この記事では、肩関節の『腱板損傷(rotator cuff injury)』・『腱板断裂(rotator cuff tear)』について記載していく。
肩関節の腱板損傷とは
腱板損傷とは、文字通り肩関節の回旋筋腱板(棘上筋・棘下筋・肩甲下筋・小円筋の腱性部)の損傷を指す。
ただし、一般的には上記4筋の中でも、『棘上筋』の損傷を指すことが多い。
腱板筋群は回旋筋としての働きをもつ以外に、上腕骨頭を臼蓋に引きつける求心作用をもち、肩関節の安定化に作用している。
しかしいずれも小さな筋であり、肩に激しい運動がくり返し加わる場合、疲労や損傷を招きやすい。
いったん腱板に損傷が生じると、骨頭と臼蓋との安定化作用が破綻し、肩の正常な機能が失われる。
腱板(ローテータカフ)に関しては、以下の記事でもイラスト付きで解説しているので、腱板がピンとこない人は合わせて観覧してもらうと理解が深まると思う。
⇒『回旋筋腱板(ローテーターカフ)とは?棘上筋を中心に解説!!』
腱板損傷の原因
前述したように、腱板損傷は何らかの原因で腱板が損傷した状態を言う。
でもって、原因としては主として以下の2つが言われている。
・スポーツに起因して起こるケース
・加齢的変化(老化現象)を基盤とした「肩の使い過ぎ」や「転倒」で起こるケース
スポーツに起因するして起こる腱板損傷
スポーツによる腱板損傷の受傷機転は以下などが挙げられる。
- 側方転倒時の肩への打撲衝突による外転強制といった『急性外傷』
- 野球のピッチャーや陸上投擲(とうてき)競技の投球障害、ラケットスポーツ、水泳などによる『繰り返しの上肢挙上動作』
・・・・など。
加齢的変化(老化現象)を基盤とした腱板損傷
加齢によるものでは棘上筋に与える血行不良が原因となり、「繰り返しの動作」や「転倒して肩を打撲した際」などに損傷することがある。
※また、転倒に際しては腱板の断裂に至ることもある(腱板断裂)。
高齢者であれば腱板の退行変性が徐々に進行しており、明らかな受傷機転がなく発症することもある(たとえば、寝相が悪かっただけでも腱板損傷になることもあり得る)。
腱板損傷・腱板断裂の分類
腱板損傷の程度によって以下に分かれる。
・完全に腱板が切れた状態(完全断裂)⇒腱板断裂
・関節面断裂 (不全断裂)⇒腱板損傷
・腱内断裂 (不全断裂)⇒腱板損傷
・滑液包面断裂(不全断裂)⇒腱板損傷
上記をイラストで順に示すと以下の通り。
腱板損傷の症状
腱板損傷における症状としては以下などが挙げられる。
※ただし、必ずしも生じる訳ではなく、腱板損傷と確定診断が為されているにもかかわらず無症状な場合もある。
- 肩の運動時痛:
症状としては、上肢外転挙上時に肩峰のインピンジメント(衝突)による痛みが発生する。また肩不安定性がある場合にも肩甲上腕リズムの乱れから、棘上筋が肩峰と衝突し、痛みが発生する(インピンジメント症候群)。
- 筋力低下・上肢の挙上困難:
筋力低下は様々で、挙上困難から最大挙上出来る者までいる(筋力・可動域は問題ないにもかかわらず、画像所見では腱板損傷を認める者もいる)。
- 夜間痛(損傷側の肩を下にして寝ると痛みが出現する)
- 棘上筋・棘下筋に限局した筋萎縮(発症後数週間経過した時点で徐々に顕著になる)
- 有痛弧徴候(Painful arc sign):
上肢を自動的に挙上するとき、あるいは挙上した位置から降ろしてくるとき、ほぼ60°~120°の間で痛みが生じる現象。
- 肩峰下の雑音
・・・などなど。
以下のイラストは、右上肢を挙上しようとしても途中から挙上出来ず、肩甲帯の挙上などで代償しながら頑張ろうとしているイラスト。
こういう人、臨床上、よく見かけないだろうか?
この様な人に対して、個人的には立位のまま、まずは自動介助運動にて肩甲骨挙上を実施してみる。
すると痛み無くスムーズに上がることも多い。
その際に、肩甲帯(の挙上により代償しようと)に無意識に力を入れていることが多いので、「ここ(肩甲帯)の力は抜いて楽にあげようとしてください。私も手伝うので、頑張りすぎたりしないように、痛みが出るようなら直ぐに教えて下さい」などと言いながら動かしていく。
スムーズに上がるようなら、この運動を繰り返すことで、代償を伴わない上肢挙上に必要な筋収縮(インナーマッスルの賦活、正常な肩甲上腕リズムの獲得に必要な肩甲骨周囲筋の協調的な収縮など)が促通されていく。
もちろん、このアプローチには肩甲骨面挙上を上手く自動介助で操作できるだけのスキルは必要となる。
関連記事⇒『スキャプラプレーン(+肩甲骨面挙上)とゼロポジションを解説』
また、ついついスムーズに上がるので、運動療法後に「自動運動で挙上出来るようになっているか」を確かめてみたくなるだろうが、何回かリハビリをしてから効果を検証したほうが上手くいくことの方が多い。
もちろん、即自的効果を認めることもあるが、もし認めない場合は代償が起こってしまい、せっかく代償の無い筋収縮が学習できつつあったものが、元の木阿弥になってしまう可能性がある。
このアプローチは「腱板が修復されたから挙上出来るようになった」のではなく、「腱板(主に棘上筋)が損傷されていても、他の筋が強調して働くことで挙上出来るようになる」といことを意味している。
腱板損傷の診断
腱板損傷の診断としては以下などが参考にされる。
- 大結節部の圧痛
- インピンジメント徴候陽性
肩峰下滑液包や腱板が烏口肩峰アーチと最も衝突や圧迫を受ける位置に肩を挙上し、痛みの有無を検査する。
※確定診断には関節造影やMRI、関節鏡が必要となる。
腱板損傷に対する特殊テスト
腱板損傷の特殊テストとしては以下などがある。
棘上筋テスト(棘上筋腱に障害があるかどうかを調べるテスト法):
- 肩関節を90°外転・内旋し、前方30°水平屈曲(水平内転)させた状態を保持してもらう。
- その状態でセラピストは、患者の肘の頭側に手を置き、尾側へ向かって抵抗を加えると、痛みが誘発される。
ドロップアームテスト
(腱板損傷というよりは『腱板断裂』があるか否かを判断するテスト法):
- 患者の肘を伸展したまま肩を90°外転させる。
- 患者にゆっくりと自分の腕を体側に戻す(降ろす)よう指示をする。
- もし腕が落下したり、激しい痛みを訴える場合は陽性と判断。
腱板損傷の治療・リハビリ(理学療法・作業療法)の一般論
腱板損傷の治療は、保存療法(手術しない方法)を優先する。
※部分断裂では原則的に3~6か月以上の保存療法を行うとの文献も。
薬物療法:
痛みに対しては基本的な痛み治療に則り、『非ステロイド系抗炎症剤』が処方される。
強固な症例には、肩峰下滑液包内注射やヒアルロン酸ナトリウム関節内注射などが検討されることも。
リハビリテーション(理学療法・作業療法):
- (急性期を過ぎていて、尚且つ効果があれば)『温熱療法』
- 疼痛を誘発しないよう留意しながらのROMエクササイズ
- 疼痛を誘発しないよう留意しながらの腱板トレーニング
(例:カフワイエクササイズ)
- 前述した、自動介助運動による肩甲骨面挙上
・・・などなど。
手術療法:
これらの保存療法で改善されない症例や、完全に断裂した症例(腱板断裂)では、対象者の年齢・生活環境・スポーツなどの趣味を考慮し手術的治療を検討する。
※最近は関節鏡下に低侵襲で行われるようになったている。
術後はギプスや肩関節装具による『ゼロポジション(zero-position)』での固定が行われ、その後段階的に下垂を行っていく。
※ゼロポジションは、肩甲骨周囲の筋群の走行がほぼ一直線上にあり、上腕骨の回旋運動も少ない非常に安定した状態を保つことができる。術後のこの肢位での固定の利点は棘上筋三角筋が弛緩するため生理的修復が期待でき、固定中でも肩関節周辺の筋力地強訓練が行え、固定除去後は上肢の堕量を利用して容易に下垂位が得られることなどである。
ゼロポジションを知らない方は以下の記事でイラスト付きで解説しているので、合わせて観覧してみてほしい。
⇒『スキャプラプレーン(+肩甲骨面挙上)とゼロポジションを解説』
リハビリ(理学療法・作業療法)の補足
リハビリ(理学療法・作業療法)は腱板の機能を十分に理解し、病態に応じたリハビリを処方する必要がある。
急性期は疾痛に対して薬物療法を行い、三角巾なども用いて安静保持、その後運動療法を開始する。
運動療法はROM制限と筋力低下に対して行われる。
疼痛が軽減したら、自動介助運動により肩甲上腕リズムの再独得を目指す。
筋力強化についての一般論としては、腱板よりも体表面に位置する三角筋や大胸筋などの大筋群の活動を制限しつつ、肩関節の内外旋運動(回旋筋腱板の収縮)を行う。
※例えば『セラバンド(強度は弱め)』を利用した筋力強化などが行われる。
投球動作をくり返すスポーツが原因であれば投球回数を制限するなどの対処が必要である。
また、野球肩などスポーツから生じた肩関節腱板損傷では、再受傷しないために動作を確認し、時にその矯正も必要となる。