先日、訪問リハビリ先のTVで、腰痛の体操教室が10分程度の特集として放送されていた。

 

番組では皆が腰を反らす体操をしており、最初はマッケンジー法かな?と思いながら利用者さんと続きを観ていたのだが、どうやら異なるようだ。

 

番組で解説されていた腰反らし体操の目的は下記のようなのであった。

 

「腰痛の原因は恐怖感である。そして、認知行動療法(TVでは腰を反らせても大丈夫であることを脳に学習させる)によって、DLPFCを活性化させることで恐怖が取り除ける。よって腰痛が改善される」

 

※注意点として、「脊柱管狭窄症などは腰を反らすことで下肢に痛みや痺れ感が放散するので、そのような症状が出る人はやらないで下さい」とも補足のテロップが表示されていた。

 

上記は医師による解説だったが、説明が不十分で、話も飛躍しすぎていて、視聴者に誤解を与えかねない映像だと思った。

 

一方で、腰椎の伸展運動を、「恐怖を取り除くための体操」といった変わった切り口で解釈している点は非常に興味深く感じた。

 

また、恐怖や不安などの情動が慢性痛に影響していることは事実であり、認知行動療法の考えが重要であるという点は非常に納得がいった。

 

そこで、今回は前頭前野の一部である背外側前頭前野(DLPFC:dorsal lateral cortex)について記載してみようと思う。

 

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目次

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前頭前野の機能

 

『前頭前野』は前頭葉の一部で、ワーキングメモリー・反応抑制・行動の切り替え・プラニング・推論などの認知-実行の機能を担っているとされている。

 

また、高次な情動・動機づけ機能とそれに基づく意思決定過程も担っており、さらには社会的行動、葛藤の解決や報酬に基づく選択など、多様な機能に関係しているとされている。

 

前頭前野に損傷があると洞察力に欠け、将来の計画立案が困難になると言われており、慢性痛患者も脳萎縮など器質的変化に伴い、こうした機能の中心である意思決定能力・意欲の低下を引き起こすと考えられている。

 

そして、老化に伴って最も早く機能低下が起こる部位の一つでもあるとも言われている。

 

 

前頭前野の各部位における役割

 

前頭前野の中でも痛みに関与する部分(主として痛みを制御する部分)としては、下記の様な部位に細分類できる。

 

・背外側前頭前野(DLPFC:dorsal lateral cortex)

 

・内側前頭前野(MPFC:medial prefrontal cortex)

※前帯状回もMPFCの一部と捉える見解もある

 

・前頭眼窩野(OFC:orbitofrontal cortex)

 

 

痛みに関しては、各部位にはそれぞれ異なった役割を持っているが、

 

背外側前頭前野(DLPFC)が『認知プロセス(注意機能やワーキングメモリ機能)など』に関与しているのに対して、

 

内側前頭前野(MPFC)は『慢性的な痛みにおける情動の抑制』に関与していると言われている。

 

※眼窩野については、話がややこしくなるので割愛する。

 

前頭前野の機能を、前頭眼窩野も含めて分かり易くまとめてあるURLがあったので詳細に知りたい方はチェックしてみてほしい。

『外部リンク:前頭葉の3つの部分』

 

※このURLでは内側前頭前野と帯状回を合わせて「帯状回」と表現していると思われる点に注意してほしい。

 

 

今回のテーマと関連しそうなトピックス

 

今回のDLPFCと関連しそうなトピックスで思い浮かぶ点を記載していく。

 

一部のうつ病患者はDLPFCが萎縮しているとの報告があり、同様に慢性疼痛患者の一部にもDLPFCの萎縮が確認されている

 

慢性痛の心理的特徴として、抑うつ、不安、心気症の傾向、身体化(心理的葛藤を身体の変化に転化する)の傾向、怒りの抑圧などがあるとされている。

 

そして、慢性痛を訴える患者の一定割合が抑うつ傾向だと言われている。

 

一定割合のうつ病患者のDLPFCに萎縮が認められることから、抑うつ傾向を有している慢性痛患者も同様に萎縮が認められるケースがあるかもしれない。

 

※慢性痛とうつ病の関連性はこちらも参照

⇒「なぜ慢性痛患者は抑うつ傾向にあるのか

⇒「慢性痛とうつ病の関連性

 

 

DLPFCとMPFCは互いに抑制関係にあるため、どちらか一方が過活動になると、もう一方は活動を抑制されてしまうと言われている

書籍ペインリハビリテーション参照

(ただし、文献によってまちまちだが・・・)

 

 

中脳水道周囲灰白質(PAG)と同様に、前頭前野も下降性疼痛抑制系・DNIC(広汎性侵害抑制調節)・プラセボ鎮痛といった内因性疼痛抑制系に関与しているとされている

ただし、前頭前野の中のDLPFCが関与しているかは不明。

 

※中脳中心灰白質に関してはこちらも参照

⇒「中脳中心灰白質(PAG)は下降性疼痛抑制系の要である

⇒「プラシーボ鎮痛/前頭前野によるPAGへの入力

⇒「前頭前野と中脳水道周囲灰白質の神経結合で、鎮痛作用の内因性機構は賦活する

 

 

「DLPFCの活性化により腰痛が改善」は本当なのか?

 

テレビでは「腰痛の原因は恐怖感である。そして、認知行動療法(TVでは腰を反らせても大丈夫であることを脳に学習させる)によって、DLPFCを活性化させることで恐怖が取り除ける。よって腰痛が改善される」と解説されていた。

 

恐怖が前頭前野に与える影響を、前頭前野における各部位の機能と強引に結びつけて考えると下記のようになる。

 

①腰痛によって(扁桃体を主とした)大脳辺縁系が活性化され恐怖感などのネガティブな情動反応が生じる。

②ネガティブな情動を抑制するためにOCFやMPFCが過活動となる。

ペインリハビリテーションを参照

③「MPFCとDLPFCは互いに抑制関係にある」という文献を採用するのであれば、MPFCの過活動により、DLPFCは抑制されてしまう。

つまり、「腰痛に付随する恐怖により、DLPFCは不活性化(や脳萎縮)される」という仮説がり立ちつ。

 

※情動と痛みの関連はこちらも参照

⇒「負の情動は生きていく上で必須だが、慢性的な痛みにも関与してしまう

⇒「感覚刺激は情動も伴ったうえで認知される

 

また、前頭前野が内因性疼痛抑制系に関与するため(仮にDLPFCも関与しているとするならば)、この部位が不活性化されることで、痛みの制御が困難になる可能性もある。

 

 

次に、認知行動療法による恐怖心の軽減と、前頭前野における各部位の機能を強引に結び付けて考えてみると下記のような仮説が成り立つ。

 

①認知行動療法(TVでは腰を反らす運動)を行うことで、認知プロセスに関与するDLPFCが「今まで痛みを助長させてしまうと恐怖を抱いていた動作は、実は痛みとは関係ない行為なのだ」と理解する。

②恐怖心が和らぎ、扁桃体の活動が弱まる=慢性痛が改善する。

※関連記事

⇒「不安-恐怖回路に対する前頭前野の役割①:内側前頭前野による無意識下での抑制

③情動をコントロールするMPFCの活動が弱まる(頑張ってコントロールする必要が無くなる)

④「MPFCとDLPFCは互いに抑制関係にある」という文献を採用するのであれば、今までMPFC過活動によって抑制されていたMPFCが活性化されるという解釈が成り立つ。

※前頭前野は内因性疼痛抑制系に関与するため(仮にDLPFCも関与しているとするならば)、この部位が活性化されるのであれば、鎮痛効果が得られる。

⑤今まで不活発だったDLPFCの認知プロセスが活性化し「今まで恐怖心を抱いていた動作と痛みは関係ない」という解釈が一層強固になる。

※関連記事

⇒「不安-恐怖回路に対する前頭前野の役割②:私たちが自然に身につけている対処法

⑥学習理論に基づくのであれば、オペラント条件付け行動として⑤の解釈が「正の強化因子」となり痛み行動が減少していく。

※関連記事

⇒「正の強化因子・負の強化因子

⇒「不安・恐怖反応の個人差と、トレーニングによる可能

 

 

この仮説から考えると、今回のブログの本題である「DLPFCの活性化により腰痛が改善するのか?」問いに対する答えは「あながち間違いではないかもしれない」といった印象を受ける。

 

ただ、「DLPFCの活性化により腰痛が改善するのか?」は下記の言葉にも置き換えられます。

・扁桃体の抑制が腰痛を改善する

・MPFCの過負荷の解消が腰痛を改善する

・MPFCとDLPCの活動を正常化することで腰痛を改善する

(=前頭前野の機能を正常化することで腰痛が改善する)

・・・・などなど。

 

個人的にはDLPFCといった非常に限局した部位だけにフォーカスした表現より、「前頭前野の機能が正常化することで腰痛が改善する」といった表現の方がしっくりくるような気がする。

 

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前頭前野は非常に複雑

 

この記事のまとめとして、前頭前野の機能は非常に複雑ということを強調しておく。

 

「負の情動を司る扁桃体」や「快楽を司る側坐核」などの原始的で単純な部位とは異なり、前頭前野は「ヒトをヒトたらしめ、思考や創造性を担う脳の最高中枢である」と言われているように高度な機能を有していると考えられている。

 

そのため、今回のブログでは、「DLPFCの活性化により腰痛が改善するのか?」というテーマに合いそうな文献だけ都合よく切り取って仮説を立てたが、

実際の前頭前野に関する様々な実験では多様な結論が存在し、それら同士の辻褄が合わずにどう解釈して良いか分からないものも存在する。

 

また、記事の冒頭で前頭前野を各部位に分けて機能を記載したが、

実際にはこれらが単独に(縦割り的に)機能しているわけでは無く、それぞれが複雑に連携し合っていると思われ、

まだ完全には解明されていないのではと思う。

 

なので、複雑な機能を有している前頭前野に関して、今回のTVの様にDLPFCといった非常に限局した部位だけにフォーカスを当ててキャッチーな謳い文句で注目を集めるのは誤解を招く恐れもあるし、いかがなものかな??と思ってしまう。

 

一方でで、キャッチーなコピーのもと、「痛みが末梢組織だけでなく、脳機能とも密接にかかわっているのではないか?」という新たなパラダイムを多くの人に提供したという意味では、非常に大きな貢献を果たしたのではとも感た。

 

今後も、今回の様に多角的な視点で痛みをとらえるような番組(あまりにもインチキな番組は除く)が増えてくれればと期待している。

 

 

追加記事

 

ここからは、記事投稿後の追加記事となる。

 

調べてみると、2015年7月13日にもNHKで慢性腰痛の特集(腰痛・治療革命~見えてきた痛みのメカニズム~)が放送されていたようで、私が利用者さんの家で見た番組もそこから派生した内容だったようだ。

 

実際に腰痛革命の映像を視聴してみたが、この記事を書くきっかけになった番組よりも数倍理解しやすい内容となっている(ただ、前頭前野のDLPFCばかりにフォーカスしすぎるのは如何なものかという気持ちは変わらない)。

 

腰痛革命の番組内容を私見も踏まえて書き起こしてみたので、興味がある方は以下も参照してみてほしい。

 

認知行動療法が理解できる!「腰痛・治療革命」(書籍:脳で治す腰痛DVDブック)を紹介

 

また、上記リンク先の記事以外にも「NHK DLPFC」と検索したら多くのブログにヒットすると思うので、興味のある方は調べてみてほしい。

 

多くの人が記事にしていることからも、かなりの反響があったものと思われる。