この記事では、多発性硬化症について解説している。
目次
多発性硬化症とは? 概要をザックリと解説!
『多発性硬化症(multiple sclerosis ; MS)』とは以下を指す。
※12対の脳神経は末梢神経として捉えられているが、視神経は間脳の延長で中枢神経であり、かつ有髄神経である(髄鞘を有している)。で、多発性硬化症は中枢神経と視神経で脱髄がみられる。
多発性硬化症は、病巣が中枢神経と視神経のいくつかの部分にまたがってみられることが多く、また何度も再発することがあるのが特徴である。
急性期つまりミエリンが活発に破壊されている時期は、その部位に炎症が生じ腫脹しているが、慢性期になると病巣は硬くなる。
このように空間的多発(中枢神経系のあちこちに病巣が多発すること)かつ時間的多発(その病巣が異なる時期に何度も出てくること)をし、病変部位が固くなるために多発性硬化症と呼ばれている。
多発性硬化症には、まだ特異的な治療法はないため、その治療は免疫抑制あるいは消炎・抗浮腫効果をねらったものが中心となり、これに対症療法が加わる。
※後述するリハビリ(理学療法・作業療法)は、対症療法という位置づけになる。
多発性硬化症に対するリハビリでは、対象者ひとりひとりにおける「中枢神経の、病巣と障害像」を把握すること、障害像と生活に対応した介入を行うこと、易疲労性に考慮して適切な運動量を見極め、生活指導に結び付けていくことが重要となる。
多発性硬化症の分類・発症原因・有病率・性差
経過において、寛解と再発を繰り返し、以下の3つに分類される。
- 再発寛解型(relapsing)多発性硬化症
- 二次性進行型(secondary progressive)多発性硬化症
- 一次性進行型(primary progressive)多発性硬化症
再発寛解型は急性増悪と寛解を繰り返し、日本人では約85%を占める。
二次性進行型は、初期は再発寛解型を呈し、その後進行性となるタイプで、一次性進行型は発症時から持続的に進行していくタイプである。
多発性硬化症の発症原因は明らかではないが、抗原特異的ヘルパーT細胞を中心とした細胞性免疫の関与が推定されている。
また、感染・過労・ストレス等が発症や再発の誘因となることが多いと言われている。
日本における多発性硬化症の有病率は「人口10万人当たり8~9人」と言われており、女性に多く、発症年齢は20~30歳代に多い。
多発性硬化症に類似した『視神経脊髄炎(NMO)』について
日本では、視神経炎と脊髄病変を呈する『視神経脊髄型多発性硬化症』が多いと言われている。
しかし、上記の多発性硬化症の中には、実は『視神経脊髄炎(neuromyelitis optica :NMO)』が含まれている。
視神経脊髄炎(NMO)はデビック病とも呼ばれ、多発性硬化症の亜型と考えられていたが、自己抗体(NMO-IgG)が発見され、多発性硬化症とは異なる病態と考えられている。
- 視神経脊髄炎は女性に多く、発症年齢は35歳前後が多い。
- 初発症状としては、視神経炎が多いといわれている。
- 脊髄炎としては横断性障害で強いしびれや痛み、時に有痛性筋痙攣を認める。
多発性硬化症の症状
前述したように、様々な部位に変性が起こるため、障害像は個々の対象者によって異なり、またその経過も極めて多様である。
以下は、多発性硬化症の障害部位別の症状の一覧表になる。
障害部位 | 症状 |
---|---|
大脳 |
・片麻痺 ・高次脳機能障害 ・精神症状・認知機能障害 ・視野障害 |
小脳・第四脳室周囲 |
・運動失調 ・眼振 ・言語障害(運動失調性言語) |
視神経 |
・視神経炎 |
脳幹・延髄 |
・脳神経障害 ・複視 ・橋(中枢神経性顔面神経麻痺・両側性三叉神経痛の有無など) ・延髄(めまい・しゃっくり・吐き気・眼振・構音障害・嚥下障害など) |
脊髄 |
・四肢麻痺、対麻痺、単麻痺 ・レルミット徴候 ・有痛性強直性痙攣 |
※レルミット徴候とは:
病巣は頸髄後部、頸部を前屈すると背部や下肢、あるいは手指に電撃用のしびれ感を生じる現象
※有痛性強直性痙攣とは:
病巣は脊髄。自動的あるいは他動的に四肢を動かす刺激が発作を誘発し、痛みや痺れを伴う強直発作を示すもの。
多発性硬化症(+神経脊髄炎)の評価表『EDSS』
リハビリにおける評価は片麻痺や運動失調、高次脳機能障害など、病巣の部位により様々な病態を呈するため、各々の症状にあった評価およびADL、IADLの評価が必要である。
また、多発性硬化症の包括的な評価としては、Kurtzkeの『総合障害度(expanded disability status scale ;EDSS)』が使われる。
※EDSSは多発性硬化症に特化した総合的な評価表である。
※多発性硬化症(や神経脊髄炎)は厚生労働省の指定難病で、その臨床調査個人票において、総合障害度EDSSによる評価が必要である。
で、EDSSを判定するためには、臨床症状を段階付けた『機能別障害度(functional systems ;FS)』による判定を行う必要がある。
※多発性硬化症の評価としてはEDSSとFSがある。で、EDSSにはFSが組み込まれている(EDSSの判定をするためには、FSによる判定も行う必要がある。
FSの評価項目は以下の通り。
具体的なEDSSとFSの詳細に関しては、以下の『難病情報センター』の評価用紙をリンクとして貼っておく(評価用紙から、FSに関しては何となく判定基準も分かると思う)。
⇒『外部リンク:難病情報センター 評価用紙 EDSS(総合障害度)』
⇒『外部リンク:難病情報センター 評価用紙 FS(機能別障害度)』
EDSSの
EDSSとFSに関する補足をしておく。
EDSSは大きく以下の2段階に分かれている。
- EDSSが0.0~3.5:
歩行障害がない段階(あっても500m以上歩行可能)のEDSS(0.0~3.5点)ではFSとの組み合わせで評価が決まる。
- EDSSが4.0~10.0:
一方、EDSSが4.0~10.0ではADLにより評価をする。
EDSSの点数および解釈は以下の通り。
1.5:障害なし2項目以上でごく軽い徴候(FS1)。
2.0:1項目で軽度の障害(FS2)。
2.5:2項目で軽度の障害(FS2)。
3.0:1項目で中等度の障害(FS3)、あるいは3~4項目で軽度の障害(FS2)。歩行障害なし。
3.5:1項目で中等度の障害(FS3)があり、そのほか1~2項目でも軽度の障害(FS2)、
あるいは2項目で中等度の障害(FS3)、あるいは5項目で軽度の障害(FS2)。500m以上歩行可能。
4.0:ADLが終日自立している。補助・休息なしで500m歩行可能。
4.5:ADLを終日行うには、最小限の補助が必要。補助・休息なしで300m歩行可能。
5.0:ADLを終日行うには、特別な設備が必要補助休息なしで200m歩行可能。
5.5:ADLを終日行えない。補助・休息なしで100m歩行可能。
6.0:100m歩行するのに、片側に補助具(杖、装具)が必要。
6.5:100m歩行するのに、両側に補助具(杖、装具)が必要。
7.0:補助があっても5m以上は歩けない。車椅子への乗降は自立。
7.5:2・3歩以上は歩けない。車椅子への乗降は介助が必要なときあり。
8.0:1日の大半はベッド外で生活身のまわりの多くのことはできる。
8.5:1日の大半はベッド内で生活身のまわりのことはある程度できる。
9.0:寝たきりの状態.意思伝達と飲食は可能。
9.5:寝たきりの状態意思伝達あるいは飲食が不可能。
10.0:死亡(MSのため)。
多発性硬化症のリスク管理
多発性硬化症におけるリスク管理の一例は以下の通り。
※参考:『小林量作:神経難病,リスク管理実践テキスト,石黒 友康ほか監修,改訂第2版,診断と治療社,東京,165-176,2012』
- 転倒:
視力・視野障害による転倒に留意する。
- 体温調節障害:
自律神経障害を原因とする。体温調節がうまくいかない。特に室温に注意し、炎天下における外出は避ける。多発性硬化症では『ウートフ徴候(Uhthoff's sign)』がある。
- 過負荷・疲労
多発性硬化症では過負荷・疲労が再燃の原因になるため注意する。人によっては僅かな活動でも疲労が起こることがあり、こうした時は休憩を十分にとるなどの注意が必要。
脱髄により神経の伝導遅延・ブロックが起こるが、体温の上昇に伴ってこれがさらに悪化する。この様に、脱髄疾患のため、体温の上昇に伴って神経症状が悪化する徴候を『ウートフ徴候』と呼ぶ。温度が高いほど症状が増悪するので、室温や着衣などに注意が必要となる。
多発性硬化症のリハビリ
多発性硬化症は、発症する部位によって症状が多彩なため、画一的なリハビリ内容を提示することが困難である。
※以下は先ほども紹介した「障害部位別の症状一覧」である。
障害部位 | 症状 |
---|---|
大脳 |
・片麻痺 ・高次脳機能障害 ・精神症状・認知機能障害 ・視野障害 |
小脳・第四脳室周囲 |
・運動失調 ・眼振 ・言語障害(運動失調性言語) |
視神経 |
・視神経炎 |
脳幹・延髄 |
・脳神経障害 ・複視 ・橋(中枢神経性顔面神経麻痺・両側性三叉神経痛の有無など) ・延髄(めまい・しゃっくり・吐き気・眼振・構音障害・嚥下障害など) |
脊髄 |
・四肢麻痺、対麻痺、単麻痺 ・レルミット徴候 ・有痛性強直性痙攣 |
でもって、ザックリとリハビリ(理学療法・作業療法)を病期別に記載すると以下になる(詳細は、発症部位によって異なる)。
病期 | 理学療法 | 作業療法 |
---|---|---|
急性増悪期 |
体位変換、良肢位保持、他動的ROM運動 呼吸不全がある場合は肺理学療法 |
良肢位保持、ナースコールなどの環境調整 |
寛解期 | 筋力維持・強化 他動~自動的ROM運動、日常生活活動練習、起居移動動作練習 | 日常生活活動練習、自助具・デバイスの導入、利き手が運動麻痺や異常感覚など使用困難な場合は代償動作や利き手交換の指導 |
維持期 | 主たる障害像に対応した理学療法、家事・育児・復職に必要な居宅移動動作の練習 | 家事動作練習、育児動作練習(上肢の動作中心)、復職に必要な作業の練習 |
急性増悪期のリハビリ:
脱髄部の炎症症状が現れている急性増悪期には二次的合併症を予防する介入が中心となる。
寛解期のリハビリ:
寛解期には疲労を避け、日常生活活動の拡大、起居移動動作の自立を図る介入が中心となる。
維持期のリハビリ:
維持期では障害像に応じた介入が中心となる。
たとえば障害像が片麻痺中心であれば片麻痺に対応した介入を、対麻痺中心であれば対麻痺に対応した介入を、失調症であれば失調症に対応したプログラムの立案を行う(具体的には以下な感じ。ただし、あくまで一例)。
・片麻痺の場合は、必要に応じて短下肢装具を装着したうえで歩行練習を行う。
・痙縮が高度である場合には、筋弛緩薬の内服やボツリヌス療法の適応を検討する。
・運動失調症状の場合は、弾性ストッキングや重錘バンドの装着での歩行練習を検討する。あるいは歩行器歩行を利用して歩行練習を行うことも多い。
多発性硬化症におけるリハビリ(理学療法・作業療法)の補足
重複するが、多発性硬化症は病巣部位により臨床症状は異なるため、リスク管理も異なってくる。
※例えば視覚障害を合併しているかどうかで場合は、リスク管理も異なってくる。
※高次脳機能障害を合併している場合は、「セルフエフィカシーが高すぎて、自身の能力限界を超えた活動に挑戦しようとしてみたり(いわゆる病識が乏しいというやつ)する際のリスク管理・対策も重要となる。
また、有痛性強直性痙攣に関しては「四肢を他動的あるいは自動的に動かすことが刺激になり誘発されやすい」ので取り敢えず覚えておこう。
※知っていたところで予防は出来ないが、出現しても焦ることは無くなるだろうし、誘発する刺激が確認できたら、それはリハビリのアイデアとして活用できる。
その他、多発性硬化症は「疲労しやすい」といった特徴があるので、リハビリも休憩を入れながら行う必要がる。
※運動により体温が上昇すると症状が増強する(ウートフ徴候)可能性はあるが、安静時間を設けることで対応が可能といった面でも、小まめな運動は大切かもしれない。
前述したように、多発性硬化症には画一的なリハビリ方法は存在せず、薬物療法を併用しながら無理のない範囲で以下などの基本的なリハビリを実施していくという事になる。
ちなみに有酸素運動の有効性の報告もあり、EDSSが7点以下の場合において、中等度までの持久性の運動を行い、運動耐容能の向上、心理面への効果を認めたとの報告がある。
ただし、有酸素運動は「持続的な運動」なので体温上昇によるウートフ徴候が出現する可能性もあるので、徴候を観察しながら運動時間を調整する必要はあるかもしれない。
もちろん、機能訓練だけではなく、ADLだけでなく、家事や社会復帰などを考慮し、環境整備を適切に行う。
※前述したように、多発性硬化症は20~30代で発症することが多いため社会復帰も考慮しながらのリハビリが求められることもある。
質問
復習もかねて、『書籍:リハビリテーション医学Q&A 専門医を目指して』から多発性硬化症にまつわる質問を2つ引用して終わりにする。
質問①
質問:多発性硬化症で認められる特徴的な徴候として正しいのはどれか、2つ選べ。
②Gowers徴候
③Gottron徴候
④Patrik徴候
⑤Lhermitte徴候
回答:1・5
解説:
- Uhthoff徴候は体温上昇による一過性の症状増悪や新出で再発ではない。
- Gowers徴候は起立時に大腿部に手をつく登攀性起立でDuehenne型ジストロフィーなど下肢帯や体幹の障害で認められる(関連記事⇒『筋ジストロフィーを解説するよ』)。
- Gottron徴候は皮膚筋炎で認められる典型的な皮膚症状で、手指の関節背面にできる角化性紅斑である(関連記事⇒『多発筋炎・皮膚筋炎とは?』)。
- Patrik徴候は仰臥位で一方の踵を他方の伸展した下肢の膝の上に乗せ外下方に圧迫すると、股関節疾患では疼痛のため外転、外旋が不十分になる。
- Lhermitte徴候は頸を受動的に前屈させると、放電様の疼痛が背中中央を上から下へ走ることをいい、多発性硬化症のときに認める。
質問②
質問:多発性硬化症の症状とリハビリテーションの組合せで誤っているのはどれか。
②視覚障害ーーーーーーー居住環境整理
③小脳性運動失調ーーーーFrenkel運動
④複視ーーーーーーーーー眼帯による交互閉眼
⑤有痛性強直性筋痙攣ーー筋力増強訓練
回答:5
解説:
- 痙縮には通常物理療法やROM訓練の他、現在はボツリヌス療法も積極的に行われるようになっている。
- 多発性硬化症には視神経脊髄型とよぱれ視覚障害を伴うものがあり、ベッド周囲環境整理など生活指導が必要になる。
- Frenkel運動は小脳性運動失調に対して協調性運動訓練として用いられる。
- 多発性硬化症では内側縦束症候群など眼球運動障害による複視を伴うことがあり、眼帯を用いた閉眼を視力低下が起こらないよう交互に行うことがある。
- 有痛性強直性筋痙攣に対しては筋力増強訓練ではなくストレッチングを行う。
関連記事(多発性硬化症を含めた難病を総まとめ)