きかった。
これらの事から、座位や立位での骨盤前傾運動(自動介助運動も含む)は多裂筋を賦活出来る可能性がある。
また、腹横筋は骨盤後傾自動運動で賦活出来る可能性があるため、背臥位におけるペルビックチルト(骨盤をニュートラル⇒後傾位⇒ニュートラルに戻す)を含めた様々な肢位での骨盤の前後傾運動は、インナーマッスルを賦活出来る(初期段階のトレーニングとして活用できる)可能性がある。
腰痛が及ぼす多裂筋への影響
多裂筋の筋横断面積(cross sectional area :CSA)を比較した研究では、健常者では多裂筋のCSAが左右対称であったのに対して、腰痛患者では非対称であったという報告がある。
この様な結果は、慢性のみならず急性・亜急性期を対象とした報告でも認められている。
多裂筋の萎縮があるから腰痛が生じたのか、多裂筋が萎縮しているから腰痛が生じたのかは定かではないが、いずれにしても腰痛再発予防の観点からは「萎縮してしまっている多裂筋の再教育」は、腹横筋と同様に重要な可能性がある。
多裂筋トレーニング
ここから先は、多裂筋のリハビリ(理学療法)として、体幹安定化運動でメジャーなものをいくつか紹介していく。
※体幹安定化運動はローカル筋を含めた体幹筋の神経筋協調性の改善を目的とした運動となる。
腹臥位にて片側上肢(or片側下肢)の挙上
- 対象者は腹臥位(うつ伏せ)
- 腰椎前湾を中間位に保持したまま、片側の下肢(or片側上肢)を挙上させる。
※この際の「挙上」というのは、ほんの少しベッドから下肢(or上肢)が浮く程度で良い。
多裂筋トレーニングの注意点と難易度調節
表在の脊柱起立筋が収縮して腰椎前湾が増強しないようにする必要がある。
※表層の背筋群過度に収縮すると多裂筋の収縮は抑制されてしまう。
※段階的に、表層の背筋群と多裂筋を協調させて収縮するリハビリ(理学療法)に進んでも良いが、弱化している多裂筋をトレーニングしたいのであれば、まずは過剰な背筋群の努力は抑制したうえで、多裂筋を収縮させたほうが良い(つまり、多裂筋だけに言えることではないが、インナーマッスルをトレーニングする初期段階において、過剰努力を様子運動は必要ない)。
筋力強化を目的としたトレーニングの筋活動量の目安としては、最大収縮の45~66%以上の活動量(MVC)が必要とされている。
一方、ニュートラルゾーンにおいて腰椎安定性を制御するには、30%MVC以上の活動量で十分とされている。
そのため分節的な腰部安定を目的としたエクササイズでは高負荷なエクササイズを処方する必要はなく30%~40%MVCの中等度なエクササイズで十分である
一側の下肢(or)上肢で可能となれば、難易度を挙げるという意味で以下に挑戦する。
- 腹臥位にて対側上下肢(例えば、右上肢と左下肢)を拳上する
- 腹臥位にて同側上下肢(例えば、右上肢と右下肢)を拳上する
四つ這いにて上肢・下肢の挙上
「腹臥位での上下肢挙上トレーニング」を前述したが、臨床においては「四つ這いでの上下肢挙上トレーニング」のほうがリハビリ(理学療法)として一般的かも知れない。
※四つ這いは腹臥位が取れない人でも実施可能であり、リスク管理という意味でも使用しやすい。
こちらも、以下のバリエーションがある。
- 一側下肢の拳上
- 一側上肢の拳上
- 対側上下肢の拳上
「手(or)足を挙げて下さい」という声掛けでは、「過剰な腰椎の前湾」や「過剰な骨盤の前傾」が代償として生じる場合がある。
そんな際は、「手を前方へ伸ばす」「足を後方へ伸ばす」といった声掛けに切り替えると、代償が少なくなる場合がある。
多裂筋活動の特徴
ちなみに、四つ這いでの片手or片脚を拳上した際の筋活動は脊柱起立筋と多裂筋では以下の様に異なると言われている。
- 脊柱起立筋⇒片手挙上した同側(下肢を拳上した対側)の筋活動が高い
- 多 裂 筋 ⇒片手挙上した対側(下肢を挙上した同側)の筋活動が高い
※ただし、優位と言うだけで、左右どちらも活動している。また、対象者によっても優位差は異なる。
より選択的に脊柱起立筋を収縮したければ、前述したように頭・尾側へ上・下肢を挙上させるのではなく、上肢・下肢を外転挙上させたほが良い。
この様な拳上の仕方によって、多裂筋の活動は増加するのに対して、脊柱起立筋の活動は増加しないとされており、多裂筋の選択的トレーニングとして有効となる。
バッグブリッジによる腹横筋と多裂筋の同時収縮
腹横筋の収縮させる方法としてドローインがあるが、ドローインを実施し腹部を固定しつつ、バッグブリッジをすることで多裂筋と腹横筋の同時収縮を促すことができる。
バッグブリッジ動作は、「腹直筋の働きは小さく、多裂筋の働きが比較的大きい」という特徴がある。
一側下肢を浮かせた状態で、反対側下肢のみでのバックブリッジでは、「ブリッジ側の内腹斜筋+反対側の外腹斜筋の活動」が高くなり、インナーマッスルとアウターマッスルの協調的トレーニングという事になる。
番外編:バランスボールによる多裂筋のトレーニング
バランスボールを使用することによる骨盤運動で多裂筋の賦活も期待できる。
詳しくは以下を参考にしてみてほしい。
⇒『バランスボールによる骨盤運動を、腰痛の改善/予防に活かしてみよう』
多裂筋のストレッチ(+マッサージ)
『多裂筋の触診』でも示した方向への圧のかけ方で、多裂筋へのストレッチやマッサージが可能となる。
ただし、イラストは胸椎、つまり起始部が肋骨突起(横突起)なのに対して、腰椎では乳頭突起が起始部なため、棘突起と多裂筋で成す角度はイラストよりも鋭角となる。
例えば、母指で多裂筋を青矢印の方向へ圧迫すれば、ストレッチとなる。
また、多裂筋を横断するように圧を加えればマッサージ(横断マッサージ)となる。
関連記事⇒『横断マッサージと機能的マッサージ(+違い)』
※刺激の強度としてはマッサージ⇒ストレッチの順に強くなる。
多裂筋に対する等尺性収縮を利用したリハビリ(理学療法)
多裂筋に対する等尺性収縮を利用したリハビリ(理学療法)に関しては以下などがある。
等尺性収縮後弛緩を利用した多裂筋のリラクゼーション
側臥位で腰椎の分節的な関節モビライゼーションのスタートポジション(つまり治療肢位)にて、療法士が更に体幹を改選させる方向へ刺激を加えつつ、クライアントにはそれに抗してもらう(=等尺性収縮)。
※関連記事⇒『治療肢位/静止姿位/現在の静止姿位』
これにより等尺性収縮後弛緩が起こり、その分節を跨いでいる多裂筋のリラクゼーションが得られる。
関連記事⇒『等尺性収縮後弛緩テクニックまとめ』
※これを数回繰り返し、関節モビライゼーションへ移行するという考え方もある。
※あるいは、同様なポジショニングで求心性(押し返して)・遠心性・静止性(止めておいて)など様々な収縮様式を用いることで『分節的な多裂筋のスタビライゼーションエクササイズ』も実施することができる(分節的なエクササイズは軽微な収縮である必要がある)。
関連記事⇒『筋の収縮様式(求心性/遠心性/静止性/等尺性/等張性収縮)』
等尺性収縮による椎間関節のインピンジメントを改善
冒頭で示した「多裂筋の基本情報」には記載されていなかったが、多裂筋は椎間関節の関節包にも付着するといった解剖学的特徴を持っている。
そして、寝違いを含めた頚椎捻挫や、腰椎の急性腰痛(ぎっくり腰)の中には「椎間関節に関節包がインピンジメント(挟み込み)されたことによって生じたもの」が含まれている可能性があり、その様なインピンジメントに対しては、多裂筋の等尺性収縮が有効なケースがある。
頸椎右側のインピンジメントに対するリハビリ(理学療法)では、患者端坐位で療法士が患者の左肩付近に(患者に向かって)立ち、患者の頭部を左斜め前方に引くような力を加え、患者にはその力に抗してもらう(等尺性収縮)。
腰椎右側のインピンジメントに対するリハビリ(理学療法)では、患者腹臥位(腹部にクッションを敷きリラックスさせた状態)で療法士は患者の右側に立つ。
療法士の右手で、患者の右肩を固定しつつ、患者に左下腿をベッドから少し浮かす(股関節伸展)ような力を入れるよう指示する。療法士は、左大腿の後面を押さえることで、その力(股関節伸展力)に抵抗を加えることで右多裂筋の等尺性収縮を図る。
これら等尺性収縮によって多裂筋が収縮し、インピンジメントされている関節包を引っ張り出すことが可能となる。
※多裂筋が関節包に直接付着したことを利用したリハビリ(理学療法)となる。
多裂筋のリハビリ(理学療法)関連記事
多裂筋のみの選択的収縮も重要であるが、それ以上に他のインナーマッスル、更にはアウターマッスルと協調した活動が重要となる。
以下では、その点も踏まえた上で、段階的な体幹トレーニングについて記載しているので、こちらも参考にしてみてほしい。
インナーマッスルの段階的トレーニングを紹介!
また、腹横筋以外の体幹インナーマッスルは以下を参照。
腹横筋の特徴とトレーニングを徹底解説!
骨盤底筋の重要性を徹底解説!
また、インナーマッスルと結び付けられることの多い「バランス能力の向上・転倒予防」に関しては、以下の記事で言及しているので、こちらも参考してもらいたい。
永久保存版!バランス運動(トレーニング)の総まとめ